uparupapapa 日記

今の日本の政治が嫌いです。
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『シベリアの異邦人~ポーランド孤児と日本~』【カクヨム】連載版 第12話「福田会 初めての愛の花見」をUPしました。

2022-12-11 12:19:35 | 日記

 それからひと月が経ち、あれほどやせ細っていた子供たちも、運動に耐えるほどの回復をみた。

 そこで大人たちは日本人スタッフの助言に耳を傾け、ささやかな運動会を企画した。

 運動会と云ってもそんなに激しいものではなく、お遊戯や椅子取りゲーム、『もしもし亀よ』などを合唱したり、パン喰い競争や借りもの競争、ヨアンナ達幼少部は、飴喰い競争で真っ白いデンプンの中から手を使わず口だけで飴を探し、顔中真っ白けになり見る者の笑いを誘った。

 

 当のヨアンナは、鼻の穴にデンプンが入り、思い切り何度もくしゃみをして飴を探すのに時間がかかり過ぎた。

 結果ビリから2番目と振るわない成績に終わり、景品の狙っていたお絵描きノートを貰い損ねる。 

 内心とても残念に思うのだった。

 

 競技の最後は綱引きで、力の限り引きあう。

 

 これには大人たちも全員参加で向かい合う左右前列が子供たち、少し間を取り、後列に大人たちが紅組白組に別れ、子供たち同様大人と大人の意地がぶつかり合うたいそう盛り上がった大会となった。

 

 その結果、屋外での昼食が大評判だったのは言うまでもない。

 

 やがて落ち葉の季節となり、紅葉を愛でながら当時出来たばかりの動物園にも遠征した。

 トラやライオンや象さんに驚き、キリンの首の長さに目を見張った。

 (えぇ?キリンさんてこんなだったの?想像と大分違う!)

 

 エヴァと顔を見合わせ、複雑な気持ちのまま興奮するふたりだった。




 ただ・・・、檻の向こうの動物たちは親がいて子がいた。

 親に対し子供たちが何不自由なく当たり前に甘える様子に、一抹の寂しさが見る者を襲い、ふいに涙が出そうになる。

 

 目を背け俯うつむく孤児たちのそうした姿に、引率の大人たちは子供たちを動物園に連れて来た事を少し後悔した。




 やがて冬となり、クリスマスの季節がやってくる。

 その頃ヨアンナには夢ができていた。

 毎日が楽しいここでの暮らしを忘れる事の無いように、記録をとりたいと思った。

 

 でも写真機が欲しいとか、そう言う事ではない。

 見たものを絵にかき、文字を覚え、感じたことを書き止めたかったのだ。

 

 ヨアンナは午前午後と積極的にポーランドの国語を習い、夕方福田会の図書室で日本の子供向けの本を読むようにした。

 

 日本での経験は、ヨアンナにとってのかけがえのない宝物となっていた。

 

 クリスマスの日、彼女の願いが通じたのか、サンタさんから飛びっ切りのプレゼントが貰えた。

 こんな極東の地にもサンタはやって来るのだ。

「サンタさんはどの子の所にもやって来るの?」

「いいや、そうしたいが現実はそうではない。

 私が来られるところは、愛が溢れるところ。

 それと愛を心から欲しがる子がいるところ。

 愛を欲しがらない子の所には行きたくてもいけないんだよ。」

「どうして?」

「それはね、愛は貰うだけじゃなくて、あげるためのものでもあるからさ。

 愛をあげるには、愛を知らなくてはいけない。

 愛を知ると云う事は、愛の心を持つと云う事なのだよ。

 愛を知ったら、愛をあげたくなる。それが愛。

 貰うだけじゃダメなんだ。

 うわべだけ良い子なだけじゃダメ。

 愛を持った良い子になって、廻りの人を幸せにしたいと思わなきゃね。

 ヨアンナも亡くなった両親を喜ばせたいとか、笑顔になって欲しいと思ったことがあるだろう?

 今も友達のエヴァや他の子たちと仲良く、楽しく暮らしたいと思うだろう?

 喜ばせたいと思うだろう?

 その心が愛。だからサンタのオジサンはやって来たのさ。」

 何となく、目元が魚っぽい、どこかで見たことのあるような、聞いた事のあるような声でサンタさんは言った。

 

 プレゼントは前から欲しいと思っていた、何でも自由に書き留めることができるノートと鉛筆。

 ヨアンナは天にも昇る気持ちになり、思い出を残そうと思った。

 天の父と母に見せるために。



 そんなヨアンナのすることを横目で見ていたエディッタとハンナは、自分たちの父と母を思い、自分も何かしなければ!と思い始める。

 

 そして一念発起。

 お正月のお雑煮を食べ、初夢をみた後、習いたての日本語で書き初めに挑戦した。

 お題は「ポーランド」。

 やはり祖国は祖国。

 年の初めの想いは、やはり望郷の念が自然とテーマになった。

 

 それでも筆を持ち慣れない子供たちは、キャッ、キャッ言いながら、思い思いに筆を運ばせた。

 エディッタはたもとに墨が付き、それに気づくと「ギャー!!」と叫ぶ。

 そして「もう嫌!!」と投げ槍に言い放つも、無心に筆を執るヨアンナを見て気を取り直し、年長者である自分の不明を恥じ、頑張って一番上手な書を書き上げた。

 

 男の子たちはもっと酷く・・・・と言うか悲惨で。

 ふざけ半分だったため着ている服だけでなく、手も顔も墨だらけになった。

 お互いの顔を見てはゲラゲラ笑って、とても書き初めとは言えない。

 それでも下手くそながら、最低ひとり一点づつは何とか完成させることができた。

 

 大人たちはそんな姿を見て、やって来た頃の貧相で病弱で、暗さの漂っていた孤児たちが、明るく元気で楽し気に過ごす様子と成長に目頭が熱くなった。

 そして全員無事に還してやろうと改めて強く思った。



 やがて節分の豆まきを経て、桃の節句がやってきた。

 ホールに飾られたひな壇は、ひときわヨアンナの目を引いた。

 

 お内裏様やお姫様の他、三人官女やぼんぼりが異国情緒満載で、あでやかでいつまで眺めていても飽きる事がない。

 ほのかに明るいぼんぼりは、ヨアンナの心を照らす希望の光にも思える。

 だから憑かれたようにその場から離れられない。

 ヨアンナは心から美しいと思った。

 

 その後10年以上経過した未来のヨアンナの姿を覗いてみると、祖国ポーランド暮らしにすっかり慣れた若い娘に成長していたが、今この時見たお雛様の影響を強く受けたのではないかと思われるほど、落ち着いた美を匂わしていた。

 

 そして桜が満開の季節となり、来た当初は全く目立たなかった庭の桜の木が驚きの変化を見せ、町中の他の桜も一斉に咲き誇るようになる。

 福田会でも当然ささやかなお花見が催され、庭ではなく外の桜の名所を巡った。

 

 ヨアンナはその圧倒的な美しさにすっかり心を奪われてしまう。

 エヴァとの会話も気もそぞろ。

 夢心地の世界で夢遊病者と化していた。

 

 お花見もお開きとなり、渋谷にある福田会に帰ろうとした時、どういう訳かヨアンナの姿が見えない。

 

 さあ、ヨアンナはどこに行った?

お花見の会場の何処を探しても見当たらない。

 

 もしかして人さらい?

 引率の大人たちは青くなって真剣に探し出した。

 小一時間かけ探しても見つからず、とりあえず最小限の大人を残し、他の子どもたちを宿舎に返すことにした。

 

 やがて日が暮れだし、大人たちは焦ってきた。

 

「ヨアンナ~!どこにいる~?」

 どうしても見つからず、最後の手段で警察に捜索願いを出すことにした。

 

 最寄りの警察署に向かう道すがら、引率の日本人スタッフがある違和感を覚えた。

 黄昏から暗さが増し、街に灯りがともる。

 表通りの街灯や家が明るくなり、通りから奥の家へ続く細道に何気なく目を送りつつ歩いていると、細い道の奥に家から漏れる光が映す小さな影を見つけた。

 

 その影は人の様でありしかも小さく見える。

「あんな所に人影?」

スタッフは直感から確かめる事にした。

 一度通り過ぎた小路へ戻り速足で歩いた。

 

 他のメンバーは「何?」と云いながら後に続く。

 やがて皆はその先に佇むヨアンナを見つけた。

「ヨアンナ!」と叫んだ。

「・・・・・・。」

ヨアンナは言葉なくこちらを振り向いた。

「どうしてこんな所にいるの?心配したのよ!」

口々に「良かった、良かった!」だの、「ダメよ心配かけちゃ!」だの声をかけ、一同、心からホッと安堵した。

「どうしてこんな所に立っているの?」と聞くが、ヨアンナが返事をしようとしないので、

「まあ、良いわ。もう暗くなったから早く帰りましょ。」

 詳しい事情は帰ってからゆっくり聞くことにし、まずは施設の全員に無事を知らせるのが先決だと思った。

 

 施設に着くと心配して待っていたエヴァや大人たちから一斉に歓声が上がった。

 

 舎監のレフから別室にいざなわわれたヨアンナは、テーブルに置かれたコップ一杯の水を飲み干し、心を落ちつかせるとポツリポツリ話し始めた。

 

「私たちがおやつのクッキーを食べていると、向こうで私と同じくらいの年の女の子がこっちを見ていたの。

 ジーっと見ていたので気になってその子の所に駆け寄って声をかけてみたわ。

 その子は私を睨むだけで何も話してくれないから、私が持っていたおやつのクッキーをあげようとしたの。

 

 そしたらその子は首を振り、受け取ろうとしてくれない。

 そして『いらない!』って。

 私がどうして?って聞くと、

『知らない人に物をもらってはダメってお母ちゃんに言われているから。』 

 

 私も知らない人だからダメなの?

このお菓子を受け取ってはくれないの?

その子は『ウン』と頷くの。

 

 私、その子はお菓子を食べたくない? 

いやそんな事はないと思ったわ。

 それに楽しそうにしているのが羨ましいのかも?

私はその子と話したかったの。

 でもその子は私に背を向けて走っていったわ。

 

 だから私は追いかけたの。

 私はその子に何か悪いことをした?

 あの子を傷つけてしまった?

 だったら謝ろう。そう思ったの。

 

「ヨアンナが立っていたのがその子の家?」レフが聞いた。

「そう、あの子はもう出てきてくれなかった。私は悪いの?」

「そんな事はない。ヨアンナは優しい子だからその子の事が気になったんだね。

 でももう気にするのはやめなさい。

 その子にはその子の生き方があるのだから。」

 ヨアンナは納得できない。

「あの子はきっとクッキーを食べたいのかと思ったわ。

 だって食べたそうだったもの。

 私なら食べたいと思っている物をもらえるのは嬉しいと思うのに。

 あの子のお母さんはどうして貰ってはダメだって言うの?

 あの子はどうして我慢しなければならなかったの?

 私には分からないわ!私だって今まで知らない人たちにたくさん、たくさん助けてもらったもの。

 それはいけないこと?私はいけない子?」

 

「そんな事はない!絶対にない!

ヨアンナはとっても良い子だよ!

 自分の事そんな風に思ってはいけないよ。

 ヨアンナや他の子もそうだけど、この施設の子たちは皆育ててくれる、守ってくれる両親がいないからここにいるんだ。

 親が大切に育てなければならないのに守ってくれる筈の親が天に召されてしまったら、守ってくれる人は居ないでしょ?

 だから代わりに周りの大人が何とかしなくちゃいけない。

 ヨアンナ達を守るのは、私たち大人の責任なんだよ。

 でもその子には親がいるんでしょ?

だったらその子を守ってくれるのはその子の親の責任なんだよ。

 きっと家が貧しくて満足にお菓子を与えてあげられなかったのかもしれない。

 でも我慢するのがその子の意地だったのだと思うよ。

 どんなに羨ましくても、父も母もきっと一番その子を愛してその子の事を思って、その時できる一番良い事をしてくれる。

 それを信じているから、父と母のそんな気持ちを裏切りたくなかったのだろう。

 私はそう思うよ。分かる?ヨアンナ。

 ヨアンナの今の保護者は私たち大人なのだから、ヨアンナは私たちを信じて今は立派に成長するように頑張るのが、あなたたちのお仕事なのだよ。

 だからもうあの子の事を気にするのは止めなさい。

 

 でもその優しい気持ちと気遣いはとても尊いと思う。

 だからその気持ちだけは無くさないようにね。」

優しくレフは言った。

 

 ヨアンナは諭された内容を半分も理解できたか怪しかったが、その日の夜、祈祷の後、ベッドに入るまで何かを考え続けているようだった。

 

 ヨアンナには特別な力が備わっている。

 それは自分が経験した悲劇や痛みをかけがえのない学びに変える事。

 他人の痛みをわが身に置き換え知る事。

 

 その能力が後の運命を切り開く事となる。





   

      つづく