鮃 狂 (ひらめくるい)

サーフで、ルアーのヒラメ釣りをメインに、釣りを楽しむ中年おじさんの釣行記です。

避難しています

2011年03月18日 11時42分44秒 | その他

 まず、東北関東大震災で亡くなられた方 お悔やみ申し上げます。そして被災し避難されてる方、一刻も早い普通の暮らしを取り戻せますようお祈りいたします。

 当日、自分は、作業を終え休憩しているところで地震が起きた。最初、向かい側のディラーのガラスが風も無いのにカタカタ揺れだしおかしいなと思った刹那、震度6強の揺れが来た!。ディラーのガラスが映画のワンシーンのように割れ出し道路から足元に亀裂が向かってくる・・・・。ヤバイ!。収まったかと思うとまた揺れを繰り返す。もう、揺れが収まる事が無いとさえ思えた。目線の中には噴出すガス?。自分がいた中古タイヤ屋の倉庫の棚からは、激しくホイルやタイヤが落ちてくる。この直撃を食らったら・・・・。恐ろしい揺れはようやく収まり、今度は家族の安否が激しく精神を揺さぶる。発生直後から携帯は不通。とにかくいったん帰社し自宅に向かった。

 今まで経験した揺れの中では、宮城県沖地震の時、鮎釣りをしていて、川岸が1mほど行ったり来たりし、鉄塔が折れそうな恐ろしさがあったが、今回は、立って体勢を維持するのが困難なほどで、間違いなく古い我が家は倒壊したと思ったし、わが命がここで終わりなることもごく自然なことにに思えた。

 しかし、臆病な妻の日ごろの備えのおかげで、(家具類を完璧に金具でとめていた)コップが3個ほど倒れただけで、家族全員怪我も無く何を逃れた。

 自分の住む北茨城は、死者の数こそ少なかったものの、瓦の崩落や、ブロック塀の倒壊など当たり前で、知人の家が津波で流されたり居住不能に陥っている。しょうちゃんも福島原発に当日作業に行っており命からがら深夜に帰ってきた。(よかった!)

 もし、これが、ひらめシーズンで多くのアングラがーキャストしていたらと思うと、ぞっとする。大津港の新堤防などは、消滅しておりここに釣り人がいたら・・・。

 そして、今度は福島原発の放射能騒ぎ。我が家は、アメリカ政府が危険とする半径80KM圏内に引っかかり、実際少ないとは言っても、他の地域より圧倒的に放射線濃度が高い!。

 小学生の子供2人を持つ親として、大丈夫と政府に言われても、最後にやっぱり駄目でしたなんてことにならない様に我が家は自主避難を決め(首になるかもしれないが会社を休み)現在姉宅に身を寄せています。ここも、東海原発に近いけど(笑)。2、3日ここで、原発の収束作業を見守り、帰宅するかどうかを決めようと思う。(作業員の皆さんには、本当に頭が下がる)

 宮城県は、自分の第二の故郷ともいえる地。悲惨な様相を目にするたび、お世話になった人々の笑顔が目に浮かぶ。

幸い仙台の名取市に住む親友から、自宅は津波で崩壊したものの、全員無事との連絡が一昨日にあり涙があふれた。

 まだまだ、予断を許さない様々な要因はありますが、とにかく1日も早く復興し、楽しい釣りができる日を取り戻しましょう。

 災害復旧に尽力されている皆さん、見えない放射線に命がけで立ち向かってくれている皆さん。くれぐれも気をつけて待っている家族の下に1日も早く帰れますように心より御礼、お祈りいたします。