第一話 「竹藪平助とカエデ」
「コラ、平助!!厭らしいその目で私の胸ばかり見んな!!ホントに気持ち悪いったら!
ぶっ飛ばすぞ!!!」
「別に見てないし!いつも思うが、お前女なのにその汚い言葉遣いは何だ!!そんなじゃせっかくの女が廃るぞ」
「このスケベ変態【平助】がどの口でしらを切る?明白な現行犯だろが!!『せっかくの女が廃る』?
このおしとやかで均整の取れた絶世の美女の〘カエデ〙様に、女が廃る要素なんてある訳ないジャン!!
大体私の事を『お前』呼ばわりするなんて百万年早い!!
私は平助なんぞに『お前』呼ばわりされる覚えなんかない!!今後は『私のこの世で一番大切で素敵な女王様』とお呼び!!この罰当たりの薄らトンチキ!!」
「って長い!!・・・何処が女王様じゃ!!口が腐ってもそんな呼び方なんて出来るか!!只のカエデだろうが!!カエデが俺の直ぐ目の前でこれ見よがしに胸を張って立ったから、嫌でも目に付いただろうが!!でなきゃ誰がそんな貧相で目撃してしまった者の同情を買うような、不幸で残念な胸なんぞ見るか!」
「あぁ~、問題発言!!!それらは全部セクハラにモラハラにパワハラだぞ!大体平助が立ち上がって自分で取ればいいのに、横着して私にお前の頭の上にある棚から、醤油と塩コショウを取ってくれと言うから親切で取ってやったのに、スケベ根性丸出しで目尻を下げながらヨダレをダラダラ流してんじゃないの。平助は見てないと言い張るが、誰がどう見ても現行犯で確信犯ジャン?」
「あれじゃ嫌でも視界に入るだろ?別にワザと凝視した訳でもあるまいし。それに見られて更に減るような貧弱な胸なんぞ身体に付けてんなよ!
それに百歩譲ってセクハラとモラハラは分かるが、パワハラって何だ?俺はお前の上司か?俺が自分の有利な立場を利用して、お前に何か理不尽な要求をしたか?」
「私だって好きでこんな豊満な胸をつけているんじゃないさ。理不尽な要求じゃなくて、理不尽な言動がダメだって言ってるんだよ!そんな事も分からないの?このアンポンタン!!」
「・・・お前、・・・日本語おかしいぞ。貧相と豊満の使い方を間違ってる。」
カエデが休日の昼時に平助の狭いボロアパートに押しかけ、手作り焼きそばとトッピングの目玉焼きで一緒に食事をしようとするから、いつものようにこんな不毛で延々と続く痴話ゲンカが繰り広げられるのであった。
ふたりとも、そろそろ学習した方が良いと思うぞ。
彼の名は竹藪平助。彼女は楓。
代々続く安サラリーマンの家庭に生まれ、たまたま近所に住む幼馴染だったふたりが、その後の人生で成長しても生活に何の変化もなく、当たり前のように同級生になり、ダラダラとそのまま大人になってしまったようなごくありふれた、まだ若い?(どちらも27歳)が倦怠期のふたりである。
そんな二人の日常が、ある日を境に一変する。
何と平助があろうことか、あの『内閣総理大臣』になってしまったのだ。
只のメンマ製造工場の工員と近所のスーパーのレジ係の彼女。
その何の変哲もない庶民に過ぎない【平助】が突然内閣総理大臣?高卒で政治に関する特殊な教育も受けていないのに?それどころか、学校ではいつも国語と社会科以外、赤点スレスレの劣等生だったのに。
そして否応なくカエデも、『内閣総理大臣』の彼女になってしまい、波乱万丈の運命に巻き込まれる。
それって一体誰が予想しただろう?
一体どうして平助ごときが総理大臣に?
それはこの日本に訪れた国民の意識と政治の変革を大きく変える出来事が大きな波となり、政治の仕組みも憲法も行政組織も大きく変わってしまったから。
今後の二人に、観測史上前例のない災害級の嵐の予感しかしなかった。
つづく