―死の恐怖からの解放― その1
死にたくない、いつまでも生きたい、これはすべての人の願いですが、人はだれでも、裸で母の胎から生まれ、また裸で死ななくてはなりません。
なぜ死ぬことが恐ろしいのでしょうか。
恐ろしいことの第一の理由は死はすべての終わりであって、人のすべては消え失せてしまうと思うからです。死んでしまえば肉体は土に帰り、魂も、人格もすべて消えてしまう。人は生きている時だけのものだ、と考えるのです。そこで多くの人は、生きている時だけなら、飲んで食べて、楽しみ遊んで・・・と悪いことにも身をゆだねてみるのですが、どんな人にも良心があって、悪いことをすれば心に責められ、苦しくなってしまうのです。はたしてだれが人のうちに良心をおかれたのでしょうか。人が罪を犯す時、なぜ苦しくなるのでしょうか。なぜ責められるのでしょうか。それは、神が人間を造られたのであり、神が人に良心を与え、神は人が罪を犯す時責めるのです。だれでも死んでしまえばすべては終わりだと口では言ってはみても、心の底から、すべてのものが終わってしまうと考えている人は、ごくわずかしかいません。
死ぬことがこわい、第二の理由は、死後、人はだれでも神の御前に出て、さばきを受けなければならないことを恐れているからです。聖書は「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」と断言していますが、人は無意識のうちに死後のさばきを恐れているのです。聖書によると、人の生涯の行為、そして言葉に対しても正しくさばかれ、言い開きをしなくてはならないと教えています。私は死後、人が神の御前で、正しいさばきを受けることは、ごく当然で正しいことだと思っています。なぜなら、この世はあまりにも矛盾が多いからです。ある人はまじめに正しい道を生きます。ある人はまじめに正しく生きる人を苦しめ、でたらめな生き方をします。悪いことをしなかったのに誤解され、罪人呼ばわりされて生きる人、悪いことをしていても、人々から正しい人と尊敬されて生きる人、この世はあまりにも矛盾が多いのです。しかし、神は義なるお方であり、公平な審判者でもあるのですから、人の行いに応じて正しく裁かれるのです。
死ぬことが恐ろしい第三の理由は、死後、地獄に落ちるのではないかという、恐れがあります。地獄がある、このことについては聖書ははっきりと、罪を悔い改めないで死ぬならば、永遠の苦しみの場所に人は行くのだと断言しています。そして、人はどうしても恐ろしい地獄に行かないように悔い改めて主イエスを信じて、天国に入る準備をしなくてはならないと、強くすすめています。
滝元 明著「平安を持つ秘訣」より引用・要約しました。
A.O
死にたくない、いつまでも生きたい、これはすべての人の願いですが、人はだれでも、裸で母の胎から生まれ、また裸で死ななくてはなりません。
なぜ死ぬことが恐ろしいのでしょうか。
恐ろしいことの第一の理由は死はすべての終わりであって、人のすべては消え失せてしまうと思うからです。死んでしまえば肉体は土に帰り、魂も、人格もすべて消えてしまう。人は生きている時だけのものだ、と考えるのです。そこで多くの人は、生きている時だけなら、飲んで食べて、楽しみ遊んで・・・と悪いことにも身をゆだねてみるのですが、どんな人にも良心があって、悪いことをすれば心に責められ、苦しくなってしまうのです。はたしてだれが人のうちに良心をおかれたのでしょうか。人が罪を犯す時、なぜ苦しくなるのでしょうか。なぜ責められるのでしょうか。それは、神が人間を造られたのであり、神が人に良心を与え、神は人が罪を犯す時責めるのです。だれでも死んでしまえばすべては終わりだと口では言ってはみても、心の底から、すべてのものが終わってしまうと考えている人は、ごくわずかしかいません。
死ぬことがこわい、第二の理由は、死後、人はだれでも神の御前に出て、さばきを受けなければならないことを恐れているからです。聖書は「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」と断言していますが、人は無意識のうちに死後のさばきを恐れているのです。聖書によると、人の生涯の行為、そして言葉に対しても正しくさばかれ、言い開きをしなくてはならないと教えています。私は死後、人が神の御前で、正しいさばきを受けることは、ごく当然で正しいことだと思っています。なぜなら、この世はあまりにも矛盾が多いからです。ある人はまじめに正しい道を生きます。ある人はまじめに正しく生きる人を苦しめ、でたらめな生き方をします。悪いことをしなかったのに誤解され、罪人呼ばわりされて生きる人、悪いことをしていても、人々から正しい人と尊敬されて生きる人、この世はあまりにも矛盾が多いのです。しかし、神は義なるお方であり、公平な審判者でもあるのですから、人の行いに応じて正しく裁かれるのです。
死ぬことが恐ろしい第三の理由は、死後、地獄に落ちるのではないかという、恐れがあります。地獄がある、このことについては聖書ははっきりと、罪を悔い改めないで死ぬならば、永遠の苦しみの場所に人は行くのだと断言しています。そして、人はどうしても恐ろしい地獄に行かないように悔い改めて主イエスを信じて、天国に入る準備をしなくてはならないと、強くすすめています。
滝元 明著「平安を持つ秘訣」より引用・要約しました。
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