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今日の筆洗

2022年03月17日 | Weblog
このロックコンサートには二十、三十代の若者はいない。中心は六十代か。そんな世代が手をたたき、踊る。若い人が見たらぎょっとするか。日比谷野音のムーンライダーズのコンサート▼結成は一九七五年。現存する日本最古クラスのロックバンドだろう。コンサートの良い出来にウクライナをしばし忘れる▼観客に知り合いがいるのではないかという気になる。似た年齢、同じ対象を長く応援してきた仲間意識がそんな錯覚を起こさせるのか。「あなたも若い時からこれまでの間、いろんなことがあったでしょう」。隣の客につい声をかけたくなる。見知らぬ人がかつての同級生のように思える▼音楽評論家の松村雄策さんが亡くなった。七十歳。ロックファンには同級生ではなく、先生だろう。七二年に渋谷陽一さんらと「ロッキング・オン」を創刊。レコード会社の宣伝ではなく、アーティストと対等の立場でロックを批評する。日本の音楽雑誌を変えた伝説の一人である▼硬派で難解な原稿が目立ったかつての同誌の中でこの人のコラムは分かりやすく人間くさかった▼八一年三月号。ジョン・レノン暗殺にショックを受け、どれだけ酒を飲んだかを書いている。そして自分とは違い「若者たちはジョン・レノンが死んだからといって世界が終わるわけではないという顔をしていた」。松村さんの懐かしい筆に飲みたくなる。
 

 


今日の筆洗

2022年03月16日 | Weblog
猟師の家にお客が来たが、あいにくもてなす料理がない。しかたなく、猟のおとり用に飼育していたヤマウズラを食べることにした▼それを知ったヤマウズラは腹を立てる。「これまでおとりとなってあなたの役に立ったのに殺す気なのか」と主張すると、猟師は「だからますます殺さなければならぬ。仲間さえ容赦しないやつだからな」▼イソップ寓話(ぐうわ)の「猟師とヤマウズラ」。起訴された広島県議らは都合よく利用されたヤマウズラの気分か。二〇一九年の参院選を巡る大規模買収事件で河井克行元法相から現金を受け取った地元政治家ら三十四人が起訴された▼検察当局の当初の判断は一律不起訴。お金を受け取った側は受動的な立場にあったというのが理由だが、河井元法相の摘発を優先し、検察にとって有利な証言を得るため、地元政治家らの訴追を見送る「裏取引」もあったのではとささやかれる▼起訴すべきだという検察審査会の議決を踏まえ、一転起訴となった地元政治家らは天をあおいでいるか。もちろん一切同情できない▼イソップのヤマウズラとは異なり、非は地元政治家らにある。非は政治家という高い倫理観を求められる立場にありながら、受動的だろうとお金を受け取り、選挙という民主主義の根幹を傷つけた者にある。起訴は当然のことで、一時は不起訴とした猟師の腕や判断力の方も疑われるだろう。
 

 


今日の筆洗

2022年03月15日 | Weblog

 「さはら刺身(さしみ) 生醤油(きじょうゆ)、たひ刺身、かじき刺身」の魚に始まって、「牛網焼、ポークカツレツ、ベーコン」の肉類、そして「水蜜桃、かのこ餅、シユークリーム」など果物や菓子まで。ざっと百を超える食べ物を列挙している。作家、内田百〓の「餓鬼道肴蔬(がきどうこうそ)目録」である▼書いたのは一九四四年の夏。戦争で食べ物を手に入れるのが困難な時代である。「段々食ベルモノガ無クナツタノデセメテ記憶ノ中カラウマイ物食ベタイ物ノ名前ダケデモ」と目録を作った。「記憶ノ中」でかつての味を楽しむ百〓先生が悲しい▼かの国ではハンバーガーも「記憶ノ中」の食べ物になるのか。ウクライナ侵攻を受けて多国籍企業のロシア撤退が進む中、ハンバーガーのマクドナルドもロシア国内にある全店舗の一時閉鎖に踏み切った▼この間の日曜が最終日で、大勢のロシア人が食べられなくなるハンバーガーを求め、足を運んだと聞く。食べたいものが食べられぬ。ウクライナ侵攻がなければこんな不自由はなかったろうに。リーダーの誤った判断に国民が泣かされる▼「マクドナルド、コカ・コーラ、スターバックス、ハイネケン」。食べ物以外なら「アップル、ディズニー、ユーチューブ、ネットフリックス、イケア、ユニクロ」▼長い長い目録ができる。食べ物や楽しみを奪われた恨みが大統領を支持する世論を少しは変えてくれぬか。


今日の筆洗

2022年03月14日 | Weblog

<よみ人知らず座中みなくさがらせ>。江戸時代の古川柳だが、ちょっと分かりにくいか。その場にいた人を困らせた犯人はオナラである。しかも誰も名乗り出ないので<よみ人知らず>▼品のない話題で申し訳ないが、オナラを扱った古川柳はかなりある。目に見えず、証拠がないのをいいことに当の本人はとぼけている。そんな内容の句が目立つ。<屁(へ)をひっておや坊さんと乳母とぼけ>。自供しないどころか、坊ちゃんのしわざにした、乳母のすました顔が浮かんでくる▼こんな平和な話だけ書いていたかったが、そうもいかぬ。あの句でいえば<おや米国とロシアとぼけ>という話だろう。ウクライナ侵攻を続けるロシアによる悪質な偽情報、屁理屈と思いつつも、そのでたらめな言い分に耳を疑う。ウクライナで米国が生物・化学兵器の研究・開発を進めていると言うのである▼根拠のないロシアの主張に対し、米欧側はこぞって非難するが、気になるのはロシア側の狙いである▼実は生物・化学兵器の使用を視野に入れるのはロシアの方で、こうした主張によって米国に疑いの目を向けさせておくシナリオではないかと米欧は警戒を強める▼使用すれば広範囲に深刻な影響を及ぼす国際法が禁じる危険な兵器である。誰かに罪をなすりつけた上で、とぼけ顔で使おうとは。ロシアの越えてはならない一線はどこにあるのか。


今日の筆洗

2022年03月12日 | Weblog
昨年公開の映画「アジアの天使」(石井裕也監督)は、妻を亡くした小説家(池松壮亮)が八歳の息子を連れ、韓国・ソウルに住む兄(オダギリジョー)を訪ねて始まる。この日本人三人がひょんなことから、元アイドルの女性とその兄、妹の韓国人三人と一緒に韓国を旅する▼日本側の兄は怪しげな商売に手を出す軽い人で、韓国語で「愛してる」と「ビールください」が言えれば韓国でやっていける−が持論。一方の韓国側の兄は、妹への下心を警戒して夕げで酒に酔い「日本人と妹の恋の可能性は0%」「歴史の問題がある」などと力説するが、旅を続けるうちに「日韓」の距離は縮まる▼政治でも両者の氷解は進むだろうか。韓国大統領選で保守系の尹錫悦(ユンソンニョル)氏が当選した。日韓関係改善に意欲的という▼革新系の現政権時代に歴史問題がこじれ、最近は両首脳が会うのも難しい。互いに妥協できないことが多いとしても、放置してよい現状ではなかろう▼映画の韓国人兄妹は、早くに両親を亡くしている。母親はがんだった。兄は、日本人の小説家ががんで妻を亡くしたと知ると「そうか。同じなのか…」とつぶやく▼会って話して分かることもある、という真理。仮に首脳会談が実現したら、何語にせよ「愛してる」とは言わなくていいが、「ビール−」と言うのは構わぬだろう。幸い先方はわが宰相と同様に、酒豪と聞く。
 

 


今日の筆洗

2022年03月11日 | Weblog

岩手が生んだ宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」はよく知られる。いじめられっ子の少年ジョバンニが親友と、銀河を列車で旅する物語▼船の沈没事故に遭って救命ボートにも乗れず「神さまのとこへ行く」という青年らも列車に乗り、途中で降りる。他人を押しのけてボートに乗るより天に召される方が幸せという青年ら。死が暗示される銀河で、ジョバンニは幸せとは何かと悩む▼岩手などで多くの命を奪った東日本大震災から十一年。児童ら八十四人が亡くなった宮城県石巻市の旧大川小学校では、校庭の隅のコンクリート壁に銀河鉄道の夜など賢治の世界が描かれている。先の報道で知った▼震災の約九年前に、在校生が銀河を走る列車などをかいた。壁画の一部の損傷が学校を襲った津波の力を示す。これから災害に遭う人が命を失わないよう、悲しみと教訓を伝える校舎は壁画とともに残された。娘を亡くした父親は「子どもたちが星になって見守ってくれている。ここは命を考える場所」と語る▼物語では、ジョバンニの親友も銀河で姿を消す。一人きりで現実の町に戻される前、ジョバンニは天の川の孔(あな)を見て誓う。「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く」▼幸せとは勇気を持って人のために生きること、だろうか。それはきっと、星になった人のためでもいい。


今日の筆洗

2022年03月10日 | Weblog
先の戦争中、金魚を飼って拝めば、爆弾で死ぬことはないという迷信が信じられていたことを以前に書いた▼ある食べ物にも同じ効果があると人びとの間では信じられていたそうだ。らっきょうである▼映画「無法松の一生」の主人公で元気者の松五郎の好物がらっきょうだったことを思い出したが、それとは無関係らしい。「脱去」という言葉が理由である。敵機が空襲を終えて去っていくという意味で当時はよく使われたそうだが、その脱去と音が似ているのでらっきょうは空襲除(よ)けになると信じられていたそうだ▼<またの夜を東京赤く赤くなる>三橋敏雄。約十万人が犠牲となった一九四五年の東京大空襲から本日で七十七年となる。以前は金魚やらっきょうの話を聞いても当時の人はそんな根拠のないことを信じていたのかという驚きの方が先にきたが、ロシア軍のウクライナ侵攻が続く今はそうではない▼民間人さえ容赦しない酸鼻を極める空爆。防ぎようも逃げ場もない。絶望的な状況に置かれた時、人はひどい駄じゃれだろうと、らっきょうを信じるしかなかったにちがいない▼キエフの今に東京大空襲の痛みをより生々しく感じる。そして戦争は遠い昔のことではなく、ひとたび野心と悪意にとりつかれた人間が出現すれば、またたく間に、金魚とらっきょうの時代はめぐってくる。認めたくない現実をかみしめる。
 

 


今日の筆洗

2022年03月09日 | Weblog
負けられぬ一戦を前に勝利への決意や覚悟を示す意味で「Z旗を掲げる」という言い方がある。今の人はあまり口にしないか。かつては受験生もよく使っていた▼由来はもちろん、日露戦争の日本海海戦に際し、日本海軍が掲げたZ旗。「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」。アルファベットの最後の文字だから、後のない戦いということになるのだろう▼ウクライナの町々を執拗(しつよう)に攻撃するロシア軍の戦車や装甲車にも白ペンキで書き殴ったような「Z」の字がある。「Z旗を掲げる」という表現は日本でしか通じないと聞くからロシア軍の「Z」にはどんな意味があるのか▼ロシア側は明らかにしていないが、ロシア語の西を英語のアルファベットで表記したZAPADの略らしい。西への配備用という意味だが、これが別の意味を持つようになった。「Z」の戦車の映像が広まった結果、ロシアではウクライナでの軍事作戦を支持するシンボルのようになってしまった▼体操のワールドカップに最近、ロシア選手が「Z」マークを胸に出場したそうだ。「Z」がウクライナの町を蹂躙(じゅうりん)し、市民を苦しめている事実を、その選手は情報統制のせいで、よく分かっていないのだろう▼「Z」を横に倒し、「NO WAR」(戦争反対)の「N」にしたい。もともとロシア語のアルファベットには「Z」は存在しない。