先の戦争中、金魚を飼って拝めば、爆弾で死ぬことはないという迷信が信じられていたことを以前に書いた▼ある食べ物にも同じ効果があると人びとの間では信じられていたそうだ。らっきょうである▼映画「無法松の一生」の主人公で元気者の松五郎の好物がらっきょうだったことを思い出したが、それとは無関係らしい。「脱去」という言葉が理由である。敵機が空襲を終えて去っていくという意味で当時はよく使われたそうだが、その脱去と音が似ているのでらっきょうは空襲除(よ)けになると信じられていたそうだ▼<またの夜を東京赤く赤くなる>三橋敏雄。約十万人が犠牲となった一九四五年の東京大空襲から本日で七十七年となる。以前は金魚やらっきょうの話を聞いても当時の人はそんな根拠のないことを信じていたのかという驚きの方が先にきたが、ロシア軍のウクライナ侵攻が続く今はそうではない▼民間人さえ容赦しない酸鼻を極める空爆。防ぎようも逃げ場もない。絶望的な状況に置かれた時、人はひどい駄じゃれだろうと、らっきょうを信じるしかなかったにちがいない▼キエフの今に東京大空襲の痛みをより生々しく感じる。そして戦争は遠い昔のことではなく、ひとたび野心と悪意にとりつかれた人間が出現すれば、またたく間に、金魚とらっきょうの時代はめぐってくる。認めたくない現実をかみしめる。