昔の人もそこに血の色を見たらしい。奈良時代に紀伊国の夏の海で発生した赤潮が、歴史書『続日本紀』に残されている。「海水変(うしおかわ)りて血の如(ごと)し」。異常は五日で戻ったとある。突然水の色が変わり、時に魚が大量死する。プランクトンが原因と知られていないころには、いっそう恐ろしい天変地異だったはずである▼旧約聖書の出エジプト記には、ナイルの水が血に変わり、魚が死んで水が飲めなくなる話がある。赤潮の脅威がえがかれているとも考えられるそうだ▼真っ赤ではなく、褐色がかっている海の映像だが、流れる血や漁業者の血の涙を想像してしまう。北海道の太平洋沿岸で報告されている赤潮である。被害はひと月が過ぎても収まらず拡大している▼ウニやサケなどが大量死し、漁業被害の額は七十億円を超えた。さらに長期化し、わが国では過去最悪の赤潮被害になるおそれがあるという▼夏に起きる印象のある現象は、俳句の世界においても夏の季語だ。<赤潮や日闌(た)けし靄(もや)のなほ流れ>木村蕪城。日差しが闌(たけなわ)のころに起きそうなのに、この時期の北海道の海に起きた。低水温に耐えるプランクトンが確認されたという。これまでにない類の赤潮被害らしいと聞くと、また例の気象の異常を疑いたくなる▼南の海での軽石の漂流も、初めて見る光景だ。海水に起きている天変地異が早く去れと願うばかりである。