日本人として知っておくべき、あの時代の日本人の使命を紹介します。
あの時代、過ちもあった。
慢心もあった。
傲慢もあった。
でも自分の信じる正義のために自らの生命を捧げ、統治する国のため賭けた者たちがいた。
真摯に統治する民に向き合った者達がいた。
それに比べて今の私たち。
できない言い訳、やらない言い訳なら、いくらでもできる。
それを誰も非難しない、非難できない。
ただあの時インドネシア独立のため、オランダからの独立戦争にインドネシア人独立義勇兵と共に、日本兵2000人が立ち上がり、1000名が生命を落とした歴史的事実は覆せない。
インドネシア独立に寄与した事実は誰も消せない。
彼らの行為を非難したり、歪曲する勢力(中韓米)が如何に侮蔑しても、準国歌の存在が歴史の書き換えを阻止し、拒絶している。
私は小学生の頃、学校で敗戦史観の歴史を学び、侵略と定義された戦争に参加した父を非難した事がある。
父は「戦争に行った事も無いくせに、知ったような口をきくな!」
と言った。
今、私はあの時の父に対する非難は誤っていたと、心から反省している。
誰にとっても自分の生命は大事。
でもそんなに大事な自分の生命の使い方を自分の信念のために捧げた者達を、今の私に非難する資格は無いと思う。
自分は敗戦後の平和という見せかけの安全圏に閉じこもり、人として意義ある事は何もせず、何もできずにいるくせに、自堕落で軽薄な享楽を貪る自分というダサい輩が偉そうに他人を馬鹿にしたり、非難する資格は無い。
そんな自分という醜い輩ではあるが、せめて今の自分にできる事をしたい。
残したい。
名誉のためではない。
自分がこの世に生まれた意義を無駄にしたくない。
だからそのために残りの人生を生きたい。
そしてこの日記を大切に残したい。