忌野清志郎などは、自分の社会思想を明確に歌っている。 精神を病んだ人のための音楽②
斎藤和義も、3.11をうけて、自分の立場を非常に明確にして歌ったりしている。
今の政治や行われていることに反対する人を指して、「主張する人」だと日本では言われる。
それがまるで、疎ましいことでもあるかのように。
しかし、反対しない人達も主張している。
Noを言わない、従う、反対する人を悪く言う ことは、現状・現体制の肯定であり加担であり
それも政治的主張であることは、反対する人達と同じである。なぜか反対者達だけが「主張する人」
と言われるが、反対しない人達も、同じく政治的・社会的立場の表明・主張をしているに他ならない。
反対しないで追従する人達は、強烈な社会的メッセージを体現し発信している
のに、反対者たちを「主張する人」だと誹(そし)る。
(主張のなにがいけないの?というのは勿論だが、現状にNoを言わないで共に加担する人達は
この言葉をどこか疎ましげに使う。)
現状にNoと言わずに追従し、反対者を悪く誹ることは、現状・現体制に加担し支えることであり
政治的なふるまい(=主張)であることを認識すべきである。
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また、自分のことを「特定の思想など全くない」などと言える「アーティスト」は、
アーティストの絶対条件から外れているので、そう自称するのはやめるべきだ。
アーティスト、芸術家に限らず、あらゆる思想信条から「中立」「客観的」「不偏不党」な
人間などいない。万が一いたとしたら、それは精神に重篤な異常をきたしている人である。