『博士の愛した数式』などの作家、小川洋子さんが阪神ファンになったのはお父さんの影響だと、エッセーに書いていらっしゃった▼「タイガースが勝って、父が喜ぶと、私もうれしい」。どこのお宅でも同じか。小川さんの次の一文には阪神ファンならずとも昭和からの野球ファンは懐かしさで胸がいっぱいになるだろう▼「ビールを飲んでいい気分の父、裁縫をする母、田淵がホームランを打つように神棚に手を合わせる弟と私。そしてラジオから流れる、野球の実況放送。それが私にとっての、幸福の記憶だ」−。野球が家族の幸福な思い出をつくった▼幸福な時間が今年もまた帰ってきたと言いたくなる。プロ野球が開幕した。コロナ禍もやや落ち着き、今年は観客数の上限はなし。延長戦もある。マスクはまだ外せず、大声も出せないが、満員の観客席を見れば、ようやくここまできたかとほっとする▼令和の家庭の中に野球がどれだけ存在しているのかは分からない。今の時代、なにも楽しみは野球ばかりではなく、かつての時代ほど家族の話題の中心ではないかもしれない▼それでもサクラが咲き、なにもかもが新しく生まれかわる季節にプロ野球が開幕するのはうれしい。昨シーズンの失敗もふがいなさもすべては帳消しとなり、ゼロからのスタート。今は勝者も敗者もない。あるのは希望と期待のみ。さあ、行こう。