月に一度、町会館で町内の同年代グループの飲み会がある。
歳が歳だけに、まずは体調不良の話題、次に薬の話で盛り上がる。
「どんな薬を飲んでいるねん?」
「〇〇や!」
「俺と一緒やがな!」
「あの薬もパッケージが白い間は良えけど、ピンクとか赤になるとアカンらしいな」
それを聞いた右隣の少し年配のYさんがじろりと睨む。
気心知れた同士の集まりだから、もめごとになることはない。
町内で飲んでいるという安心感から、ついつい酒が進む。
年甲斐もなく寄ったので途中で退散。
ふらふらになって家に帰ってバタンキュウ。
朝起きて、何も覚えていない。
誰かに何か嫌なことを言ったりはしていなかっただろうか?
毎度毎度の自己嫌悪。
用事があって歩いていると、昨日、睨まれたYさんとばったり。
「昨日は、すんません!」
「なんのこっちゃ?」
「昨日はえらい飲んでしもたわ!」と勘繰りをいれる。
「けつこうしっかり喋ってたで!」
優しさで言ってくれているのかもしれないと、もう一つ勘繰りをいれる。
「嫌なこと言うてなかったかなあ?」
「皆と楽しそうに、やってたがな!」
それで、ようやく一安心して、「飲み過ぎて何にも覚えてないねん」。
「それは酒に酔って覚えてないのやなしに、眠ったから覚えてないねんがな!」
眠りの効用には、心身の疲労だけではなく、記憶の整理もある。
頭の中の記憶の引き出しに、覚えておくべきことと、忘れるべきことを仕分けしてくれるのだ。
嫌なことは引き出しにぴしゃりとしまいこまれ、嬉しいことは引き出しに入りきれずに、朝になっても残っている。
だから、朝に目覚めたとき頭がすっきりとしている。
そうでなければ人間なんぞ、やってられない。
良くも悪くも、眠っている間に整理されて、すっきりとした朝を迎えて、よし、今日も頑張るぞという気持ちになれる。
◇
「それで、どに行くねん?」とYさん。
「会館にジャンバーを忘れたんで取りに!」
「そりゃ、飲みすぎやがな! 寒いのによう帰ったなあ!」
「寒さも忘れてたわ!」
「そういうたら、メガネも忘れてたんとちがうか?」
「朝から、探してたんやがな!」
◇
会館に行くと、下駄箱の上にジャンバーとメガネが置いてあった。
その横に、マフラーと手袋、ニット帽とタバコにライターなど……。
それに靴が一足。
派手なマフラーはYさんのだと覚えていたので、電話をかける。
呼び出し音ばかりでなかなか出ない。
しかたなくYさんの家へ。
「このマフラーはYさんのやろ?」
「おお、そや! どこにあったんや?」
「会館に……!」
「うっかりしたがな……」
「手袋とニット帽もあったで!」
「あっ、それも、わしのや!」
「靴もあったけど?」
「ええ?」
玄関の上り口に、会館のトイレのスリッパが脱ぎ捨てられている。
「来る前に電話したんやけど?」
「あっ! スマホも忘れてきた!」
◇
眠りですべて忘れるのではない。
眠る前に酒で忘れている。
そして、その前に、老いで忘れている。