鉄道ミステリー小説の最初はホームズシリーズで知られる英作家のコナン・ドイルが書いた『消えた臨急』(一八九八年)という作品だそうだ。臨時列車が乗客、乗務員ごと消える▼以来、鉄道を使った数々のミステリーが生まれる。アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』、松本清張の『点と線』。列車という限られた空間、時刻表のトリックなど鉄道とミステリーは相性がいいのだろう▼推理作家は同じトリックを二度と使わないそうだから書き上げた六百本近い作品のすごさが分かる。作家の西村京太郎さんが亡くなった。九十一歳▼『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』『終着駅(ターミナル)殺人事件』。トリックや筋のおもしろさに加え、その作品には独特な旅情があった。昭和の会社員は出張前、駅の売店にあった西村さんのカッパ・ノベルスについ手を伸ばしたものだが、つかの間、旅の気分を味わいたかったのかもしれぬ▼清張さんの『点と線』を読み、これなら自分にもとこの道を選んだが、売れるまでは時間がかかった。五十近くになって、編集者の勧めで鉄道ミステリーへと舵(かじ)を切ったが、もともとは鉄道ファンではなかったらしい▼時代も変わり、『寝台特急殺人事件』の特急「はやぶさ」などのブルートレインも消えた。コロナ禍で鉄道旅行さえためらわれる寂しい時代に、その人と十津川警部を乗せた最終列車は旅立った。