京都大学の中野剛志氏のお話のこの部分に、私はとても共感します。
(この方の全ての考えに共感するものではなく、すごくイヤだと思う考えもあります)
「過去からの遺産は一回失われたらとりかえしがつかないんだという真剣みに欠けた連中が
共同体というのは長い時間をかけてできたものなので、作るのにはえらい時間がかかるけれども、壊すのは一瞬。
非対称なんですね。だけど再生するのはとてつもなく難しい。そのことを自覚していれば
たいていの人間は保守的になるんですね」
「失ったらとりかえしがつかないっていう真面目さに欠けているので”ぶっ壊せ”とか”創造的破壊”って言いたがるんですけどね」
今後の日本国家はどうあるべきか 中野剛志氏
↑見られなくなりましたので、代わりのものを貼っておきます。↓ 2020/7/7
【中野剛志】甘やかされた子供①『なぜ老人は構造改革が好きなのか』【小泉純一郎】
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建築家のおじちゃんが共同体の破壊をいつも憂えておられます。(参照:核家族化、ひとり暮らし)
長い年月かけてできあがったものを、壊すのは一瞬 ――― 私もこのことをずっと思ってきました。
だから伝統を否定するモダニズムやポストモダンが好きになれない。
歴史の中で長い時間と共に育まれてきた叡智をぶっ壊して、奇抜なことをしてイケてる風になりすましているのが嫌いです。
そしてそういうものは、空虚なメッキがすぐ剥がれて使い物にならなくなります。
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地球の財産であり、二十世紀後半を支えた資源「石油」は、何千年、何億年という長い年月をかけて地下にゆっくりと貯められてきたものでした。その大切な資源を、人類はここ百年ほどの間に、それこそ貯めた時間と比べれば「一瞬」といっていい短期間に、どんどん汲み上げて、消費の限りを尽くしてきました。 / 浅井隆
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中野剛志が改革バカをぶった斬る ※この動画は、「TPP」が「大阪都構想」にも言い換えられるとして字幕編集されています。
対案を出せと言う人達の分別のない暴論に関してもまったく同感ですし、
Change 改革 New 変化を恐れるな 打破 創造的破壊 起爆剤 突破口 などと
大きな変化を声高に叫び、人々がすぐになびく日本についても同感です。
ついていくべき変化なのかを見極めて、拒絶する人を「変化について行けない人」とか「進歩をやめた人」
だとか言う、異常に稚拙な非難が日本ではすぐ巻き起こります。
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(関連:日本の雑居的無秩序性:丸山真男「日本の思想」)
「新たなものが、過去との十全な対決なしに次々と部品として摂取されるため、新たなものの勝利が驚く程早い。」
=新しきは古きにまさるの飛びつきが非常に速い。 矛盾を矛盾として認識しない
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ヒトは、なにか変えるっていうことに興奮する と中野先生は言われていますが
ヒトが変性意識が大好きなことは、私も本や経験から学んできました。
この変性意識を好む性は、物を売る人達や政治的な勢力から大いに扇動され利用されています。
今の生活の中にない物に出会うと人は魅力を感じ、欲しくなり、買いますが、一旦生活の中に入ってしまえば
その魅力は色褪せ、その良さを実感する目が曇ってしまうのです。自宅に招いた友達が
家の中のすべての物に興味津々の新鮮な目で見渡して反応し、庭で繁っている花や柿の実にも反応し喜ぶことがあるでしょう。
うちの小屋の2階も、友人は「ここは、すごくいい場所!こんな最高の空間があるの羨ましい。」と言い、
私は、その小屋の2階の価値をそこまで感じながら生活してなくて、あまり行かずに横目で見ていたり。
お客さんから気づかされることは多いです。
話が少し逸れましたが、改革 Changeを叫んで、今までの物をぶっ壊すという流れがまかり通る
日本に対して私が思ってきたことと中野先生のご意見は一致しています。
建築家のおじちゃんは、私の古い家の建築の隅々をしげしげと見て「よう考えられとる」と言われ、解説してくれます。
「なんでこの間仕切り、すりガラスなのかな」と思っていたけど、それは光を通す為であり、そうでなかったらこの空間は
暗くなっていたと知ったり、「なんでここだけ凹んで雨ざらしの外?ここも続きで部屋にすればよかったやん デッドな凹み」
と思っていた4帖程の空間は、そこに隣接する2つの部屋をより明るくするためで、坪庭の役割を果たしていました。
古いから、隙間風とかドアの開閉が大変とか、そういう欠点には気づいていても
色んな箇所で建築の叡智が施されていることには、おじちゃんなしではわかりませんでした。
だからおじちゃんとの会話は、古家との出会い直しであり価値を正しく理解する機会であり、興味深いんです。
私は、日本の木造家屋には、長い年月をかけて伝承そして洗練されてきた様々な叡智がつまっていることを知りました。
それをぶち壊して、石油由来の新建材による新工法の家に刷新したいとは全く思いません。
「無為自然」「無為にして為さざるはなし」
=老子と荘子の老荘思想。作為的なことをせずとも、無為にして無常で多様である。タオ 道教
発展 と、水戸黄門の印籠みたいにいうけれど、発展など私は望んでいません。
作為的な発展など、要らない。
ただ、毎日、自然を感じながら生活を謳歌して、周りの人たちと円居して、身近なことで幸福を感じながら過ごしたいです。
発展とかChange とかを声高に煽る人達は、無為の多様を見る感受性を持たなくて
雄弁に無駄なことばかりにいそしみ、結局、進歩まで一番遠回りをする人達のように思います。
(参照:静の中から生まれる動 建築家のおじちゃんの美学)
ただ今の政権は一刻も早くぶっ潰さないといけないと思っています。私たちの生活が破壊され続けていて
それは非常に深刻な状況ですから。