ナショナリズムと愛国主義 社会保障とナショナリズム の続き。
迎春そうそう、ナショナリズムのことが気になっている私です。いえそういえば昨年からずっと気になっていました。
そして、違うものを混同しない分別の大切さを認識しているところです。
ナショナリズム:nationalismという言葉は、内容や解釈により国家主義、国民主義、国粋主義、民族主義などと訳され
これらはすべて、違った意味です。だからその時に言われる「ナショナリズム」が何を指しているかを見分けないといけません。
私は自分をナショナリストだと思ったことはなかったのですが、国民主義の考えも英語ではナショナリズムであるならば
ナショナリストだとなります。政府が自国民の生活を守ることを第一の使命とすることは当たり前だと思っています。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
ナショナリズムに相対する言葉は、インターナショナリズム(国際主義)になります。多分…
ネイション間の障壁を超えて結びつこうという、あるいはそれに重きをおく考え方です。例えば労働者や障害者やLGBTや
女性差別の問題は、インターナショナルなものであり、同じ立場の人達が国境を超えて互いに団結・連帯する動きがあり、
これに賛同します。 愼允翼(しん・ゆに)さん
例えば大工さんや職人さんが、世界中の大工さんや職人さんと交流するのもとても有意義だと思います。
これらの問題あるいはテーマは、ネイションの枠や国籍を超えて、同じ立場の人達が共感しあえるものです。
私も、世界中の自閉症spの人達やピアノ好きと交流したいし、そうしたら国籍を超えて大いにわかりあえると思います。
それに外国の労働運動家とも交流し、わかり合えました。日本人と日本語で話すよりも、かれらとの方がわかり合えたり。
海外旅行も大好きだし(昨今、全然行ってない。親のお金で行ってました)外国人と交流して友達になるのも楽しいです。
でもそのことと、グローバリズムを混同して認識してはいけなくて、インターナショナリズム(共通のテーマに対して
ネイションの障壁を超えてつながる連帯)とグローバリズム(国の主権の破壊)を分別して認識する必要があります。
この分別を怠ると、大変なことになります
インターナショナリズムの素晴らしさを用いて、グローバリズムを肯定してはいけないのです。
また反グローバリズムの形で、パトリオティズムの方向にどっと流れることも、混同だと思います。
扇動は、混同を利用します。全く別のAとBというものを、大きなCという敵に反対するというどさくさに紛れて
同じにしてBの方向に持って行くというものです。だから、市民は流されないように分別をつけることが必要だと思います。
共通の敵を利用した扇動は、歴史的に成功してきたのか、わっという勢いでなされています。
反グローバリズム 反新自由主義 反売国奴安倍 だけど それがなぜ桜 愛国 日章旗 改憲 に急になるのか。
また、インターナショナリズムの有効性、素晴らしさをもって国民主義や共同体を否定するのも、区別のない粗野な
思考だと思います。どっちかではないのだから。Aという考えが、Bという考えと対立するものだと瞬間的に判断しない
間 をもつようにしたいです。私はこの 間 のことを上手に表現したいのですが、まだ見つかりません。認知的不協和
この 間 は、いわゆる右でも左でもどんな立場であれ、必要な知性だと思います。