ウクライナの切実な悩み:プーチンが欲しい
有能な国家のリーダーとは、他国にとっては常に潜在脅威となる・・・
2014.01.09(木) W.C. JB PRESS
2013年の大晦日に、ロシアのヴラジーミル・プーチン大統領はハバロフスクにいた。昨年、東シベリア・極東を襲った大水害の被害者たちへの慰問が目的である。
そして彼は、その翌日の元旦にはすでにロシア南部のヴォルゴグラードにいた。言うまでもなく、年末に発生した連続自爆テロ事件への姿勢を示すためだった。事件に巻き込まれた負傷者を病院に見舞い、治安関係者を集めてのテロ対策会議も行った。
世界で最も激しく飛び回る大統領
年末年始が日本ほど安息と弛緩でもないお国柄とはいえ、よく働きよく動くものだ。我らが宰相も就任以来、10を超える国々を駆け巡っておられるが、国の内外を合わせ飛び回っている頻度では、失礼ながらプーチンには及ぶまい。ロシア国内といっても、上述のハバロフスクなどはモスクワと時差が7時間もある距離なのだ。
政策や思想はともかく、プーチンがその働きぶりで「しっかりした指導者」と評価されるなら、それを間違いだと反駁するのは難しい。
昨年の12月だけを取ってみても、議会関係者ほかへの年次教書報告に始まり、ウクライナ問題での決断とそれによるEUの東進撃退、1年間を総括する形での4時間余に及ぶ定例記者会見、そして、その記者会見直後に明らかにされたミハイル・ホドルコフスキーの釈放というサプライズ、と続く。
彼とて1日は24時間しかないはずなのに、短期間でよくこれだけの難題を詰め込んで、かつしかるべき成果を出せるものだ、と感心させられる1カ月だった。
だが、しっかりしているからこそ、プーチンは他国から警戒心や恐怖感をもって見られてしまうことにもなる。有能な国家のリーダーとは、他国にとっては常に潜在脅威なのだ。特に2013年は、シリア問題でプーチンに一本取られ、そのうえエドワード・スノーデン問題が起こったことで、米国の腸は煮えくり返っている。
EUとてしかり。10月から12月にかけて繰り広げられたウクライナを巡る綱引きで、完敗に近い形の結末となったのだから、その屈辱と恨みたるや、想像を絶するものかもしれない。
そうなれば、西側のメディアに登場するプーチンへの評判は、強権政治、非民主主義、ソ連帝国の復活への野望、国内での支持率低下、といった具合に、お世辞にも良いものとは言えなくなる。
それでも2013年でのプーチンの働きは、好き嫌いを棚上げしてでも西側は認めざるを得ない。昨年10月に米経済誌フォーブスは“The World Most Powerful People 2013”のトップに、バラク・オバマ大統領を差し置いてプーチンを据えた。そして年末には、英紙ザ・タイムズが彼を“The Times International Person of the Year”に選んでいる。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39604
◆ウクライナ問題にほくそ笑むロシアのガス会社
西側諸国の支援が結局はロシアを潤すことになる?
2014.03.20(木) W.C. JB PRESS
前回のこのコラムでウクライナの問題について書いた。
それから2カ月半経た現在、ロシアは相変わらず隣国との問題を抱えたままでいる。そして、それは筆者や、恐らくロシアと多くの西側諸国の予想をも遥かに超える形と規模に突き進んでしまった。
この16日にクリミアでの住民投票が行われ、96.77%という圧倒的多数がロシアへの帰属を望むという結果になった。投票率は83.1%だったという。
クリミア自治共和国をロシアへ編入する条約に調印したロシアのプーチン大統領(右から2人目)とクリミアのセルゲイ・アクショノフ首相(左)(2014年3月18日)〔AFPBB News〕
後戻りできない対立関係に入ったロシアと欧米諸国
どちらの数値も、昔のソ連や今の北朝鮮を想像させるような代物だが、これを受けて18日にロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、上下両議院議員や地方政府知事、政府関係者を集めて特別演説を行い、クリミアのロシアへの編入を認める決定を明らかにした。
ロシアは、クリミアのウクライナからの分離を絶対に認めないとする欧米諸国やウクライナの新政権と、どうやら後戻りできない対立関係に踏み込んだようだ。いずれの側にもその立場を譲る気配はまるでない。
ここまで立ち至ってしまった背景を考えるうえで、キエフの騒擾に一段落ついたと思われた昨年末から最近に到るまでに、何が起こったのかを多少なりとも振り返っておく必要があるだろう。
正月の休みが終わりかけた1月の初めに、年末には収束しかかったやに見えていたキエフの独立広場での騒動がまた始まった。反政府派との力関係で勝負はすでについていると踏んでいたヴィクトル・ヤヌーコヴィッチ政権は、広場に居座る彼らを強制的に排除する攻勢に出た。その排除を可能にする一種の治安維持法が、与党多数の議会で可決される。
今から思えば、この対応は拙劣だった。騒ぎに火をつけていたウクライナ民族主義の過激派は、政府のこの出方を待っていたかのようにさらに暴れる。騒動はキエフから西部の諸州都へと飛び火し、そして1月末には西部出身者の引き起こす騒動に同調しない東部でも、反政府派による州庁舎の占拠騒動が起こる。
状況の悪化と「治安維持法」への西側の強い批判に晒されて、ヤヌーコヴィッチ政権は結局その撤回を余儀なくされる。議会では野党が要求する憲法改正を巡って堂々巡りの議論が続く中、ソチ五輪が始まると古代アテネでの伝統よろしく、あたかもその間は街頭闘争も休戦のようでもあった。
しかし、五輪がまだ終わらない2月18日に再び火は燃え上がり、キエフでの反政府派と治安部隊との衝突で80人を超える死者が出る。
この時点では、政府側が狙撃兵を起用して反政府デモの参加者を射殺していたと批判されたが、民族主義過激派も各地の内務省武器庫を襲撃して武器を簒奪していた。これらが5000人を超える反政府派武装集団を作り上げた、と露紙は報じている。
本格的な調停に乗り出した西側によって、ヤヌーコヴィッチ大統領による大幅な譲歩(2014年での大統領選繰り上げ実施、48時間以内の2004年憲法復活案署名、10日以内の祖国統一内閣組成、すべての反政府行動参加者への特赦)と、反政府派の占拠建造物からの撤退及び不法所持武器の24時間以内の返却を取り決めた協定が、2月21日にヤヌーコヴィッチと野党党首との間で調印される。
出典は
http://wikitravel.org/shared/Image:Ukraine_regions_map.png
この協定には、独・仏・ポーランドの外相も立会人の立場で署名している(ロシアは立会人を出したが、署名には加わっていない)。後刻報道されたところでは、調印前にロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相はジョン・ケリー米国務長官に対して、野党勢力がこの協定を遵守しない可能性を指摘していたが、それでも、むずがるヤヌーコヴィッチ大統領をロシアが説得して協定に署名させたともいう。
だが、この協定も、そして野党も民族主義過激派を抑えられず、治安部隊が引き下がった機に乗じて、2月21日から22日にかけて彼らは政府庁舎街に乱入してこれを占拠する。ラヴロフ外相の懸念は当たってしまった。
大統領逃亡後、一気に反ロシアに傾いたウクライナ
ヤヌーコヴィッチ大統領は、「自分がキエフを離れたのは元々予定されていた公務で」と述懐しているものの、結局彼は逃亡して最後はロシアへ渡った。キエフでは身の危険を感じるほど、彼を護る側も人がいなくなっていたのだろうか。
ヤヌーコヴィッチ大統領の逃亡を受けて、ウクライナで唯一の権力機関となった議会(すでに与党から40人を超える脱党者が出て、野党勢力が支配するようになる)は、その権限を大きく認める2004年憲法を復活させ、真っ先にロシア語を第2公用語と認める現行法を廃止した。
そして、2月25日に議会野党のアレクサンドル・トゥルチノフ氏を暫定大統領に指名し、大統領選の5月実施を決定、27日には野党「祖国」の幹部であるアルセニー・ヤツェニュク氏を首班とする新政府が樹立される。
ホワイトハウス会談したオバマ米大統領(右)とウクライナのアルセニー・ヤツェニュク暫定首相〔AFPBB News〕
こうしたキエフでの動きに対して、1月後半からウクライナ東部での反・反政府派の動きが表面化し始め、2月20日前後には東部の州知事たちが状況への対応で鳩首会談を開いている。そして、ロシアのクリミア侵攻の噂が急速に広まり始めていた。
2月26日にプーチン大統領は、同日から3月3日にわたるロシア西部方面軍の大演習実施を指示。
27日にクリミア議会が5月の大統領選に合わせてクリミアのウクライナ帰属を問う住民投票実施を決議すると、プーチン大統領はロシア上院にロシア軍の海外派兵許可を求め、3月1日に上院はこれを承認。根拠は、ロシアがいまだに正式の大統領と認めるヤヌーコヴィッチ氏から、その逃亡前に受け取ったロシア軍の派遣要請だった。
ロシアは否定するものの、ロシア軍の直接・間接を問わない侵攻策でクリミアはほぼ無血制圧され、3月6日にクリミア議会は自治共和国のロシア帰属を問う住民投票を3月16日に繰り上げて行うことを決議。3月11日には議会が独立宣言を採択した。
これを巡ってウクライナや欧米諸国とロシアとの対立が深まり、欧米諸国による対露制裁に話が及ぶ。しかし、西側の制裁もものかは、冒頭で述べたように、18日にプーチン大統領はクリミアのロシア帰属を宣言する。
問題はクリミアの次、東部諸州の動向
以上がこれまでの粗筋とすれば、ではこれからどうなるのか?
少なくともロシアは、クリミアを自国に帰属させる方針を変えはしない。西側諸国は対露での経済制裁を発動するが、相手が資源輸出国だけに何とも始末に悪い。そのため、今の制裁レベルがロシアの方針に大きく影響することはまずないだろう。問題はその先にある。
クリミアほどではないにしても、ロシア系住民の割合を無視できないウクライナ東部諸州を、今のウクライナ政権がどう扱おうとするのか、それ次第でロシアがどう出るのか。さらに、5月の大統領選の結果次第で、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟の可能性が強まるのかどうか。そして、破綻しかかっているウクライナの経済を西側が単独で救えるのか。
ロシアの基本的な立場は、3月4日に行われた記者会見でもプーチン大統領が明確に述べている。
そもそもロシアは、2月に起こったウクライナの政変と、その結果誕生した暫定大統領・政府の正統性を認めていない。上述の2月21日の合意書を一方的に破り、かつ憲法に定める政権交代の手続きを踏まない政権だから、が理由になっている。
とはいえ、今の世界で既存法には合致しない革命で生まれた政権がないわけでもない。それが1つの国を治める力量を持つと認められれば、他国の承認を順次受けていく。ロシアの本音は、「政変から出てきた今のウクライナの体制が、西部の民族主義過激派(強硬な反ロシア派)に実質的に支配されているから受け入れられない」にある。
新政府はそれまでの野党を中心に組閣されたが、その人選に当たり野党は民族主義過激派の承認を得ねばならなかった。そして、過激派の中心人物の1人で「右派セクター」の指導者であるドミトロ・ヤロシュ氏が、国家安全保障会議の副議長にすらなっている*1。今の政府が過激派を無視して動けないことは確かだろう。
*1=ロシア当局は、彼がメディアなどを利用してロシアの領土を侵犯する行為を行ったことを理由に、ロシア刑法に基づき国際指名手配している。ウクライナ国内だけではなく、北コーカサスでの反露勢力とも繋がっているとされる。
西部の4州は、第2次世界大戦が勃発する頃まで一度として歴史上ロシアの支配下に入ったことがなく、それ以外にもロシアに馴染みの薄い州が西部には3つある。極端に言えば、ポーランドなどの他国の領土の一部がウクライナに組み込まれていると理解した方が早いだろう。
文化や宗教でのロシアとの差は消えず、ロシア語の公用語からの追放もロシアの支配圏からの長年の脱却願望に根差している*2。
*2=国全体で45%がロシア語を話し、45%がウクライナ語、10%が双方、という説、75%がロシア語を話している、という説などが紹介されている。
それだけではない。西部は第2次世界大戦中に、ドイツを後ろ盾としてソ連と戦った面々を世に出している。過激派の中には、こうした反ソ戦士を称えるグループも含まれ、ことはロシアとの「歴史問題」にも発展してしまう。
第2次世界大戦での勝利の意義を否定する動きをロシアが許容することは、絶対に、と言い切ってよいほどあり得ない。ロシアが現ウクライナ政権を「ナチス」「ファシスト」と呼ぶ理由がそこにある。
先に手を出したのはウクライナ西部と西側諸国
なぜ西側はこのような危険な連中の動きを止めようとはしないのか?
潮が引き始めたキエフでの反政府行動が、1月に入って激しさを増したのは、民族主義過激派を裏で操り煽った向きがいるからだ、との疑いにロシアは到る。先に手を出したのは西部と西側であり、ならばその攻撃からロシアの立場と権益は守らねばならない――西側ではあまり報道されていないが、これがロシアの基本姿勢となっている。
2月に政府側の狙撃兵がデモ隊に加わった人々を射殺したという件で、実はこれは民族主義過激派が仕組んだという可能性が浮上したこともその疑いに拍車を懸ける*3。
*3=エストニアのポエト外相とEUのアシュトン外相との電話会談で、ポエト外相がウクライナの前与党(地域党)関係者から聞いた話としてこれを伝え、アシュトン外相は驚愕。この会話が盗聴されてインターネットに流され、ポエト外相はその会話が事実だったことを認めている。
クリミアのロシア人が、自分たちを守ってくれとロシアに頼ってくるなら、それに応えるしかない。だが、3月4日の記者会見でプーチン大統領は、クリミアを併合するつもりはないと述べていた。2週間後にはその発言が引っ繰り返されたことになるのだから、結果的には嘘をついたという批判を免れまい。
この言行不一致を弁護する気はさらさらない。ただ、最初から併合に向かって進んでいたのではなく、2週間の間での状況を見て考えを変えた、と見る方が当たっているように思える。ニューヨーク・タイムズ紙(The New York Times)は、クレムリンの中に今回の流れで実は基本政策(Grand Plan)など存在していない、という見方を紹介している。
悪く言えば、行き当たりばったりであり、ロシア人の普段の動きから見ると、この説明には納得がいってしまう。
欧米やウクライナの現政権との対立をのっぴきならぬものにしてしまうことの損得勘定で、プーチン大統領は迷っただろう。それにクリミアを丸抱えしたら、経済支援その他で大変な物要りになる(年間30億ドルが少なくとも必要、とメディアは計算)。
経済状況が思うに任せないロシアにとって、極東や北コーカサスといった国内援助対象にさらにクリミアが積み増されたら、経済成長がいくらになるかなどと議論している場合ではなくなるかもしれない。
だが、もう後には戻れない。戻ったならそれこそクリミアでもロシア国内でも、“日比谷焼打事件”である。だからこそ、次の火種と目されているウクライナ東部諸州を巡る動きには、細心の注意を払わねばならない。ここで万が一が起こったら、今度はNATOも黙ってはいない。
ウクライナの研究所などがこの2月に行った調査では、東部でもロシアへの併合を求める割合はさほど大きなものではない(表参照)。この数値を額面通り受け取るなら、東部の人々の態度は、ウクライナの財閥のそれに典型的に表れているようにも見える。
調査はキエフの国際社会学研究所とクチェリフ民主主義推進基金により2月8~18日に行われ、統計上有意となる数の回答が集まった地域のみが掲載されている。
http://www.ng.ru/cis/2014-03-05/1_rada.html
西部と異なり東部は工業で成り立っている地域が多く、ウクライナの経済全体を支えるとともに(ドネツク州だけでもウクライナのGDP=国内総生産の5分の1を占める)、民族問題などより自分たちの経済的な利益がどうなるかの方へ関心が向く。
それ次第では、西部出身の為政者を支持することもあれば、ヤヌーコヴィッチ大統領の場合のように、東部の出身者であっても利益にならないと見ればさっさと離れていく。
だが、西部出身者で占める政府に何かを仕掛けられたら、その東部もどう反発するか予想が付かなくなる。西部同様に東部にも、反西部の過激派がいてもおかしくはない。だから、事態が物の弾みに流されてしまう可能性を減らすためには、キエフの過激派やウクライナ軍が東部に圧力を加えるならいつでもロシア軍を投入する、との意思を明示し続けねばならなくなる。
西側もこの点は気にかけている。ロシア語を公用語から外す法案を暫定大統領が拒否権発動で抑え込んだのも、そこまでやるな、との西側からの圧力があったからとも言われる。
さらに先を考えれば、クリミアがウクライナから離れた場合、それをウクライナ政府が認めなくとも5月のウクライナ大統領選にはクリミアの(元)有権者は参加しないことになり、これまでの選挙で見られた東西間の票数の均衡が崩れて、今後は西部出身の候補者の優位が恒常的に確立されてしまうかもしれない。
そうなると、ウクライナのNATO加盟の可能性も加速されかねない。クリミアと東部の守りを固めた先に出てくるこのシナリオは、今後のウクライナ政府のあり方をどうするのか、という問題の解でもあり、ロシアにとっては交渉取引の世界に入ってくる。
NATO阻止のためにロシアがどのような交換条件をウクライナと西側に提示するのか、である。
欧米の政治家やメディアは、いつもの通りロシアの出方に対して、厳しい批判を加えている。クリミアを併合するロシアの行為は、ウクライナへの武力を用いた侵略行為であり、ウクライナの領土保全を取り決めた1994年12月締結のブダペスト協定(ロシアも調印国)に明らかに違反する、が攻撃の出発点となる。
そして、こうした軍事的侵略行為はプーチン大統領の独裁・非民主的な国家運営や「ソ連復活」という版図拡大策に始まり、やがてはウクライナ全域を制覇し、西側民主主義国家群へも脅威として迫ってくる、といった解釈や論点が広がっている。
パリのロシア大使公邸で会談するケリー米国務長官(右)とラブロフ露外相(左、2014年3月5日)〔AFPBB News〕
外交を逸脱した米国務長官の対ロシア批判
ケリー米国務長官の対露批判は、西側内でも外交を逸脱していると言われるほど激しい(ヒステリックな、という形容が似合うほどの)ものだった。
その裏には、スノーデン、シリアと続いた対露での外交失点を、何としてでも取り返さねばならない米国内でのオバマ政権の立場がある。そして、米国ではロシアをよく知る専門家の数が減少の一途をたどっていることも、今の米国政府の対露政策の質に影響を与えているともいう。「ロシアのG8からの追放」なる発言が、虚勢や無知から出た産物ではないことをケリー国務長官は実証しなければならない。
ヒラリー・クリントン前国務長官が、プーチン大統領の自国民の存在を理由にクリミア奪取に取りかかる手法を、かつてヒトラーがズデーテンに対して行ったそれに準えた(後刻多少の発言修正を行ったが)。ヒトラーへの宥和政策を当時支持したことが、結局は戦争に到る原因を作ったという歴史を、欧米主要メディアの一部は猛省すべき過去として捉えている。
従って、根本的なロシアへの不信感が消えでもしない限り、ミュンヘン会談の愚を繰り返してはならないという欧米メディアの論調は、対露強硬論に偏った形にならざるを得なくなる。そしてこれに、第2次大戦後のスターリンへの譲歩が、結果的に中東欧をソ連の支配下に追いやってしまったという欧米諸国の苦い経験が折り重なる。
ところが、日本ではこうした欧米流の論調が圧倒的な支持を得ているとは必ずしも言えないようだ。日本経済新聞電子版の調査では、「ロシアのクリミア半島制圧をどう思いますか」という問いに対し、隣国への侵略との回答が64.9%、ロシア系住民の保護でありやむを得ない、が35.1%だった。
ロシア嫌いの日本人にしては、随分とロシアの肩を持つ割合が大きい。これはロシアへの信頼というより、欧米の(特に米の)議論になにがしかの「胡散臭さ」を感じた向きが多かったからではなかろうか。
「悪に立ち向かう民主主義国家の連帯」というスローガンだけでは覆い尽くせない、多くの他の要素が絡んできていることに人々が気づき始めているようにも思える。ドイツでも似たような傾向が出始めているらしい。
ヒトラーがズデーテンを奪取した時のチェコスロヴァキア大統領も政府も、法に従う選挙で選ばれていた。では今のウクライナは?
民族主義過激派の無法な動きをなぜ西側諸国とメディアは黙認してきたのか?
彼らが一方的に破棄した2月21日の協定書はどうなってしまうのか?
2008年のグルジア戦争で先に手を出したのが当時のミハイル・サーカシビリ大統領であったことを、後になってEUも公式に認めているが、なぜいまだにロシアの侵略と呼ぶのか、ならばイラク、アフガニスタン、リビアへの米軍の攻撃はどうなるのか・・・。
これらに正面から答えている西側のメディアの論には、まだお目にかかれていない。ほとんどの論が「ロシアとプーチン=稀代の悪者」から出発しているようだ。
だが、西側のメディアとてしょせんは無知や恣意性から完全には逃れられないとしても、それでもロシアはこの情報戦には勝てまい。ロシア語という世界のマイナー言語に依存していることもしかりだが、世論と政策決定とがどれだけ西側では強く影響し合っているかという事実に理解が及んでいないからだ。
メディアを駆使した西側の情報戦に太刀打ちできないロシア
最近NHKの現役ディレクターが『国際メディア情報戦』なる著をものされており、その中で、米国の世論形成に情報のプロ(PR会社)がいかに深く鋭く関わっているのかの実態が描かれている。そのプロのレベルは、およそ今のロシアに追い付けるものではない。
情報戦からは離れてロシアが有効打を放てるとすれば、それは恐らくウクライナの経済問題の分野においてだろう。NATOの東進阻止の可能性があるとすれば、ウクライナ経済の問題に西側がどこまで泥沼に嵌まり、ロシアの助けをどれだけ高く売りつけられるか、に潜んではいまいか。
実際に西側が経済援助を実施する段階となって、ウクライナがどう反応し、それに西側の為政者やメディアがどう応えていくのかを、ロシアは見守ることになる。対露経済制裁で、ウクライナへの援助にロシアの関与が認められなくなるかもしれないが、そこは多分我慢比べの世界になる。
EUは110億ユーロに上る援助パッケージを発表したが、EU自身の身銭は約32億ユーロのみで、後はEBRD(欧州復興開発銀行)やEIB(欧州投資銀行)といった公的金融機関の融資に課題を放り投げている。経済が本調子ではない今のEUにとって、域外のウクライナへ膨大な援助を加盟国の財政から行うことは恐らく不可能だろう。
期待されているIMF(国際通貨基金)とて証文無しに金を貸せるはずもない。融資に当たっての諸条件(Conditionality)が付いて、国内ガス価格引き上げや緊縮財政、通貨フロート制導入(実質的に通貨切り下げ)などが求められるだろう。今のウクライナでそれをまともにやったら、生産低下やインフレは多分避けられまい。
国際金融機関である以上、ウクライナだから、でこうした条件を全く外してしまうわけにはいかない。それをやったら他の借り手が反乱を起こす。ウクライナ経済と国民が短期・中期的にどこまで厳しい時代に耐えられるのかの問題である。
しかし、最も大きな経済での問題は短期・中期の資金繰りではなく、どのような形の経済ならウクライナの成長発展を可能とするものなのかの画が、これまで誰にも描けてはこなかったという点だろう。移行経済への処方箋でIMFが成功してきたとは、ロシアの例でも分かる通り、残念ながら請け合えるものでもない。
ポーランドやチェコが何とか這い上がってきたのは、徹底して自国経済を外資に開放したからであり、そのために自国の商銀部門の過半を外資に支配されたり、基幹産業(例えばチェコのシュコダなど)を外資に売却したりといった犠牲を払っている。
現状では下手をすれば国内資産の大バーゲンにもなりかねない外資導入にしか、移行経済の発展パターンは示されていない。それでも、それを支えたのは、何としてもロシアの影響圏から抜け出したいという中東欧諸国の強い意思だった。
もし売却できるなら、ウクライナのそうした資産は民族主義過激派を生んだ西部の農業地域ではなく、キエフのサービス産業か、工業の中心である東部に偏ってくる。東部が基盤の財閥が、こうした政策を受け入れられるのだろうか。そして、仮に受け入れたとしても、これまで満足のいく設備投資が行われてきたとは限らない彼らの資産に買い手がつくのだろうか。
ウクライナへの経済援助で、欧米はこの問題に正面から向き合わねばならなくなる。ウクライナの実情を知るロシアの助けなしに、その処方箋を整えるのは簡単な話ではないだろう。
ウクライナ問題で最後に笑うのはロシア政府とガス会社
最後に、ロシアからウクライナへのガス供給販売について少し触れておきたい。
両国間の対立や西側の経済制裁に対抗して、「ロシアが“また”政治的意図を以ってウクライナや欧州向けのガスの供給を停止するのでは」と論じられる方が日本にもおられる。その通りなら、ロシアからのガス(LNG)輸入に将来問題が出るのではないか、という不安が日本企業の中に出てきてもおかしくはない。
だが、こうした論の根本的な間違いは「ロシアが自分の意思で思うがままに欧州向けのガスを止める」という前提から説き起こすところにある。過去の諸報道の詳細を調べる限り、この前提が存在したという事実は認められないのだ。
プーチン大統領の登場以来、ウクライナとのガス問題が生じたのは2006年1月と2009年1月の2回で、原因はいずれも新年度の価格の未合意だった。
2006年のケースでは、欧米は一斉に「エネルギー資源を政治的手段に使うロシア」との批判を展開した。だが、その真相が価格問題にあったと後に判明したからだろう、2009年1月での問題は2006年よりはるかに長引いたにもかかわらず、ロシアの政治的意図に対する西側からの批判は大きく減っていた。
ただし、2009年の場合は紛争の途中でガスプロムも対欧輸出分の供給を止めている。理由はウクライナの盗ガスが大々的なものとなり、同国から欧州へ出るガスを止めてしまい国内需要に回したからだった(量が欲しかったからではなく、ウクライナ内のガスパイプラインの内圧維持が必要だったから、との説もある)。
送っても途中で全部他へ持っていかれるなら、最初から送らない――売り手の論理はそうだろう。だが、それでガスが来なくなった欧州諸国はたまったものではない。契約が買手国の国境渡しで決められているなら、そこまできちんと持ってこい、契約とはそういうものであり、ウクライナの盗ガスは不可抗力にはならない――それが買い手の論理である。
EUが統一政策として、ロシアのガスへの依存度引き下げを強めたのは、この2009年のガス紛争が契機となっていた。
ロシアのガスに依存するのも厭だが、ウクライナに通過輸送を担わせるのはもっと不安、がEUの本音だろう。彼らは過去に起こったことの実情を今ではよく掴んでいるから、ガス代金の未払い問題に起因する供給停止を巡って、今回もロシア~ウクライナ間で揉めそうになるなら、EUの専門家が即刻ウクライナに派遣されて、盗ガス阻止の手立てが講じられよう。
そして、ガスプロムは、そうなる前にEUがウクライナの未払い分を代わりに支払ってくれることに大きな期待を抱いている。EUの対ウクライナ経済援助を最も待ち望んでいるのは、実はロシアの政府と企業なのかもしれない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40226
東チモールの独立で欧米は「住民投票の結果を重視する」と言い、セルビアからのコソボ独立も、スーダンからの南スーダン独立も同じ論法で住民投票の結果を支持した。
それでいながら、クリミアのウクライナからの分離独立には反対するというのは論理的矛盾である。住民の意思を尊重するという原則は、結局、列強のご都合主義に振り回されるのだ。
住民の意思を尊重するのならば、新彊ウィグル自治区もチベット自治区も中国から分離独立しなければなるまい。
by宮崎正弘氏
◆EU、ウクライナに1.5兆円の金融支援へ=欧州委員長(ロイター)
2014/3/6 ロイター INVESTMENT information
[ブリュッセル 5日 ロイター] -欧州委員会のバローゾ委員長は5日、欧州連合(EU)がウクライナに対し向こう数年間にわたり110億ユーロ(約1兆5450億円)の金融支援を提供する用意があることを明らかにした。
EUはウクライナのヤツェニュク首相も出席する6日の首脳会議で、同支援について協議する。
支援は、欧州復興開発銀行(EBRD)と欧州投資銀行(EIB)が連携して実施。ウクライナが国際通貨基金(IMF)との合意に調印すること、同国が広範な改革を実施することが支援提供の条件となる。
バローゾ委員長は記者会見で、「向こう数年間で支援は少なくとも合計110億ユーロとなる。EU予算とEUの国際金融機関から拠出される」と述べた。
ウクライナ支援についてEUは10億─20億ユーロ規模の短期支援を打ち出すと予想されていたが、提示した規模はドルに換算すると、ロシアがヤヌコビッチ政権崩壊前に確約した支援規模に匹敵する150億ドル。
バローゾ委員長はEUの支援について「コミットメントを示し、包括的で、改革に向けた意欲を示すウクライナ政府のために策定した支援だ」と述べた。
支援のうち、16億ユーロは直接融資、14億ユーロは無償資金協力。無償資金協力のうち6億ユーロは向こう2年間にかけて供与することが可能。
このほか、EIBが2014─16年に30億ユーロを提供。EBRDは50億ユーロの提供を視野に入れている。また、近隣諸国投資ファシリティ(NIF)の資金も利用する。
EUはまた、ウクライナが前年にEUとの連合協定に調印していれば同国が得られたと試算される貿易面での恩恵も考慮。さらに同国に対するエネルギー供給も検討する。
ウクライナ当局者によると、同国政府は向こう2年間で350億ドルの資金が必要になる。ただ、EU当局者によると短期的な資金需要は約40億ドルと、それほど多額ではない。
前日には米国がウクライナに対する10億ドルの融資保証の提供を提示。同国に専門家を派遣し、経済の諸課題への対応と汚職撲滅の取り組みで中央銀行と財務省に助言するほか、5月25日に予定されるウクライナの選挙が国際的な基準に沿って行われるよう、米国が選挙監視人の訓練を行うことも表明している。
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20140306-00000008-biz_reut-nb
日本、米国はそれぞれ1000億円支援(日本は借款)
◆露天然ガス代1・6兆円、ウクライナに請求へ
2014.3.22 産経ニュース
ロシアはウクライナ南部クリミア半島の編入に伴い、同半島セバストポリ海軍基地の貸与を受ける見返りに天然ガス代金を割り引く両国合意を破棄し、計160億ドル(約1兆6360億円)の返済をウクライナに求める方針を決めた。ロシア紙などが21日報じた。
プーチン大統領が主宰する国家安全保障会議で決定。返済額には既に値引きした110億ドルや滞納分20億ドルなどが含まれる。
ロシアはウクライナへの経済的圧力を強めることで、北大西洋条約機構(NATO)加盟を目指す政策の放棄や、ロシア系住民が多いウクライナ東部への大幅な自治権付与などを求めていくとみられる。(共同)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140322/erp14032210330008-n1.htm
◆「ウクライナはマフィア帝国」
BLOGOS 広瀬隆雄2014年03月01日
下のグラフはトランスパランシー・インターナショナルが公表している腐敗認知指数(Corruption Perceptions Index)と呼ばれるものです。
全部で177カ国の腐敗の度合を示しており、指数が高いほど腐敗が少ないです。世界で最も腐敗の少ない国はデンマークで、指数は91です。そのほかドイツが第12位で指数は78、日本は第18位で指数は74などとなっています。
注目されるのはウクライナで、第144位と世界の最下位に近く位置しています。
アルバータ大学付属ウクライナ研究所のタラス・クズィオによると、ソ連崩壊後、ウクライナでは腐敗がどんどん広がり、これまでに7兆円ものお金が政治家により掠め取られ、キプロスやリヒテンシュタインなどのタックスヘイヴンに持ち出されたそうです。
ウクライナはロシアから欧州への天然ガス・パイプラインの通過国で、これが政治家の不正蓄財の道具になっています。歴史的に旧ソ連は衛星国に安い石油や天然ガスを供給することでモスクワへの求心力を維持してきました。
この慣習がソ連崩壊後も続いており、ウクライナはドイツをはじめとする欧州各国が払っているより安い値段で天然ガスの供給を受けています。
問題はウクライナで抜き取られる天然ガスも、最終仕向け地へ送られる天然ガスも皆、トコロテン式に同じパイプラインで送られる点です。本来、「これはウクライナの分、これはドイツの分」という風に分け隔て出来ないものを、チャンポンにして送っているので、市場実勢価格より安い値段での供給は、ごまかしの温床になるわけです。
このような状況を見てアメリカの外交文書では「ウクライナはマフィア帝国だ」という表現すら使われています。
ウクライナ西部は民族的、言語的に欧州に近く、東部はロシアに近いです。産業やエネルギー資源は東部に集中しています。ウクライナ西部の庶民が欧州連合に加わりたいと願っていても、お財布を握っているのは東部の親ロシア勢力というわけです。
国際通貨基金(IMF)や欧州連合(EU)が、支援を拡大するにあたって「乱れた財政規律を改めるように」と厳しい態度を取ったところで、政治的に二つに割れている国にそれを実行しろというのはムリな話なのです。ヤヌコビッチ前大統領がEUとの連合協定締結を見送ったのは、うるさい注文をつけてくる欧州より自分の蓄財にも欠かせないロシアとの関係を強化するために他なりません。
ウクライナ庶民は「これでロシアとの癒着が継続することは確実だ」と悟り、街頭デモ行進を行ったわけです。
ウクライナの庶民が、刑務所から釈放されたティモシェンコ氏の演説に対しても冷淡だったのは、歴代のウクライナの政治家は皆、同じ穴のムジナだからです。
ロシアはウクライナに対し150億ユーロの支援を約束しており、既に30億ユーロを拠出していますがウクライナ情勢混乱後は残りの支援を中断しています。
IMFとEUはギリシャ危機以降、PIIGS諸国に厳しい財政規律を要求してきた経緯から、ウクライナに対して「なりふりかまわず」支援することには躊躇しています。
これらのことからウクライナがこのまま年末までに来る170億ドルの債務返済ができずデフォルトしてしまうリスクは非常に高いのです。
なお冒頭のグラフに戻ると、ベネズエラやトルコなど最近デモ行進が起こった国々も腐敗が酷いことがわかります。つまりこれらの国々で相次いで庶民の不満が爆発しているのは、決して偶然ではないのです。
http://blogos.com/article/81388/
チャールズ・クラウトハマーが、《一つ確かに言えるのは、ウクライナに侵略をケイタリングしたのは米国だ》と手厳しくオバマ政権を非難しています。
台湾国会占拠事件で隠されている事実は、〈オバマの不在〉だということです。そうです。何しろ3月21日から、オバマ夫人も北京で習近平と一緒に仲良くオバマ家一族の対支那ビジネスの、つまり利権の話もしていたのです。
もう一つ言えるのは、こちらの方が大事ですが、河野談話も南京話も米国がしつこくするのも、それと関係があり、台湾の国会を占拠した学生たちは、じつは河野洋平の国会喚問や談話撤回、そして米国の慰安婦像撤去の署名をした僕たちと同じ位相にいるということです。
by西村 幸祐氏