「何をご覧になっておいでですか。」
「雪を観ているのです。」背の高い、ショートヘアーの、切れ長の、力強い眼差しを持つ、名も知らぬその女性は、そう答えた。
「雪?」
「ええ。」赤いマニキュアをした、白い両手で、浅黄色のパーカーのホロを脱ぎ、女性は顔をあげて、真っ暗な夜空から、しんしんと降りる雪を、見上げた。
「僕を、振り向いては、くださらないのですね。」
「ええ。」女性は、赤いマニキュアの手を伸ばし、軽やかに、一歩踏み出して、まっすぐに落ちてくる、雪を手にする。足元で、キュッと、雪が鳴る。
(なるほど、僕は、雪ではあるまい。)
「冷たい雪。温かい雪。」女性は両手で、雪をとらえ、その両手を交えて、いとおしそうに、雪をめでる。
「止みそうもない。」
「止むものですか。そら。」女性は、また手を伸ばして、雪をとらえる。
(実際、止むことはないのだ。)
「赤い雪。青い雪。」両手のなかで、マリを抱くようにして、女性は、雪を転がす。
「楽しそうだ。」
「楽しいですわ。」ぱっと、女性は、両手を空へと開く。色とりどりの雪が、吹雪のように、闇に散る。
「本当に限りがない。」
「ひとの想像は無限ですわ。」ふっと、女性は、膝の高さで、ひと粒の雪を、受け止める。
「見つけましたね。」
「ええ。あなたは?」そのひと粒の雪を、大切に両手で抱えて、女性は、闇のなかへ、歩き出す。
「歩いてゆけるのですね。あしたへ。」
浅黄色のパーカーの裾が、しゃらんと揺れて、女性の姿は無く。
僕は動転して、振り返る。
あちら、こちらで、沢山のひとたちが、雪のなかに、手を差し伸べている。
(ひとの願いもまた、無限なのだな。)
茶色のコートの、襟を合わせて、僕は、冷たい真冬の空気のなかを、無限に、歩いていった。