「(ナチス・ドイツに対し)われわれは最後まで戦う。海辺でも水際でも大地でも街角でも丘でも戦うだろう。断じて降伏しない」。一九四〇年、英下院でのチャーチル首相の有名な演説で、米大統領ルーズベルトはこれを聞いて英国への本格的な軍事援助に動いたと伝わる▼「私には夢がある」。説明はいるまい。六三年、黒人差別撤廃を訴えるワシントン大行進でのキング牧師の演説で公民権運動のシンボルのような言葉となった▼歴史的演説を集めたのにはわけがある。いずれもウクライナのゼレンスキー大統領が最近の演説で引用もしくはそれに近い形で用いた言葉だからである。チャーチルの引用は英下院での演説。その言葉でロシアの侵攻と戦い続ける決意を示した。キング牧師の言葉は米議会。その夢にたとえ、自分の夢はウクライナの空を守ることであり、そのための一層の支援を求めた▼日本での国会演説では名演説の引用はなかったが、強調していたのは原発が攻撃された事実やロシアが核兵器の使用をちらつかせていることである。原発事故、原爆。いずれも日本が苦しんだ経験である▼大統領が各国の演説でその国の歴史にまつわる出来事に触れる理由がわかる。ウクライナの現状を、自分の国の出来事や痛みとして想像してほしいという願いからだろう▼大統領は日本の共感力と想像力に望みを託している。