今日も雨模様で、田んぼに行ってみたものの雨に濡れながらの作業もできないので、八戸に映画鑑賞にでかけた。フォーラム八戸で今日から公開された『日本の一番長い日』である。原作は半藤利一氏のノンフィクション。監督は原田眞人である。『日本の一番長い日』は以前にも映画化された。1967年(昭和42年)東宝配給で監督は岡本喜八だった。私はこの映画も鑑賞した記憶がある。物語の時代は、1945年(昭和20年)戦況の悪化した日本に対して、連合軍がポツダム宣言の受諾を迫っていた。降伏か本土決戦か閣議でも結論が出せず、昭和天皇の「聖断」によって終戦に向かう。8月15日正午の「玉音放送」までクーデター直前まで行った軍の一部の行動と、陸軍大臣阿南惟幾らの苦悩と決断が描かれる。「ポツダム宣言を良く読んでいない」と国会で答弁した安倍首相、しかし終戦の局面で敗北を認めポツダム宣言を受諾した、当時の主権者である天皇の判断など、今起こっている事態との関係でも鑑賞に値する映画だと思う。
桑原敏眞著『北畠顕家』という本が大野図書館に出ていたので借り出して読んだ。この本は県立中央図書館の物で、図書館間の交流で大野図書館に来ていたものだ。そもそも桑原敏眞という作者について知識がない。桑原敏眞は昭和24年(1949年)岐阜市生まれ、長崎大学医学部に入学するも学生生活に悩み休学してアルバイトをしながら全国を旅し、後に復学、長崎大学医学部を卒業後、名古屋を中心に医師として働き、愛知県海部郡佐屋町で「くわはら内科胃腸科」を開業した。診療のかたわら、日本の歴史を研究し本著を執筆したとある。発行元は(株)文芸社の本。
北畠顕家に関しては、北方謙三の『破軍の星』があってかつて読んでいる。この作品では、北畠顕家の子どもの頃から最後までさらにさまざまな角度から書きこんでいる。著者も「あとがき」で天皇のために一筋に命をかけた北畠顕家の考え方について、自分の利益ばかりでなく、日本全体の幸せという心をもった政治家が現れなければ命をかけてたたかった北畠顕家、足利尊氏などの先人に対して申し訳ないと思わなければなりません」と書いているが、当時の認識のレベルがどうであったにせよ、必死に生きた人々があり、同時に現在の社会では時の政権を担う自民党政治が極端まで行き詰まっているもとで、著者の希望するような政治の担い手はおそらく日本共産党なのだろうが、この方がどう思っているかは聞いてみないとわからない。
8月8日。おはようがんす。昨日から洋野町は雨、まるで秋雨前線でふる雨のようだ。花を咲かせている稲の受粉が心配である。
土曜の朝は、妻が配達にでるのでいつものように「山賊食堂」が開店である。今日は得意にしている料理を2品。1つはいつものポテトサラダ、そうしてもう1つがホウレンソウとモヤシのナムル。ナムルの方もコチジャンと酢、砂糖、醤油で味をつけるのだが、軽量しないで目分量で味がばっちり決まるようになった。この料理は現職の時代に選挙で泊り込んでいた時、賄にきていたおばちゃんにならったもの。最初はうまくいかなかったが、今では得意料理になった。