懐かしの〈カバヤ文庫〉には、『三國志』は含まれていなかったと思う。中学校の図書館で、子供向きに翻案された『三国志物語』を見つけて読んだのである。劉備玄徳・関羽・張飛との付き合いはここから始まる。
高等学校の図書館には、吉川英治『三國志』全10巻が揃っていて、時間をかけて読みたい誘惑に時々駆られた。しかし、数学が専門の担任教諭の校務分掌は進路指導部長で、受験勉強をそっちのけに小説なんぞを読んでいるのを見つかれば、まちがいなく大きな雷が落ちたことだろう。くわばら、くわばら!
私は本来理系の人間で、数学や地学・生物学が好きだった。特に、幾何学の証明問題では担任とたびたび論争を繰り返し、悔しい思いをしたが、それが励みでもあった。進学は、結局のところ、進路指導部の意向で、わが意に反して文系に回された。
めでたく入学して初めて購入した本は、古本の『モンテ・クリスト伯』と新刊本の『三國志』だった。吉川英治『三國志』全10巻(六興出版部、昭和36年)を、月2冊ずつ、5か月で全巻を揃えたときの興奮は今でも忘れられない。奥付には、昭和31年6月初版発行、昭和36年1月第19版(<刷>では?)発行、定価190圓とある。わずか4年半で19版だから、かなり売れたのであろう。この本も、『モンテ・クリスト伯』と同様に、何度も読み返して飽きることのない、わが愛読書となった。数多くの登場人物の中で、私はとりわけ、蜀の趙雲子竜と魏の張遼に魅力を感じる。両者とも武力に長けているだけでなく、敵味方に関係なく礼を尽くし、信義に篤い人物である。権謀術数が渦巻く中にあって、自己の信念を見失わない凛とした姿は、武人の鏡というべきだろう。年月を経るにつれて書物は傷むが、良き登場人物はわが心の中にいつまでも生き続ける。
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