ブリヂストンA工場で働いて、私が見たもの、私がしたこと、私に起きたことを発信します。

東京で出会ったADHDの青年

2020-03-08 | 障がい者のこと

2019-02-28 

東京に住んでいた時、ADHDの青年に出会いました。

彼はスウェーデン滞在の経験がある実業家でentrepreneurという言葉がぴったりの、颯爽とした人でした。

お洒落な多目的スペースで会いました。スペース代を払って、1人PC作業をしたり、読書をしたり、誰かと打ち合わせをしたりする共用スペースです。瓶に入った飲料が貰えます。

彼は、周囲をまったく気にせず話します。すぐ隣の席にいる人に、私が自閉症spであることが聴こえて何度か目が合いました。私は人が近くにいない所がいいと言い、彼はすぐにその通りにしてくれました。


「ごめんね、俺、発達障がいを悪いものと全然思ってなくて」と笑って言いました。


人の目を気にするなとあっけらかんと言われたようでした。彼の自由な態度は、鮮明に印象に残りました。彼は、むしろ特性をgiftedと認識していました。

これは2014年の出来事ですが、「雇ってもらっているという意識をもって欲しい」とCSR推進課長は、世界的大企業であるブリヂストンでの2018年の出来事です。CSR、ダイバーシティ、コンプライアンスを高らかに謳い社内外に宣伝していますが、ある従業員が「ここは100年遅れてる」と言ってました。


「発達障がい」当事者には彼のような人がいて、そんな人と出会うと澄んだ気持ちになれます。


こういう気持ちは、澤田CSR推進課長や吉田保証課長と接した時の閉塞感と対極にあるものです。かれらはわきまえろと言い(脳性まひの手嶋さんに「お前は一番弱い立い場にいることをわきまえないかんぜ」「調子乗んな」「でしゃばんなやん」と浴びせ続けた狐さんと同じ穴のむじなです)


私の出会った、透き通った空気の青年たちは「他の人と違っても引け目を感じることはなにもない」と言いました。家族もそんな考えなので、私はそのように生きていました。1人の人間としてなんの疑いもなく。


そしてブリヂストンに入社すると、予断と偏見に満ちた対応と「雇ってもらっているという意識をもって欲しい」という言葉を向けられ、自分の立場に阿然としました。


そういえば2009年にも上の青年と同じようなことを私に言った人がいました。そして、今でいうところの「障害の社会モデル」の考えを彼の言葉で話していました。(ブリヂストンでも「障害を社会モデルの考えで捉えています」と時代の潮流に乗って謳っています。実態は真逆です)

彼は世間から変わり者とみられているそうでしたが、私にはどの辺が変わり者なのかまったくわかりませんでした。話していて楽しくて、ずっと話していても飽きません。サイゼリアでもオチョコ1杯900円の珈琲屋でも、過ごす時間の楽しさは同じでした。

彼は現在物理学分野の研究をしています。いつも紙とペンを持ち歩いて数式を書いていた彼の天職に思えます。美しいとか美しくないとか言ってました。研究者になれたけど、目先の利益にパクつく人達に囲まれて、彼の探求している「成果」は、彼の一生では間に合わないかもしれないと思っています。



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