第14話 恋の行方と結束
カエデと平助が顔を見合わせ
ヒソヒソ話をする。
「ねぇ、ちょっと平助!!
どぉ云う事?」
「知らねぇよ。
エリカに格安温泉旅館の予約を頼んだら
どういう訳かこうなったらしい・・・。」
「格安?
あなた、私との初めてのドライブ旅行が
何で一泊なの?
しかも温泉じゃなくて
海にドライブって言ってたのに、
どうして団体旅行の送迎バスなの?
平助はしけたママチャリだけで
車なんて持っていないのは知ってるけど、
レンタカーでも借りて行くと思っていたのに・・・。
しかも格安旅館?日帰りじゃなかったの?
下心見え見えだし、
私と初めて一緒に過ごす時間を
安く上げようだなんて・・・。
このスケベ!!
アンタって最低ね!」
「そんな風に言うなよ。
もしもの時のために
宿泊手段をリザーブしていただけじゃん。
大体ボクの『流星号』を「しけた」って言うな!」
「もしもの時って何よ?
どんな緊急事態が起きる訳?
あんたが何もしなければ
何もおきる訳ないでしょ?」
「それは・・・、ほら、そのぉ、あれだよ。
あれがおきたら・・・」
「あれって何よ?」
そこにエリカがやってきて
話に割り込んできた。
「まあまあ、そこのおふたりさん、
そんなところでヒソヒソ揉めてないで
早くバスに乗りましょう。
皆さんお待ちかねよ。」
バスの窓から掃除のおばちゃんたちが
笑顔で手招きする。
「平助さん、早くおいで!
おにぎり握ってきたから一緒に食べましょ!」
後ろの座席の窓から
「お新香とゆで卵もあるよ!」
いかにもバスの中は騒々しそうだ。
平助はカエデの腕を掴み、
「しゃぁない、乗ろう。」
有無を言わさずカエデを引っ張るようにバスに乗る。
昇降口から2段ほど階段を上り
運転席横からバスの後部を見渡すと、
よく見慣れた面々が既に着座している。
最後部の座席には
田之上官房長官と角刈りの杉本が
もう缶ビール片手に鼻の頭を赤くしていた。
「こっち、こっち!」
杉本が立ち上がり、両手で招く。
途中、空き座席には大きなクーラーボックスが
いくつか鎮座している。
平助は田之上と杉本の間に座り、
カエデはひとつ前の席に着く。
カエデは不機嫌そうな仏頂面で、
「何でこういう事になったの?」と
エリカを問いただす。
「だって平助首相が
熱海の温泉で休養したいって言うから。
どうせなら今まで頑張ってきた仲間たちと
皆一緒の方が楽しいし、
親睦にもなるでしょ?」
「エリカ・・・!」
眉間にしわを寄せ、目を細め斜めから睨みつけ、
「ヤッパリ、エリカの企(たくら)みね。」
「ヤッパリって・・・。
企(たくら)みって・・・
人聞きの悪い!
企(くわだ)てって言って。」
「どっちも同じじゃない!
どうやらあなたは私のライバルのようね?」
そこに平助が
「ライバル?何の事?」
「ううん、何でもない」
二人揃って返事をする。
平助は首を傾(かし)げながら、
前に座る掃除のおばちゃん軍団から
おにぎりとお新香とゆで卵を貰いご機嫌になる。
席に戻りおにぎりを頬張りながら
星のマークの500ml缶を
プシュ!!と開ける。
「プハ~!」
「ところであのたくさんのクーラーボックスは何?」
「あの中には宴会後の二次会用に
鯖江さんがスーパーの社員割で調達してきた
蟹やらホタテやらアワビ、
刺身が満載されているんです。」
板倉が説明する。
やがてバスが動き出すと
エリカが運転席横まで移動し、
「皆様、
ようこそ首相官邸バス旅行にお越しくださり、
ありがとうございます。
本バスは、ここ新宿を出発後、
一路、熱海温泉観光ホテル
「至極のいざない」まで
直行いたします。
途中、一度だけドライブインにて
トイレタイムを設けますが、
お酒が過ぎますとトイレが近くなりますので
程々にしてくださいますよう、
お願いいたします。」
「それはエライこっちゃ!」
糖尿の官邸管理人さんが言った。
糖尿病患者は糖を含んだ尿を体外に排出するため、
利尿剤を処方される人もいる。
きっといつも柔和な顔をした管理人の新井さんは
トイレが近いのだろう。
飲みかけのワンカップを
カップホールダーに名残惜しそうに収めた。
それにしてもエリカって
銀座のホステスをやる前は
バスガイドだったのか?
そう思わせるほど、上手な案内だ。
途中、エリカのバスガイド並みに上手な歌で
「東京のバスガール」を聴かされ、
『東京のバスガール』
調子に乗ってそれまで不機嫌だったカエデまで
「すみだ川」を披露した。
『すみだ川』
エッ?カエデって
こんなに艶っぽい歌い方が出来たっけ?
また少し惚れ直した平助。
「平ちゃん、口からよだれが出てるぞ!」
杉本が指摘し、
田之上が「カッ、カッ、カッ!!」と笑う。
「そこの角刈り三兄弟!
(平助も田之上も杉本も
フレディ・マーキュリーの身辺警護人に習って
角刈りを続けている。)
そこだけ盛り上がってんじゃないわよ!
私も交えなさい!」
井口おねェが嫉妬するように言い放つ。
かくしてバスの中の宴会は終点まで続く。
途中、平助は板倉に問う。
「この社員旅行(?)の費用はどうしたの?」
「官邸に勤務した月から徴収している『官邸互助会費』
500円を積み立て、
不足分は政策成功報酬特別手当から士気高揚交際費として
支出しています。
だからご心配なく。
後で給料から差し引くなんていいませんから。」
「あ、そう。
あの鯖江女史が持ち込んだ蟹も、
その費用から出てるの?」
「そうです。
格安の割引価格だったので
その分節約できました。」
それを聞いて平助は少し安心したのか、
今夜はとことん楽しもうと決心した。
もちろんその夜は
乱れに乱れるほど、
盛り上がった宴会とカラオケ大会になった。
次の日の朝、
二日酔いの平助、田之上、杉本の
角刈り三兄弟に加え、井口おねぇが一緒になり
朝の露天風呂に浸かる光景があった。
それは何故か顔を真っ赤にし、
一列に浸かる温泉サルたちのようにも見えた。
ああ、朝日がきれい。
この世に生まれてきて良かった。
素直にそう思える平助達であった。
第15話 南海トラフ大地震
熱海温泉一泊社員旅行で
結束を強めた官邸御一行。
段々政務でも連携が強化され
スピーディーに物事が運び始めた。
それぞれの得意分野によって適材適所に配置され、
お互いの不得意なところをリカバリーしだす。
そんな時、
突然アメリカのジョーカー大統領から
無理難題を言い渡された。
アメリカ国内で
日米の貿易不均衡是正の世論が強まり
日米二国間協定での、
TPPを超える好条件の通商要求を
突き付けてきたのだ。
要求が吞まれない時は、
日米安保の在日米軍への費用負担増か、
撤退を申し渡された。
もちろん日本の国内世論は
反発を強め、強硬論が台頭した。
今や日本は、以前のようにアメリカ一辺倒の
依存体質から抜け出し、
TPPを中心とした国際協調路線と
強力な国際物流交易ブロックの構築に
成功している。
いつまでもアメリカの
理不尽な要求に答え続ける必要はない。
それがネット世論の出した答えだった。
しかしアメリカとの良好な同盟関係を
破壊するつもりもない。
平助内閣は交渉の対応に苦慮した。
回答期限は設けられていないが、
早急な対応を求められている。
グズグズしてはいられない。
幾度も閣僚会議が開かれ、
特に井口外相の語学力と外交手腕に
カエデと平助が顔を見合わせ
ヒソヒソ話をする。
「ねぇ、ちょっと平助!!
どぉ云う事?」
「知らねぇよ。
エリカに格安温泉旅館の予約を頼んだら
どういう訳かこうなったらしい・・・。」
「格安?
あなた、私との初めてのドライブ旅行が
何で一泊なの?
しかも温泉じゃなくて
海にドライブって言ってたのに、
どうして団体旅行の送迎バスなの?
平助はしけたママチャリだけで
車なんて持っていないのは知ってるけど、
レンタカーでも借りて行くと思っていたのに・・・。
しかも格安旅館?日帰りじゃなかったの?
下心見え見えだし、
私と初めて一緒に過ごす時間を
安く上げようだなんて・・・。
このスケベ!!
アンタって最低ね!」
「そんな風に言うなよ。
もしもの時のために
宿泊手段をリザーブしていただけじゃん。
大体ボクの『流星号』を「しけた」って言うな!」
「もしもの時って何よ?
どんな緊急事態が起きる訳?
あんたが何もしなければ
何もおきる訳ないでしょ?」
「それは・・・、ほら、そのぉ、あれだよ。
あれがおきたら・・・」
「あれって何よ?」
そこにエリカがやってきて
話に割り込んできた。
「まあまあ、そこのおふたりさん、
そんなところでヒソヒソ揉めてないで
早くバスに乗りましょう。
皆さんお待ちかねよ。」
バスの窓から掃除のおばちゃんたちが
笑顔で手招きする。
「平助さん、早くおいで!
おにぎり握ってきたから一緒に食べましょ!」
後ろの座席の窓から
「お新香とゆで卵もあるよ!」
いかにもバスの中は騒々しそうだ。
平助はカエデの腕を掴み、
「しゃぁない、乗ろう。」
有無を言わさずカエデを引っ張るようにバスに乗る。
昇降口から2段ほど階段を上り
運転席横からバスの後部を見渡すと、
よく見慣れた面々が既に着座している。
最後部の座席には
田之上官房長官と角刈りの杉本が
もう缶ビール片手に鼻の頭を赤くしていた。
「こっち、こっち!」
杉本が立ち上がり、両手で招く。
途中、空き座席には大きなクーラーボックスが
いくつか鎮座している。
平助は田之上と杉本の間に座り、
カエデはひとつ前の席に着く。
カエデは不機嫌そうな仏頂面で、
「何でこういう事になったの?」と
エリカを問いただす。
「だって平助首相が
熱海の温泉で休養したいって言うから。
どうせなら今まで頑張ってきた仲間たちと
皆一緒の方が楽しいし、
親睦にもなるでしょ?」
「エリカ・・・!」
眉間にしわを寄せ、目を細め斜めから睨みつけ、
「ヤッパリ、エリカの企(たくら)みね。」
「ヤッパリって・・・。
企(たくら)みって・・・
人聞きの悪い!
企(くわだ)てって言って。」
「どっちも同じじゃない!
どうやらあなたは私のライバルのようね?」
そこに平助が
「ライバル?何の事?」
「ううん、何でもない」
二人揃って返事をする。
平助は首を傾(かし)げながら、
前に座る掃除のおばちゃん軍団から
おにぎりとお新香とゆで卵を貰いご機嫌になる。
席に戻りおにぎりを頬張りながら
星のマークの500ml缶を
プシュ!!と開ける。
「プハ~!」
「ところであのたくさんのクーラーボックスは何?」
「あの中には宴会後の二次会用に
鯖江さんがスーパーの社員割で調達してきた
蟹やらホタテやらアワビ、
刺身が満載されているんです。」
板倉が説明する。
やがてバスが動き出すと
エリカが運転席横まで移動し、
「皆様、
ようこそ首相官邸バス旅行にお越しくださり、
ありがとうございます。
本バスは、ここ新宿を出発後、
一路、熱海温泉観光ホテル
「至極のいざない」まで
直行いたします。
途中、一度だけドライブインにて
トイレタイムを設けますが、
お酒が過ぎますとトイレが近くなりますので
程々にしてくださいますよう、
お願いいたします。」
「それはエライこっちゃ!」
糖尿の官邸管理人さんが言った。
糖尿病患者は糖を含んだ尿を体外に排出するため、
利尿剤を処方される人もいる。
きっといつも柔和な顔をした管理人の新井さんは
トイレが近いのだろう。
飲みかけのワンカップを
カップホールダーに名残惜しそうに収めた。
それにしてもエリカって
銀座のホステスをやる前は
バスガイドだったのか?
そう思わせるほど、上手な案内だ。
途中、エリカのバスガイド並みに上手な歌で
「東京のバスガール」を聴かされ、
『東京のバスガール』
調子に乗ってそれまで不機嫌だったカエデまで
「すみだ川」を披露した。
『すみだ川』
エッ?カエデって
こんなに艶っぽい歌い方が出来たっけ?
また少し惚れ直した平助。
それにしてもこの二人って歳はいくつやねん?
歌う歌が古すぎる!
恐るべし!
カエデとエリカ!!
「平ちゃん、口からよだれが出てるぞ!」
杉本が指摘し、
田之上が「カッ、カッ、カッ!!」と笑う。
「そこの角刈り三兄弟!
(平助も田之上も杉本も
フレディ・マーキュリーの身辺警護人に習って
角刈りを続けている。)
そこだけ盛り上がってんじゃないわよ!
私も交えなさい!」
井口おねェが嫉妬するように言い放つ。
かくしてバスの中の宴会は終点まで続く。
途中、平助は板倉に問う。
「この社員旅行(?)の費用はどうしたの?」
「官邸に勤務した月から徴収している『官邸互助会費』
500円を積み立て、
不足分は政策成功報酬特別手当から士気高揚交際費として
支出しています。
だからご心配なく。
後で給料から差し引くなんていいませんから。」
「あ、そう。
あの鯖江女史が持ち込んだ蟹も、
その費用から出てるの?」
「そうです。
格安の割引価格だったので
その分節約できました。」
それを聞いて平助は少し安心したのか、
今夜はとことん楽しもうと決心した。
もちろんその夜は
乱れに乱れるほど、
盛り上がった宴会とカラオケ大会になった。
次の日の朝、
二日酔いの平助、田之上、杉本の
角刈り三兄弟に加え、井口おねぇが一緒になり
朝の露天風呂に浸かる光景があった。
それは何故か顔を真っ赤にし、
一列に浸かる温泉サルたちのようにも見えた。
ああ、朝日がきれい。
この世に生まれてきて良かった。
素直にそう思える平助達であった。
第15話 南海トラフ大地震
熱海温泉一泊社員旅行で
結束を強めた官邸御一行。
段々政務でも連携が強化され
スピーディーに物事が運び始めた。
それぞれの得意分野によって適材適所に配置され、
お互いの不得意なところをリカバリーしだす。
そんな時、
突然アメリカのジョーカー大統領から
無理難題を言い渡された。
アメリカ国内で
日米の貿易不均衡是正の世論が強まり
日米二国間協定での、
TPPを超える好条件の通商要求を
突き付けてきたのだ。
要求が吞まれない時は、
日米安保の在日米軍への費用負担増か、
撤退を申し渡された。
もちろん日本の国内世論は
反発を強め、強硬論が台頭した。
今や日本は、以前のようにアメリカ一辺倒の
依存体質から抜け出し、
TPPを中心とした国際協調路線と
強力な国際物流交易ブロックの構築に
成功している。
いつまでもアメリカの
理不尽な要求に答え続ける必要はない。
それがネット世論の出した答えだった。
しかしアメリカとの良好な同盟関係を
破壊するつもりもない。
平助内閣は交渉の対応に苦慮した。
回答期限は設けられていないが、
早急な対応を求められている。
グズグズしてはいられない。
幾度も閣僚会議が開かれ、
特に井口外相の語学力と外交手腕に
全責任が重くのしかかり、
その双肩に日本の将来が託された。
井口の顔が引きつる。
「私にどうしろって云うの?」
「大丈夫!皆がついてるから。」
背後から掃除のおばちゃんが力強く言った。
でもその『大丈夫』には
何の根拠もない。
ただ、自分一人じゃないって
少しだけ力が湧いた井口であった。
官邸が一丸になってくれた瞬間かもしれない。
そこにきて、
更なる不幸が日本列島を襲った。
何と!このタイミングで
南海トラフ大地震が発生したのだ。
この国に最大の危機が訪れた。
つづく
その双肩に日本の将来が託された。
井口の顔が引きつる。
「私にどうしろって云うの?」
「大丈夫!皆がついてるから。」
背後から掃除のおばちゃんが力強く言った。
でもその『大丈夫』には
何の根拠もない。
ただ、自分一人じゃないって
少しだけ力が湧いた井口であった。
官邸が一丸になってくれた瞬間かもしれない。
そこにきて、
更なる不幸が日本列島を襲った。
何と!このタイミングで
南海トラフ大地震が発生したのだ。
この国に最大の危機が訪れた。
つづく