夢から慈しみの世界へ

神と自然と人間の共生
神一元・善一元・光明一元の生活
人間の生命の実相は『仏』であり、『如来』であり『神の子』である

人間は霊的実在である・・・・ 祖神と共に生きる。

2016年01月17日 09時17分22秒 | 真理の言葉
人間は霊的実在である・・・・ 祖神と共に生きる。

祖神と共に生きる。

吾が生くるは吾が力で生きているのではない、
永遠に生き通しの宇宙を貫く無限なる祖神(みおや)の生命が今此処に生きているのである。
吾は遠い祖先の祖神(みおや)と共に生きているのであり、祖神(みおや)の大いなる力で生かされ護られているのである。
吾は神と倶に時間、空間を超越して、亡びなき死滅なしの常住円相の生命の実相の道を歩んでいるです。
吾はアルフアなりオメガなり。始めであり、終わりである生と死の鍵を持ち給う永遠なるものである。
私達は先祖の御魂と共にこの今を永遠に生きているのです。
もし何億の先祖が一人でも欠けていたならば今の自分の生命は無いことになります。
自分もやがてご先祖になります。
先祖供養は今自分の中に生きつづけている先祖を供養することでもあります。
ご先祖は遠い存在ではないのです。
今、此処に自分の内に存在ましまして自分を導いておられるのです。
ですからその御恩に報恩感謝するのが本当の先祖供養の眞心なのです。
報恩感謝の心で眞をつくし経典等を読誦して供養さし上げるのが法供養の誠を捧げることなのです。



永遠のキリスト(永遠の救いの本源者)は常にあなたの内にあって、あなたを護り導いておられるのです。
キリストは『重荷を負える者よ、われに来たれ。われ汝を休ませしめん』といっているのである。
信仰によって内部の神性(人間は神の子である)の扉を叩くことにより無限の智慧の扉はひらかれるのである。
キリストは弟子が治病に失敗して帰ってきたときに『汝ら信仰薄きものよ』と言っているのである。
汝の持てる全ての物を売りてこれを貧しきものに施せ、而して汝の十字架を負いて我に隋(したが)え。
一切の過去を棄て、心の中につかんでいた唯物的な一切を棄て去り、霊的に生まれ変わって、
神の子として新しき生活を始めましょう。



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