当宮の御旅社は、今は茶屋町に鎮座しておりますが、明治維新までは現在の太融寺の東側に鎮座しておりました。
かつてこの地には、天神さまこと菅原道真公が、京都より太宰府への左遷の途次にお立ち寄りになられ、ご覧になられた紅梅があり、この紅梅を讃えて特に「梅塚」と呼び、それまで埋田と呼ばれていた地名が梅田となったともいわれるほどの名梅でした。
~御旅社の変遷~
かように天神様とも深い関わりのある名梅でありましたので、菅公の聖跡として、中近世を通じその霊験たるや広く知られ、明治維新までの大阪天満宮の天神祭においては、神霊の依代となる「梅の瑞枝(うめのみずえ)」として用いる為に、天満宮の神童らが当宮まで訪ね来て、梅ヶ枝を持ち帰ったという「遣梅式(けんばいしき)」という神事の記録もあり、近世までの当宮の紅梅には大変な尊崇の念が注がれていた事が分かります。
~梅塚図(『東摂陵墓図誌』より)~
しかし、明治維新の際に、神仏判然令や上知令などの施行により、梅塚のあった土地は国にお召し上げとなり、御旅社も破却となるに至りましたが、これを哀れんだ氏子の方々により御旅社は一時的に梅ヶ枝町(現在の西天満六丁目)に土地を設けて遷座となり、その数年後に、今の茶屋町に遷座となり現在に至っております。
かように、明治維新の動乱の為に、いつの頃からか遣梅式も執り行なわれなくなってしまい、次いで大東亜戦争によりそれを知る人すらもおられなくなってしまいました。
しかし、現在も当宮にある梅は、「梅塚の遺風を継ぐ梅」として、大切に守り伝えられており、人々の記憶からは無くなってしまっても、東風が吹かば春を忘れずに毎年、馥郁たる薫りを放っております。
本年、この遣梅式に関わる史料が当宮と大阪天満宮の双方で確認された事を機に、大阪天満宮側より、今夏の天神祭に当宮の梅を、およそ百四十年ぶりに遣わして頂きたいというお申し出があり、来る七月二十四日に遣梅式の神事を再興する運びとなった次第です。
ちなみにこの神事は、大阪天満宮の神事ではなく、あくまでも当宮の神事でありますが、大阪天満宮の天神祭の為に、大阪天満宮の神童が梅の枝を受け取り、持ち帰るという、梅の枝を「遣わす」という意味の神事でありますので、どちらのお宮が上、下というものではなく、あくまでも対等の立場での神事であります。いうなれば、お中元のやりとりのようなものをご想像頂けると分かりやすいかもしれません。
~梅の瑞枝を手に陸渡御奉仕する神童~
この遣梅式の復活を機に、梅田と天満の深い関わりに思いを致すと共に、御神徳のさらなる発揚を祈念して、7月24日午前11時より御旅社本殿にて神事斎行申し上げます。
※ 御旅社の境内の大きさなどを勘案し、ご参列は当宮関係者と、御旅社の鎮座する茶屋町の関係者のみに限らせて頂いております。神事中はご参拝を制限させていただきます事、何とぞご了承願います。
かつてこの地には、天神さまこと菅原道真公が、京都より太宰府への左遷の途次にお立ち寄りになられ、ご覧になられた紅梅があり、この紅梅を讃えて特に「梅塚」と呼び、それまで埋田と呼ばれていた地名が梅田となったともいわれるほどの名梅でした。
~御旅社の変遷~
かように天神様とも深い関わりのある名梅でありましたので、菅公の聖跡として、中近世を通じその霊験たるや広く知られ、明治維新までの大阪天満宮の天神祭においては、神霊の依代となる「梅の瑞枝(うめのみずえ)」として用いる為に、天満宮の神童らが当宮まで訪ね来て、梅ヶ枝を持ち帰ったという「遣梅式(けんばいしき)」という神事の記録もあり、近世までの当宮の紅梅には大変な尊崇の念が注がれていた事が分かります。
~梅塚図(『東摂陵墓図誌』より)~
しかし、明治維新の際に、神仏判然令や上知令などの施行により、梅塚のあった土地は国にお召し上げとなり、御旅社も破却となるに至りましたが、これを哀れんだ氏子の方々により御旅社は一時的に梅ヶ枝町(現在の西天満六丁目)に土地を設けて遷座となり、その数年後に、今の茶屋町に遷座となり現在に至っております。
かように、明治維新の動乱の為に、いつの頃からか遣梅式も執り行なわれなくなってしまい、次いで大東亜戦争によりそれを知る人すらもおられなくなってしまいました。
しかし、現在も当宮にある梅は、「梅塚の遺風を継ぐ梅」として、大切に守り伝えられており、人々の記憶からは無くなってしまっても、東風が吹かば春を忘れずに毎年、馥郁たる薫りを放っております。
本年、この遣梅式に関わる史料が当宮と大阪天満宮の双方で確認された事を機に、大阪天満宮側より、今夏の天神祭に当宮の梅を、およそ百四十年ぶりに遣わして頂きたいというお申し出があり、来る七月二十四日に遣梅式の神事を再興する運びとなった次第です。
ちなみにこの神事は、大阪天満宮の神事ではなく、あくまでも当宮の神事でありますが、大阪天満宮の天神祭の為に、大阪天満宮の神童が梅の枝を受け取り、持ち帰るという、梅の枝を「遣わす」という意味の神事でありますので、どちらのお宮が上、下というものではなく、あくまでも対等の立場での神事であります。いうなれば、お中元のやりとりのようなものをご想像頂けると分かりやすいかもしれません。
~梅の瑞枝を手に陸渡御奉仕する神童~
この遣梅式の復活を機に、梅田と天満の深い関わりに思いを致すと共に、御神徳のさらなる発揚を祈念して、7月24日午前11時より御旅社本殿にて神事斎行申し上げます。
※ 御旅社の境内の大きさなどを勘案し、ご参列は当宮関係者と、御旅社の鎮座する茶屋町の関係者のみに限らせて頂いております。神事中はご参拝を制限させていただきます事、何とぞご了承願います。