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「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」

2013-09-22 | 日記
「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」(三菱樹脂事件最高裁大法廷昭和48年12月12日判決)とは,具体的にどういった場合ですか?

 三菱樹脂事件最高裁大法廷判決は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」を以下のように言い換えて説明しています。
 「換言すれば,企業者が,採用決定後における調査の結果により,または試用中の勤務状態等により,当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において,そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが,上記解約権留保の趣旨,目的に徴して,客観的に相当であると認められる場合には,さきに留保した解約権を行使することができるが,その程度に至らない場合には,これを行使することはできないと解すべきである。」

 緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否解雇)は,「当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否(解雇)に限られます。
 採用当初から知り得た事実を理由とする解雇は,解約権留保の趣旨,目的の範囲外ですので,留保された解約権の行使としては認められません。
 したがって,採用面接時に知り得た事実を理由とする本採用拒否(解雇)は緩やかな基準では判断されず,通常の解雇の基準で判断されることになります。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
弁護士 藤田 進太郎

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試用期間中の社員なのに本採用拒否(解雇)を争う。

2013-09-22 | 日記
試用期間中の社員なのに本採用拒否(解雇)を争う。

(1) 試用期間とは
 試用期間には法律上の定義がなく,様々な意味に用いられますが,一般的には,正社員として採用された者の人間性や能力等を調査評価し,正社員としての適格性を判断するための期間をいいます。

(2) 試用期間の法的性格
 試用期間には様々なものがあり,その法的性格は一様ではありません。
三菱樹脂事件最高裁大法廷昭和48年12月12日判決(労判189号16頁)は,「試用契約の性質をどう判断するかについては,就業規則の規定の文言のみならず,当該企業内において試用契約の下に雇用された者に対する処遇の実情,とくに本採用との関係における取扱についての事実上の慣行のいかんをも重視すべきものである」と判示していますので,試用期間の法的性格については,「試用契約の下に雇用された者に対する処遇の実情,とくに本採用との関係における取扱についての事実上の慣行のいかん」等を重視して個別に判断していくことになります。
 同事件原判決が「上告人の就業規則である見習試用取扱規則の各規定のほか,上告人において,大学卒業の新規採用者を試用期間終了後に本採用しなかった事例はかつてなく,雇入れについて別段契約書の作成をすることもなく,ただ,本採用にあたり当人の氏名,職名,配属部署を記載した辞令を交付するにとどめていたこと等の過去における慣行的実態に関して適法に確定した事実に基づいて,」「右雇用契約を解約権留保付の雇用契約と認め,右の本採用拒否は雇入れ後における解雇にあたる」と判断したことを同最高裁判決は「是認し得ないものではない。」とした上で,「被上告人に対する本採用の拒否は留保解約権の行使,すなわち雇入れ後における解雇にあたり,これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。」と判断していますので,三菱樹脂事件と同様の事案における試用期間においては,解約権留保付の雇用契約が既に成立しており,本採用拒否は留保解約権の行使(解雇)と考えるべきことになります。
 一概には言えませんが,多くの企業における試用期間は解約権留保付の雇用契約が既に成立しており,本採用拒否は留保解約権の行使(解雇)に当たると考えられるものと思われます。

(3) 本採用拒否(解雇)の有効性の判断基準
 試用期間中の社員の本採用拒否は,本採用後の解雇と比べて,使用者が持つ裁量の範囲は広いと考えられており,三菱樹脂事件最高裁大法廷昭和48年12月12日判決も,試用期間における留保解約権に基づく解雇(本採用拒否)は,通常の解雇と全く同一に論じることはできず,通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものと判示しています。
 しかし,同最高裁判決は,他方で,試用者の本採用拒否は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」とも判示しており,客観的に合理的な理由がなければ本採用拒否ができないことは通常の解雇と変わりはありませんので,本採用拒否されてもやむを得ない事情を証拠により立証できなければ本採用拒否(解雇)することはできないことに変わりありません。
 
(4) 「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」
 三菱樹脂事件最高裁大法廷判決は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」を以下のように言い換えて説明しています。
 「換言すれば,企業者が,採用決定後における調査の結果により,または試用中の勤務状態等により,当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において,そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが,上記解約権留保の趣旨,目的に徴して,客観的に相当であると認められる場合には,さきに留保した解約権を行使することができるが,その程度に至らない場合には,これを行使することはできないと解すべきである。」
 緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否(解雇)は,「当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否(解雇)に限られます。
 採用当初から知り得た事実を理由とする解雇は,解約権留保の趣旨,目的の範囲外ですので,留保された解約権の行使としては認められません。
 したがって,採用面接時に知り得た事実を理由とする本採用拒否(解雇)は緩やかな基準では判断されず,通常の解雇の基準で判断されることになります。

(5) 本採用拒否(解雇)の難易度  
 長期雇用を予定した新卒社員については,採用後に教育していくことが予定されていますので,余程のことがない限り,能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)は難しい傾向にあります。
 高い能力があることを前提に高給で中途採用された社員や,地位が特定され高給で中途採用された社員の場合は,比較的本採用拒否(解雇)が有効となりやすい傾向にあります。 
 中途採用者あっても,高い能力があることを前提としておらず,地位を特定されて採用されたわけでもなく,賃金が高額なわけでもないような場合は,能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)は必ずしも容易ではありません。

(6) 試用期間満了前の本採用拒否(解雇)
 試用期間満了前であっても,社員として不適格であることが判明し,解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合であれば,本採用拒否(解雇)することができます。
 試用期間中に社員として不適格と判断された社員が,試用期間満了時までに社員としての適格性を有するようになることは稀ですから,使用者としては早々に見切りをつけたいところかもしれません。
 しかし,試用期間満了前に本採用拒否(解雇)することを正当化するだけの客観的に合理的な理由を立証することができるかどうかについての判断が甘いケースが目立ちますので,客観的合理性の有無については,証拠に照らして慎重に判断する必要がありますし,本採用拒否(解雇)を試用期間満了前に行うことが社会通念上相当として是認されるかどうかについてもよく検討する必要があります。
 また,試用期間中の社員の中には,少なくとも試用期間中は雇用を継続してもらえると期待している者も多く,試用期間満了前の本採用拒否(解雇)には紛争を誘発しやすいという事実上の問題もあります。
 したがって,試用期間満了前の本採用拒否(解雇)は慎重に行うべきであり,十分に話し合って退職届を提出してもらえるよう努力するか,試用期間満了日での本採用拒否(解雇)とすることをお勧めします。

(7) 解雇予告制度(労基法20条)
 解雇予告制度(労基法20条)の適用がないのは,就労開始から14日目までであり,14日を超えて就労した場合は,試用期間中であっても,解雇予告又は解雇予告手当の支払が必要となります(労基法21条但書)。
 試用期間の残存期間が30日を切ってから本採用拒否(解雇)を通知する場合は,所定の解雇予告手当を支払う等する必要があります。
 試用期間満了ぎりぎりで本採用拒否(解雇)し,解雇予告手当も支払わないでいると,解雇の効力が生じるのはその30日後になってしまうため,試用期間中の解雇(本採用拒否)ではなく,試用期間経過後の通常の解雇と評価されるリスクが生じます。

(8) 有期契約労働者の試用期間
 有期労働契約の中途解除を規定した民法628条は「やむを得ない事由」があるときに契約期間中の解除を認めていますが,労契法17条1項は,使用者は,有期労働契約について,やむを得ない事由がある場合でなければ,使用者は契約期間満了までの間に労働者を解雇できない旨規定しています。
 労契法17条1項は強行法規ですから,有期労働契約の当事者が民法628条の「やむを得ない事由」がない場合であっても契約期間満了までの間に労働者を解雇できる旨合意したり,就業規則に規定して周知させたとしても,同条項に違反するため無効となり,使用者は民法628条の「やむを得ない事由」がなければ契約期間中に解雇することができません。
 このため,例えば,契約期間1年の有期労働契約者について3か月の試用期間を設けた場合,試用期間中であっても「やむを得ない事由」がなければ本採用拒否(解雇)できないものと考えられます。
 3か月の試用期間を設けることにより,「やむを得ない事由」の解釈がやや緩やかになる可能性はないわけではありませんが,大幅に緩やかに解釈してもらうことは期待できないものと思われます。
 したがって,有期契約労働者についても試用期間を設けることはできるものの,その法的効果は極めて限定されると考えるべきことになります。
 では,どうすればいいのかという話になりますが,有期契約労働者には試用期間を設けず,例えば,最初の契約期間を3か月に設定するなどして対処すれば足ります。
 このようなシンプルな対応ができるにもかかわらず,有期契約労働者にまで試用期間を設けるのは,あまりセンスのいいやり方とは言えないのではないでしょうか。
 正社員とは明確に区別された雇用管理を行うという観点からも,有期契約労働者にまで試用期間を設けることはお勧めしません。

(9) 本採用拒否(解雇)でトラブルにならないようにするための準備
 試用期間における本採用拒否(解雇)は必ずしも容易ではなく,緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否(解雇)は,「当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否(解雇)に限られることを念頭に置いて慎重に選考採用を行うことが重要です。
 とりあえず採用してみて,駄目だったら試用期間中に本採用拒否(解雇)すればいいといった発想では,トラブルはなくなりません。
 採用が決まったら,本採用されるために必要な能力等を書面で明示しておくことが望ましいところです。
 就労開始から14日目までなら自由に解雇できると思い込んでいる方もいますが,就労開始から14日以内の試用期間中の者に解雇予告制度の適用がないこと(労基法21条)を誤解したのではないかと思います。
 むしろ,勤務開始間もない時期の本採用拒否(解雇)は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」であることを証明するに足りるだけの証拠が不十分なことが多いため,解雇権を濫用したものとして無効となる可能性が高いというのが実情です。
 訴訟や労働審判本採用拒否解雇)の効力を争われた場合には,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」であるといえるだけの事実を証明するための客観的証拠の有無が問題となります。
 抽象的に勤務態度が悪いとか,能力が低いとか言ってみたところで,あまり意味がありません。
 具体的に,何月何日に,どこで,誰が,どのように,何をしたのかといった事実を客観的証拠により認定できるようにしておく必要があります。
 例えば,試用期間中の社員は,毎日,日報に反省点等を記載させることとし,指導担当者がコメントする等といった方法も考えられます。
 本採用拒否に十分な理由がある場合であっても,まずは自主退職を促し,拒否された場合に本採用拒否(解雇)を行うことをお勧めします。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
弁護士 藤田 進太郎

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退職勧奨したところ解雇してくれと言い出す。

2013-09-22 | 日記
退職勧奨したところ解雇してくれと言い出す。

(1) 対処方法
 最近では,経営者を挑発して解雇させ,多額の金銭を獲得してから転職しようと考える社員が増えています。
 退職勧奨した社員から解雇してくれと言われたからといって,安易に解雇すべきではありません。
 後日,解雇が無効であることを前提として,多額の賃金請求を受けるリスクがあります。
 解雇するようしきりに催促し,解雇理由証明書を交付するよう要求してきたら要注意です。
 当該社員が退職することに同意しているのであれば,解雇するのではなく,退職届を提出させるか,合意退職書に署名押印させて下さい。

(2) 退職勧奨と失業手当
 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。」(雇用保険法施行規則36条9号)は,「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),退職勧奨による退職は会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,失業手当の待機期間や給付制限に関し労働者が不利益を受けることにはなりません。
 つまり,失業手当の受給条件を良くするために解雇する必要はないのです。
 退職届を出してしまうと,失業手当の受給条件が不利になると誤解されている場合には,丁寧に説明し,誤解を解くよう努力して下さい。
 助成金との関係でも,会社都合の解雇をしたのと同様の取り扱いとなることには注意が必要です。

(3) 解雇予告手当の請求
 即時解雇した場合,解雇予告手当の請求を受けることがありますが,解雇予告手当は平均賃金の30日分を支払えば足りるので(労基法20条1項),その金額はたかが知れています。
 また,解雇予告手当の請求は,解雇の効力を争わないことを前提とした請求なので,解雇予告手当の請求を受けた場合は,むしろ運がよかったと考えられます。

(4) 解雇無効を前提とした賃金請求
 解雇の無効を前提として,解雇日以降の賃金請求がなされた場合に会社が負担する可能性がある金額は,高額になることがあります。
 単純化して説明すると,月給30万の社員を解雇したところ,解雇の効力が争われ,2年後に判決で解雇が無効と判断された場合は,既発生の未払賃金元本だけで,30万円×24か月=720万円の支払義務を負うことになります。
 解雇が無効と判断された場合,実際には全く仕事をしていない社員に対し,毎月の賃金を支払わなければならないことを理解しておく必要があります。

(5) 無断録音
 退職勧奨,解雇のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。
 退職勧奨,解雇を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにして下さい。
 退職勧奨は,やり過ぎると不法行為になることがありますが,自分の発言が無断録音されて上司や社長や裁判官や弁護士に聞かれても差し支えないと考えられる言動であれば,不法行為が成立するようなことは滅多にありません。

(6) 解雇が無効と判断されるリスクが高い場合の対処
 解雇してくれと言われて解雇したところ,解雇の効力が争われ,解雇が無効と判断されるリスクが高いような場合は,解雇を撤回し,就労を命じる必要がある場合もあります。
 この場合,解雇日の翌日から解雇撤回後に就労を命じた初日の前日までの解雇期間に対する賃金の支払義務を負うことになりますが,出社を命じた初日以降については出社しない限り賃金支払義務を負わないのが原則です。
 解雇を撤回して就労を命じた場合,実際に戻ってくるのは4人~5人に1人程度という印象です。
 解雇期間中の賃金請求をする目的で形式的に復職を求める体裁を取り繕う社員が多いですが,要望どおり解雇を撤回して就労命令を出してみると,いろいろ理由を付けて,実際には復職して来ないことが多いというのが実情です。
 労働組合の支援があるような場合でない限り,復職は難しいケースが多いのではないかと思います。

(7) ありのままの解雇理由を伝えることの重要性
 勤務態度が悪い社員,能力が著しく低い社員を退職勧奨したところ,解雇して欲しいと言われ,本当の理由を告げて解雇すると本人が傷つくからといった理由で,解雇理由を「事業の縮小その他やむを得ない事由」等による会社都合の解雇(整理解雇)とする事案が散見されます。
 このような事案で解雇の効力が争われた場合,整理解雇の有効要件を満たさないのが通常であり,ほぼ間違いなく整理解雇は無効と判断されることになります。
 解雇が避けられないような場合は,ありのままの解雇理由を伝えるようにして下さい。
 無用の気遣いをして,ありのままの解雇理由を伝えられないと,裏目の結果となることが多くなります。

(8) 解雇が無効と判断された場合に,解雇期間中の賃金として使用者が負担しなければならない金額
 解雇が無効と判断された場合に,解雇期間中の賃金として使用者が負担しなければならない金額は,当該社員が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額です。
 解雇当時の基本給等を基礎に算定されますが,各種手当,賞与を含めるか,解雇期間中の中間収入を控除するか,所得税等を控除するか等が問題となります。
 通勤手当が実費保障的な性質を有する場合は,通勤手当について負担する必要はありません。
 残業代は,時間外・休日・深夜に勤務して初めて発生するものであることから,通常は負担する必要がありません。
 ただし,一定の残業代が確実に支給されたと考えられる場合には,残業代についても支払を命じられる可能性があります。
 賞与の支給金額が確定できない場合は,解雇が無効と判断されても,支払を命じられませんが,支給金額が確定できる場合は,賞与についても支払が命じられることがあります。
 解雇された社員に解雇期間中の中間収入(他の事業上で働いて得た収入)がある場合は,その収入があったのと同時期の解雇期間中の賃金のうち,同時期の平均賃金の6割(労基法26条)を超える部分についてのみ控除の対象となります(米軍山田部隊事件最高裁第二小法廷昭和37年7月20日判決,あけぼのタクシー事件最高裁第一小法廷昭和62年4月2日判決)。
 中間収入の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(賞与等)の全額を対象として利益額を控除することが許されます(あけぼのタクシー事件最高裁第一小法廷昭和62年4月2日判決,いずみ福祉会事件最高裁第三小法廷平成18年3月28日判決)。
 賃金から源泉徴収すべき所得税,控除すべき社会保険料については,これらを控除する前の賃金額の支払が命じられ,実際の賃金支払の際,所得税等を控除することになります。
 仮処分で賃金相当額の仮払が命じられ,仮払をしていたとしても,判決では仮払金を差し引いてもらえません。
 賃金の支払を命じる判決が確定した場合は,労働者代理人と連絡を取って,既払の仮払金の充当について調整する必要があります。
 他方,賃金請求が認められなかった場合は,仮払金の返還を求めることになりますが,労働者が無資力となっていて,回収が困難なケースもあります。

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弁護士 藤田 進太郎

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退職届を提出したのに退職を撤回する。

2013-09-22 | 日記
退職届を提出したのに退職を撤回する。

(1) 退職の撤回
 退職届の提出は,通常は合意退職の申込みと評価することができます。
 合意は申込みに対する相手方の承諾により成立しますので,社員の退職に関する決裁権限のある人事部長や経営者が承諾の意思表示をするまでは,信義則に反するような特段の事情がない限り,退職届を提出した社員は退職を撤回することができることになります。
 退職を早期に確定したい場合は,退職届を提出した社員に対し,退職を承諾する旨の意思表示を早期に行う必要があります。
 退職を認める旨の決済が内部的になされただけで,退職届を提出した社員に通知していない場合には,承諾の意思表示がなされておらず,合意退職が成立していませんので,退職届の提出を撤回されてしまう可能性があります。

(2) 心裡留保・錯誤・強迫
 退職届を提出した社員から,心裡留保(民法93条),錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等が主張されることもありますが,なかなか認められません。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条)により,退職は無効となります。
 錯誤,強迫が認められる典型的事例は,「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。ただ,退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースです。
 現実に懲戒解雇できる事案でないのであれば,懲戒解雇の威嚇の下,自主退職に追い込んだと評価されないようにする必要があります。
 解雇できるような事案でない限り,退職勧奨を行うにあたって「解雇」という言葉は使わないことをお勧めします。

(3) 慰謝料請求
 退職自体は有効であっても,退職勧奨が不当労働行為に該当する場合,不当な差別に当たる場合,説得のための手段,方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱するような場合には違法と評価され,不法行為が成立して,慰謝料の支払を命じられることがあります。
 退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録やその反訳文が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。
 退職勧奨を行う場合は,無断録音されていても不都合がないよう気をつけて下さい。

(4) 退職届を提出させることの重要性
 退職届等の客観的証拠がないと,口頭での合意退職が成立したと会社が主張しても認められず,解雇したと認定されたり,合意退職も成立しておらず解雇もされていないから労働契約は存続していると認定されたりすることがあります。
 退職の申出があった場合は口頭で退職を承諾するだけでなく,退職届を提出させて退職の申出があったことの証拠を残しておく必要があります。
 印鑑を持ち合わせていない場合は,差し当たり,署名したものを提出させ,押印は,後から印鑑を持参させて面前でさせれば足ります。

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弁護士 藤田 進太郎

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精神疾患の発症を長時間労働や上司のパワハラ・セクハラのせいにする。

2013-09-22 | 日記
精神疾患の発症を長時間労働や上司のパワハラ・セクハラのせいにする。

(1) 長時間労働や上司のパワハラ・セクハラが原因として精神疾患を発症した場合の効果
 長時間労働や上司のパワハラ・セクハラが原因となって労働者が精神疾患を発症した場合,当該精神疾患の発症は労災となります。
 精神疾患の発症が労災の場合,療養するため休業する期間及びその後30日間は原則として解雇することができず(労基法19条1項),休職期間満了による退職の効果も発生しません(同条項類推)。
 欠勤が続いている社員を解雇しようとしたり,休職期間満了で退職扱いにしたりしようとした際,精神疾患の発症は労災なのだから解雇等は無効だと主張されることがあります。
 精神疾患の発症が労災として認められた場合,業務と疾病等との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が認められたことになります。
 業務と精神疾患の発症との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があるにもかかわらず,民事損害賠償請求における相当因果関係,結果の予見可能性・回避可能性がない事例や,使用者が結果を回避しないことが違法と評価できないような事例は,それほど多くはありません。
 したがって,業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合は,使用者は民事損害賠償請求においても,安全配慮義務違反や使用者責任を問われて損害賠償義務を負う可能性が高いものと思われます。
 労災保険給付がなされた場合,使用者は,同一の事由については,その価額の限度において民法の損害賠償の責を免れることになりますが(労基法84条2項類推),労災保険給付は,慰謝料は対象としておらず,休業損害や逸失利益の全額を補償するものではないため,労災保険給付がなされている場合であっても,使用者は,労働者から,慰謝料,休業損害や逸失利益で補償されなかった金額について,損害賠償義務を負担する可能性があります。

(2) 「心理的負荷による精神障害の認定基準(平成23年12月26日基発1226第1号)」(認定基準)
 認定基準は,心理的負荷による精神障害の労災請求事案について,行政機関が業務上外の判断に用いる内部基準に過ぎず,裁判所を拘束するものではないし,労災認定における相当因果関係や安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係と同じものではありません。
 しかし,認定基準は,最新の臨床経験上の知見を踏まえて作成されたものであり,労災認定における相当因果関係や安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係の判断に当たり,認定基準を参考にすることには合理性があると考える裁判官もいます。
 企業が精神疾患の発症が労災かどうかを判断するにあたり認定基準を参考にすることはできますが,その判断は必ずしも容易ではなく,労基署や裁判所の判断が出ないと労災かどうか判断できないこともあります。

(3) 長時間労働と損害賠償責任
 電通事件最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決は,「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。」としており,長時間労働により疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した場合において労働者の心身の健康を損なうことを通常損害と捉えていると考えられます。
 とすると,長時間労働により疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した事実が認められれば,通常は労働者の心身の健康を損なうことの一態様であるうつ病等の精神疾患発症との間に相当因果関係が認められることになる可能性が高いものと思われます。
 認定基準では,長時間労働との関係では,
 ① 発病日直前の1か月におおむね160時間を超えるような,またはこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働(週40時間を超える労働時間数)を行った場合(休憩時間は少ないが手待ち時間が多い場合等,労働密度が特に低い場合を除く。)
 ② 発病直前の連続した2か月間に,1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合
 ③ 発病直前の連続した3か月間に,1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合
 ④ 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって,出来事の後に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合
 ⑤ 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって,出来事の前に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められ,出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っている場合,又は,出来事後すぐに発病には至っていないが事後対応に多大な労力を費しその後発病した場合
 ⑥ 具体的出来事の心理的負荷の強度が,労働時間を加味せずに「弱」程度と評価される場合であって,出来事の前及び後にそれぞれ恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。

(4) セクハラと損害賠償責任
 男女雇用機会均等法11条は,第1項において,「事業主は,職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け,又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と定め,第2項において,「厚生労働大臣は,前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して,その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。」と定めています。
 第2項を受けて定められた指針が,「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)」(セクハラ指針)です。
 セクハラ指針は,行政指導の根拠規定であって,直ちに安全配慮義務違反の有無を判断する際の基準となるわけではありませんが,使用者にはセクハラ指針が定める措置を講じる義務がありますし,その内容にも合理性が認められますので,安全配慮義務違反の有無を判断する際にも参考にされるものと考えられます。
 認定基準では,セクハラとの関係では,
 ① 強姦や,本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた場合
 ② 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって,継続して行われた場合
 ③ 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって,行為は継続していないが,会社に相談しても適切な対応がなく,改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合
 ④ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって,発言の中に人格を否定するようなものを含み,かつ継続してなされた場合
 ⑤ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって,性的な発言が継続してなされ,かつ会社がセクシュアルハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく,改善がなされなかった場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。
 認定基準では,「② いじめやセクシュアルハラスメントのように,出来事が繰り返されるものについては,発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも,発病前6か月以内の期間にも継続しているときは,開始時からのすべての行為を評価の対象とすること。」とされています。
 認定基準では,以下のような留意事項が定められています。
 ① セクシュアルハラスメントを受けた者(以下「被害者」という。)は,勤務を継続したいとか,セクシュアルハラスメントを行った者(以下「行為者」という。)からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから,やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや,行為者の誘いを受け入れることがあるが,これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならないこと。
 ② 被害者は,被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことがあるが,この事実が心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
 ③ 被害者は,医療機関でもセクシュアルハラスメントを受けたということをすぐに話せないこともあるが,初診時にセクシュアルハラスメントの事実を申し立てていないことが心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
 ④ 行為者が上司であり被害者が部下である場合,行為者が正規職員であり被害者が非正規労働者である場合等,行為者が雇用関係上被害者に対して優越的な立場にある事実は心理的負荷を強める要素となり得ること。

(5) パワハラと損害賠償責任
 違法なパワハラに該当するかどうかは,行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうかにより判断されます。
 ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件東京地裁平成24年3月9日判決(労判1050号68頁)は,「パワーハラスメントを行った者とされた者の人間関係,当該行為の動機・目的,時間・場所,態様等を総合考慮の上,『企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が,職務を遂行する過程において,部下に対して,職務上の地位・権限を逸脱・濫用し,社会通念に照らし客観的な見地からみて,通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為』をしたと評価される場合に限り,被害者の人格権を侵害するものとして民法709条所定の不法行為を構成するものと解するのが相当である。」としています。
 海上自衛隊事件福岡高裁平成20年8月25日判決(労経速2017号3頁)は,「一般に,人に疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した場合には,心身の健康を損なう危険があると考えられるから,他人に心理的負荷を過度に蓄積させるような行為は,原則として違法であるというべきであり,国家公務員が,職務上,そのような行為を行った場合には,原則として国家賠償法上違法であり,例外的に,その行為が合理的理由に基づいて,一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には,正当な職務行為として,違法性が阻却される場合があるものというべきである。」としています。
 認定基準では,パワハラとの関係では,以下のようなものについて,客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。
 ① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた
 ② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた
 ③ 治療を要する程度の暴行を受けた
 ④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑥ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑦ 業務に関連し,重大な違法行為(人の生命に関わる違法行為,発覚した場合に会社の信用を著しく傷つける違法行為)を命じられた
 ⑧ 業務に関連し,反対したにもかかわらず,違法行為を執拗に命じられ,やむなくそれに従った
 ⑨ 業務に関連し,重大な違法行為を命じられ,何度もそれに従った
 ⑩ 業務に関連し,強要された違法行為が発覚し,事後対応に多大な労力を費やした(重いペナルティを課された等を含む)
 ⑪ 客観的に,相当な努力があっても達成困難なノルマが課され,達成できない場合には重いペナルティがあると予告された
 ⑫ 退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず,執拗に退職を求められた
 ⑬ 恐怖感を抱かせる方法を用いて退職勧奨された
 ⑭ 突然解雇の通告を受け,何ら理由が説明されることなく,説明を求めても応じられず,撤回されることもなかった
 ⑮ 非正規社員であるとの理由等により仕事上の差別,不利益取扱いを受け,仕事上の差別,不利益取扱いの程度が著しく大きく,人格を否定するようなものであって,かつこれが継続した

弁護士法人四谷麹町法律事務所
弁護士 藤田 進太郎

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精神疾患を発症して欠勤や休職を繰り返す。

2013-09-22 | 日記
精神疾患を発症して欠勤や休職を繰り返す。

(1) 精神疾患発症が疑われる社員の基本的対応
 まずは,業務により精神疾患が悪化することがないよう配慮する必要があります。
 会社は社員に対し安全配慮義務を負っているのですから,社員が精神疾患を発症していることが疑われるのであれば,それを前提とした配慮が必要であり,本人が就労を希望していたとしても,漫然と放置してはいけません。
 精神疾患を発症していることを知りながらそのまま勤務を継続させた結果,症状を悪化させた場合は,本人にとって不幸な結果であることに疑いはありませんし,会社も安全配慮義務違反を問われて損害賠償義務を負うことになりかねません。
 所定労働時間内の通常業務であれば問題なく行える程度の症状である場合は,時間外労働や出張等,負担の重い業務を免除する等して対処すれば足ります。
 長期間にわたって所定労働時間の勤務さえできない場合は,原則として,私傷病に関する休職制度がある場合は休職を検討し,私傷病に関する休職制度がない場合は普通解雇を検討することになります。
 私傷病に関する休職制度は普通解雇を猶予する趣旨の制度であり,必ずしも就業規則に規定しなければならない制度ではありません。
 休職制度を設けずに,私傷病を発症して働けなくなった社員にはいったん退職してもらい,私傷病が治癒したら再就職を認めるといった制度設計も考えられます。

(2) 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず精神疾患の発症を否定する社員の対応
 精神疾患の発症が強く疑われる社員が出社してきたものの,労働契約の債務の本旨に従った労務提供ができない場合は,就労を拒絶して帰宅させ,欠勤扱いにすれば足ります。
 労働契約の債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかは,職種や業務内容を特定して労働契約が締結された場合は当該職種等についてのみ検討すれば足りるケースが多いですが,職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合は,現に就業を命じた業務について労務の提供が十分にできないとしても,当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ,かつ,本人がその労務の提供を申し出ているのであれば,債務の本旨に従った履行の提供があると評価されるため(片山組事件最高裁第一小法廷平成10年4月9日判決),他の業務についても検討する必要があります。
 労働契約の債務の本旨に従った労務提供があるかどうかを判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にして下さい。
 本人が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。
 主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認する必要があります。
 精神疾患の発症が疑われるため,会社が医師を指定して受診を命じたところ,本人が指定医への受診を拒絶した場合は,労働契約の債務の本旨に従った労務提供がないものとして労務の提供を拒絶し,欠勤扱いとすることができることもあります。
 専門医の受診を拒絶する社員については,精神疾患等の私傷病を発症していないにもかかわらず労働契約の債務の本旨に従った労務を提供することができていないとすれば,普通解雇事由に該当するので普通解雇を検討せざるを得ない旨伝えた上で,専門医による診断を促すのが適切なこともあります。
 精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患の発症や休職事由の存在を否定している場合には,休職事由の存在を立証できるだけの診断書等の証拠をそろえてから休職命令を出すことになります。
 精神疾患が治癒しないまま休職期間が満了すると退職という重大な法的効果が発生することになるので,休職命令発令時に,何年の何月何日までに精神疾患が治癒せず,労務提供ができなければ退職扱いとなるのか通知するとともに,休職期間満了前の時期にも,再度,休職期間満了時期や精神疾患が治癒しないまま休職期間が満了すれば退職扱いとなる旨通知すべきでしょう。

(3) 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合の対応
 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合は,休職申請書を提出させてから,休職命令を出すことをお勧めします。
 休職申請書を提出させてから休職命令を出すことにより,休職命令の有効性が争われるリスクが低くなります。
 「合意」により休職させる場合は,休職期間(どれだけの期間が経過すれば退職扱いになるのか。)についても合意しておいて下さい。
 通常,就業規則に規定されている休職期間は,休職命令による休職に関する規定であり,合意休職に関する規定ではないため,合意により休職させた場合,何年の何月何日に休職期間が満了するのか争いになることがあります。
 原則どおり,本人から休職申請書を提出させた上で,休職「命令」を出すのが簡明だと思います。
 精神疾患が治癒しないまま休職期間が満了すると退職という重大な法的効果が発生することになりますので,休職命令発令時に,何年の何月何日までに精神疾患が治癒せず,労務提供ができなければ退職扱いとなるのか通知するとともに,休職期間満了前の時期にも,再度,休職期間満了時期や精神疾患が治癒しないまま休職期間が満了すれば退職扱いとなる旨通知することをお勧めします。

(4) 精神障害を発症して出社と欠勤を繰り返す社員の対応
 精神障害を発症した社員が出社と欠勤を繰り返したような場合であっても休職させることができるようにしておいて下さい。
 例えば,一定期間の欠勤を休職の要件としつつ,「欠勤の中断期間が30日未満の場合は,前後の欠勤期間を通算し,連続しているものとみなす。」等の通算規定を置いたり,「精神の疾患により,労務の提供が困難なとき。」等を休職事由として,一定期間の欠勤を休職の要件から外し,再度,長期間の欠勤が必要とするような規定にはしないで下さい。
 欠勤を繰り返されても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,欠勤日を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。
 私傷病に関する休職制度があるにもかかわらず,精神疾患を発症したため労働契約の債務の本旨に従った労務提供ができないことを理由としていきなり普通解雇するのは,休職させても回復の見込みが客観的に乏しいといった内容の専門医の診断又は意見があるような場合でない限り,解雇権を濫用したものとして解雇が無効と判断されるリスクが高いものと思われます(労契法16条)。

(5) 休職と復職を繰り返す社員の対応
 休職と復職を繰り返されても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,休職期間を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。
 復職後間もない時期(復職後6か月以内等)に休職した場合には,休職期間を通算する(休職期間を残存期間とする)等の規定を置くべきでしょう。
 そのような規定がない場合は,普通解雇を検討せざるを得ませんが,有効性が争われるリスクが高いところです。

(6) 復職の可否の判断基準
 復職の可否は,休職期間満了時までに治癒したか(休職事由が消滅したか)否かにより判断されるのが原則です。
 職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合は,現に就業を命じた業務について労務の提供が十分にできないとしても,当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ,かつ,本人がその労務の提供を申し出ているのであれば,債務の本旨に従った履行の提供があると評価されるため(片山組事件最高裁第一小法廷平成10年4月9日判決),他の業務についても労働契約の債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかについても検討する必要があります。
 休職期間満了時までに精神疾患が治癒せず,休職期間満了時には不完全な労務提供しかできなかったとしても,直ちに退職扱いにすることができないとする裁判例もありますので,注意が必要です。
 例えば,エール・フランス事件東京地裁昭和59年1月27日判決は,「傷病が治癒していないことをもって復職を容認しえない旨を主張する場合にあっては,単に傷病が完治していないこと,あるいは従前の職務を従前どおりに行えないことを主張立証すれば足りるのではなく,治癒の程度が不完全なために労務の提供が不完全であり,かつ,その程度が,今後の完治の見込みや,復職が予定される職場の諸般の事情等を考慮して,解雇を正当視しうるほどのものであることまでをも主張立証することを要するものと思料する。」と判示しています。
 休職期間満了時までに精神疾患が治癒せず,休職期間満了時には不完全な労務提供しかできなかったとしても,直ちに退職扱いにすることができないとしたのでは,休職期間を明確に定めた意味がなくなってしまい,使用者の予測可能性・法的安定性が害され妥当ではありませんが,反対の立場を取るにせよ,このような裁判例が存在することを理解した上で対応を検討していく必要があります。
 復職の可否を判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にする必要があります。
 本人が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。
 主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認して下さい。
 主治医の診断に疑問がある場合に,会社が医師を指定して受診を命じたところ,本人が指定医への受診を拒絶した場合は,休職期間満了時までに治癒していない(休職事由が消滅していない)ものとして取り扱って復職を認めず,退職扱いとすることができることもあります。
 休職命令の発令,休職期間の延長等に関し,同じような立場にある社員の扱いを異にした場合,紛争になりやすく,敗訴リスクも高まりますので,休職制度の運用は公平・平等に行うよう心がけて下さい。

(7) 精神疾患の発症と労災
 精神疾患の発症の原因が,長時間労働,セクハラ,パワハラによるものだから労災だとの主張がなされることがあります。
 精神疾患の発症が労災か私傷病かは,行政レベルでは『心理的負荷による精神障害の認定基準』(基発1226第1号平成23年12月26日)により判断されます。
 企業が精神疾患の発症が労災かどうかを判断するにあたり認定基準を参考にすることはできますが,その判断は必ずしも容易ではなく,労基署や裁判所の判断が出ないと労災かどうか判断できないこともあると思われます。
 精神疾患の発症が労災の場合,療養するため休業する期間及びその後30日間は原則として解雇することができず(労基法19条1項),休職期間満了による退職の効果も発生しません(同条項類推)。
 欠勤が続いている社員を解雇しようとしたり,休職期間満了で退職扱いにしたりしようとした際,精神疾患の発症は労災なのだから解雇等は無効だと主張されることがあります。
 精神疾患の発症が労災として認められた場合,業務と精神疾患の発症との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が認められたことになるため,労災保険給付でカバーできない損害(慰謝料等)について損害賠償請求を受けるリスクも高くなります。

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弁護士 藤田 進太郎

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管理職なのに部下を管理できない。

2013-09-22 | 日記
管理職なのに部下を管理できない。

(1) 自分で仕事をこなす能力と部下を管理する能力は別
 まずは,自分で仕事をこなす能力と,部下を管理する能力は,別の能力であることをよく理解した上で,人員の配置を行う必要があります。
 自分で仕事をこなす能力が高い社員であっても,部下を管理する能力は低いということは,珍しくありません。

(2) 部下を管理できない理由に応じた対応
 部下に問題があるために上司が部下を管理できていない場合は,上司に任せきりにせず,組織として対応する必要があります。
 問題行動が多い部下がいることを役員等が知りながら,本腰で対策を練らずにそのまま放置した結果,問題をこじらせるケースが多い印象があります。
 問題から逃げずに正面から向き合い,組織として対応すれば,余程難易度の高い事案でない限り,問題は解決に向かうのが通常です。
 部下を管理できない理由が,管理職の単なる経験不足によるものである場合は,部下の管理方法について指導しながら経験を積ませたり,研修を受けさせたりして教育することにより,管理職としての育成を図ることになります。
 管理職としての適性がないことが原因で部下を管理できない場合は,当該社員の能力でも対応できるレベルの管理職に降格させるか,管理職から外して対応するのが原則です。

(3) 人事権の行使としての降格処分
 人事権の行使としての降格処分は,就業規則等の根拠規定がなくても会社の裁量的判断により行うことができるのが原則です。
 ただし,その裁量も無限定のものではなく,相当な理由がないのに労働者に大きな不利益を課したような場合には,人事権の濫用により無効と判断されることがあります。
 賃金減額を伴う降格処分も行うことができますが,賃金の減額を伴う場合は,降格の効力を争われるリスクが高まります。
 賃金減額の程度は,人事権の濫用の有無を判断する際に考慮され,賃金減額の程度が大きい場合は人事権の濫用と判断されやすくなります。
 降格を行う必要性と賃金減額の相当性について,説明できるようにしておく必要があります。
 可能であれば,賃金減額を伴う降格に同意する旨の書面を取ってから降格させることが望ましいところです。
 地位を特定して管理職として中途採用した社員については降格が予定されていないため,本人の同意を得ずに降格処分を行うことはできません。

(4) 解雇
 管理職としての適性がないことが原因で部下を管理できない場合であっても直ちに退職勧奨したり解雇したりせず,当該社員の能力でも対応できるレベルの管理職に降格させるか,管理職から外して対応するのが原則です。
 ただし,地位を特定して高給で採用された社員に労働契約で予定された能力がなかった場合には,降格ではなく退職勧奨や解雇を検討することになります。
 地位特定者を解雇するにあたっては,地位を特定して採用された事実を主張立証する必要がありますので,労働契約書等の書面に明示しておくべきです。
 管理職として不適格であることを理由とした解雇が有効と判断されるようにするためには,何月何日に管理職として不適格であることを示す事実があったのかを,当該事実があった当時の証拠により説明できるようにしておく必要があります。
 抽象的に「管理職として不適格である。」と言ってみてもあまり意味はありませんし,「彼が管理職として不適格であることは,周りの社員も,取引先もみんな知っている。」というだけでは足りません。
 会社関係者の陳述書や法廷での証言は,証拠価値があまり高くないため,紛争が表面化する前の書面等の客観的証拠がないと,何月何日にどのような管理職として不適格であることを示す事実があったのかを主張立証するのには困難を伴うことが多いというのが実情です。

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就業時間外に社外で飲酒運転・痴漢・傷害事件等の刑事事件を起こす。

2013-09-22 | 日記
就業時間外に社外で飲酒運転・痴漢・傷害事件等の刑事事件を起こす。

(1) 事情聴取
 就業時間外に社外で社員が刑事事件を起こしたとしても,それだけでは直ちに懲戒処分に処することができるわけではありません。
 まずは,本人の言い分をよく聞き,記録に残しておく必要があります。
 本人が犯行を否認しており,犯罪が行われたかどうかが明らかではない場合は,犯行があったことを前提に懲戒処分をすることはリスクが高いので,懲戒処分は慎重に行う必要があります。

(2) 連絡を取る努力
 逮捕勾留されたことにより社員本人と連絡が取れなくなり,無断欠勤が続くこともありますが,まずは家族等を通じて連絡を取る努力をして下さい。
 家族等から欠勤の連絡等が入ることがありますが,懲戒解雇等の処分を恐れて犯罪行為により逮捕勾留されていることまでは報告を受けられない場合もあります。
 痴漢,傷害事件等,被害者のある刑事事件における弁護人の起訴前弁護の主な活動内容は,早期に被害者と示談して不起訴処分を勝ち取ることです。
 不起訴処分が決まれば,逮捕勾留は解かれ,出社できる状態となります。
 刑事事件を犯したことを会社に知られずに出社できた場合は,弁護人としていい仕事をしたことになります。

(3) 年休取得申請に対する対応 
 年休取得の申請があった場合は,年休扱いにするのが原則です。
 年休取得を認めずに欠勤扱いとした場合,欠勤を理由とした解雇等の処分が無効となるリスクが生じますので,年休を使い切らせてから対応を検討した方がリスクは小さくなります。

(4) 起訴休職制度
 従業員が起訴された事実のみで,形式的に起訴休職の規定の適用が認められるとは限らず,休職命令が無効と判断されることもありますので,休職命令を出す際は,その必要性,相当性について検討してからにする必要があります。
 起訴休職制度を設けると,有罪判決が確定するまで解雇することができないと解釈されるおそれがありますので,起訴休職制度は設けず,個別に対応するという選択肢もあり得るところです。

(5) 懲戒解雇
 懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職のような退職の効果を伴う懲戒処分は紛争になりやすく,その効力は厳格に判断される傾向にあります。
 会社の社会的評価を若干低下させたとか,役員が主観的に会社の社会的評価を大幅に低下させられたと考えたというだけでは,懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職のような退職の効果を伴う懲戒処分の理由としては不十分であり,会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価することができるような事実を証拠により認定できる必要があります。
 日本鋼管事件最高裁第二小法廷昭和49年3月15日判決は,「就業時間外に社外で行われた刑事事件が会社の社会的評価に重大な悪影響を与えたこと」を理由とする懲戒解雇の可否の判断にあたり,「当該行為の性質,情状のほか,会社の事業の種類・態様・規模,会社の経済界に占める地位,経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して,右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合」に該当するかどうかを検討しています。
 タクシーやバスの運転業務に従事している社員が飲酒運転した場合は,懲戒解雇が有効とされやすい傾向にあります。
 ただし,「酒気帯び状態であれば,仮にそのまま運転していれば道路交通法違反で検挙されることになりかねない程度の非違行為があったものとして解雇に値することが明らかだが,そこまでの断定ができない者についても当然に解雇とすることが社会一般の常識であると評価することには躊躇を感じる」として,バス運転手の飲酒運転を理由とした諭旨解雇を無効とした裁判例(京阪バス事件京都地裁平成22年12月15日判決)もあり,事案ごとの判断が必要となります。
 電鉄会社社員等,痴漢を防止すべき立場にある者が痴漢した場合も,懲戒解雇が認められやすいところです。

(6) 懲戒解雇が無効とされるリスクがある事案の対応
 懲戒解雇が無効とされるリスクがある事案については,より軽い懲戒処分にとどめた方が無難なことも多いところです。
 結果として,社員が自主退職することもあります。
 最初に刑事事件を起こした際に,懲戒解雇を回避してより軽い懲戒処分をする場合は,書面で,次に痴漢等の刑事事件を起こしたら懲戒解雇する旨の警告をするか,次に痴漢等の刑事事件を起こしたら懲戒解雇されても異存ない旨記載された始末書を取っておくことをお勧めします。
 これがあれば万全というわけではありませんが,同種事犯を犯した場合の懲戒解雇が有効となりやすくなります。

(7) 退職金の不支給・減額・返還請求
 懲戒解雇事由に該当する場合を退職金の不支給・減額・返還事由として規定しておけば,懲戒解雇事由がある場合で,当該個別事案において,退職金不支給・減額の合理性がある場合には,退職金を不支給または減額したり,支給した退職金の全部または一部の返還を請求したりすることができます。
 退職金の不支給・減額事由の合理性の有無は,労働者のそれまでの勤続の功を抹消(全額不支給の場合)又は減殺(一部不支給の場合)するほどの著しい背信行為があるかどうかにより判断されます。
 懲戒解雇が有効な場合であっても,労働者のそれまでの勤続の功を抹消するほどの著しい背信行為はない場合は,本来の退職金の支給額の30%とか50%とかいった金額の支払が命じられることがあります。
 例えば,小田急電鉄(退職金請求)事件東京高裁平成15年12月11日判決(労判867号5頁)は,鉄道会社の従業員が私生活上で行った電車内の痴漢行為を理由とする懲戒解雇が有効と判断されたが,それまでの勤続の労を抹消するほどの強度の背信性を持つ行為であるとまではいえないとして,本来の退職金の支給額の30%の支払を命じています。

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業務上のミスを繰り返して会社に損害を与える。

2013-09-22 | 日記
業務上のミスを繰り返して会社に損害を与える。

(1) 募集採用活動の重要性
 業務上のミスを繰り返す社員を減らす一番の方法は,採用活動を慎重に行い,応募者の適性・能力等を十分に審査して基準を満たした者のみを採用することです。
 採用活動の段階で手抜きをして,十分な審査をせずに採用したのでは,業務内容が単純でマニュアルや教育制度がよほど整備されているような会社でない限り,業務上のミスを減らすことは困難です。

(2) 採用後の対応
 採用後の社員による業務上のミスの対策としては,社員の適性に合った配置,人事異動,注意指導,教育,人事考課,保険加入によるリスク管理等が中心であり,退職勧奨や解雇は能力不足の程度が甚だしく改善の見込みが低い場合に限定して検討するのが原則です。
 もっとも,特定の能力があることを前提として高給で採用された社員,地位を特定して高給で採用された社員に契約で想定されている能力がないことが判明した場合は,教育や配転ではなく,直ちに退職勧奨や普通解雇を検討するのが原則となります。
 事業主は労働者を使用することにより得られる利益を享受する以上,損失についても事業主が負担すべきとの考え(報償責任)が一般的であり,過失によるうっかりミスについては損害賠償請求はなかなか認められませんし,損害賠償請求が認められる事案であっても,支払が命じられるのは損害額の一部にとどまることも多く,実際の回収作業にも困難を伴うことは珍しくありません。
 基本的には,業務上のミスによる損害を当該社員に対する損害賠償請求で填補できるものとは考えるべきではありません。

(3) 退職勧奨
 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく,十分に注意指導,教育しても改善の見込みが低い場合には,会社を辞めてもらうほかありませんので,退職勧奨や普通解雇を検討することになります。
 解雇が有効となる見込みが高い程度に業務上のミスの程度・頻度が著しい事案では,解雇するまでもなく,合意退職が成立することも珍しくありません。
 他方,業務上のミスの程度・頻度がそれほどでもなく解雇が有効とはなりそうもない事案,誠実に勤務する意欲や能力が低い等の理由から転職が容易ではない社員の事案,本人の実力に見合わない適正水準を超えた金額の賃金が支給されていて転職すればほぼ間違いなく当該社員の収入が減ることが予想される事案等で退職届を提出させるのは,難易度が高くなります。

(4) 解雇
 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく改善の見込みが低い場合には,退職勧奨と平行して普通解雇を検討します。
 普通解雇が有効となるかどうかを判断するにあたっては,
 ① 就業規則の普通解雇事由に該当するか
 ② 解雇権濫用(労契法16条)に当たらないか
 ③ 解雇予告制度(労基法20条)を遵守しているか
 ④ 解雇が禁止されている場合に該当しないか
等を検討する必要があります。
 普通解雇が有効となるためには,単に就業規則の普通解雇事由に該当するだけでなく,②客観的に合理的な理由が必要であり,社会通念上相当なものである必要もあります。
 解雇に客観的に合理的な理由がない場合は,②解雇権を濫用したものとして無効となってしまいますし,そもそも①普通解雇事由に該当しない可能性もあります。
 解雇に客観的に合理的な理由があるというためには,労働契約を終了させなければならないほど業務上のミスの程度・頻度が甚だしく,業務の遂行に重大な支障が生じていることが必要です。
 解雇が社会通念上相当であるというためには,労働者の情状(反省の態度,過去の勤務態度・処分歴,年齢・家族構成等),他の労働者の処分との均衡,使用者側の対応・落ち度等に照らして,解雇がやむを得ないと評価できることが必要です。
 業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が認められるかどうかは,基本的には労働契約で求められている能力が欠如しているかどうかによります。
 単に思ったよりもミスが多く,見込み違いであったというだけでは,解雇は認められません。
 長期雇用を予定した新卒採用者については,社内教育等により社員の能力を向上させていくことが予定されているため,業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇は例外的な場合でない限り認められません。
 一般的には,勤続年数が長い社員,賃金が低い社員は,業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が認められにくい傾向にあります。
 採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。
 特定の能力を有することが労働契約の条件とされて高給で採用された社員,地位を特定して高給で採用された社員に労働契約で予定された能力がなかった場合には,解雇が認められやすい傾向にあります。
 ただし,解雇が比較的緩やかに認められる前提として,当該当該契約で求められている能力の内容,地位を特定して採用された事実を主張立証する必要がありますので,労働契約書等の書面に明示しておくべきでしょう。
 労働契約書等に明示されていないと,当該当該契約で求められている能力の内容,地位を特定して採用された事実の主張立証が困難となることがあります。
 業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が有効と判断されるようにするためには,何月何日にどのような業務ミスがあり,会社にどのような損害を与えたのかを,業務ミスがあった当時の証拠により説明できるようにしておく必要があります。
 抽象的に「業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えた。」と言ってみてもあまり意味はありませんし,「彼(女)が業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えたことは,周りの社員も,取引先もみんな知っている。」というだけでは足りません。
 会社関係者の陳述書や法廷での証言は,証拠価値があまり高くないため,紛争が表面化する前の書面等の客観的証拠がないと,何月何日にどのような業務ミスがあり,会社にどのような損害を与えたのかを主張立証するのには困難を伴うことが多くなります。

(5) 損害賠償請求
 社員の業務上のミスにより会社が損害を被った場合には,社員に対して損害賠償請求(民法415条・709条)することができる可能性がありますが,社員に軽過失しかない場合には免責される傾向にあります。
 社員に損害賠償義務が認められる場合であっても,賠償義務を負う損害額は損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度にとどまるため,故意によるものでない限り,社員に対し請求できる損害額は全体の一部にとどまることが多いというのが実情です。
 労働契約の不履行について違約金を定め,損害賠償額を予定する契約をすることは禁止されているため(労基法16条),社員がミスした場合に賠償すべき損害額を予め定めても無効となります。
 損害賠償金負担の合意が成立した場合は,「書面」で支払を約束させ,会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせて下さい。
 賃金から天引きすると,賃金全額払いの原則(労基法24条1項)に違反するものとして,天引き額の支払いを余儀なくされることがあります。
 賃金減額により実質的に損害賠償金を回収する方法は,賃金減額の有効性に問題が生じることがありますし,退職されてしまった場合には回収が困難となるといった問題もあり,正攻法とはいえません。
 損害額が軽微な場合は,賞与額の抑制,昇給の停止等で対処すれば足りる場合もあります。
 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。
 裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額がさらに減額される可能性があります。
 また,身元保証の最長期間は5年であり(身元保証に関する法律2条1項),自動更新の合意は無効と考えるのが一般的です(同法6条参照)。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
弁護士 藤田 進太郎

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金銭を着服・横領したり出張旅費や通勤手当を不正取得したりする。

2013-09-22 | 日記
金銭を着服・横領したり出張旅費や通勤手当を不正取得したりする。

(1) 事情聴取
 金銭の不正取得が疑われる場合,本人の説明なしでは不正行為がなされたかどうかが分かりにくいことも多いため,まずは本人からよく事情聴取する必要があります。
 事情聴取に当たっては,事情聴取書をまとめてから本人に署名させたり,事情説明書を提出させたりして,証拠を確保します。
 事情説明書等には,問題となる「具体的事実」を記載させるのがポイントです。
 本人提出の事情説明書等に「いかなる処分にも従います。」と書いてあったとしても,問題となる具体的事実が記載されておらず,具体的事実を立証できないのであれば,懲戒処分や解雇は無効となる可能性が高くなります。
 本人が提出した事情説明書等に説明が不十分な点や虚偽の事実や不合理な弁解があったとしても,突き返して書き直させたりせずにそのまま受領し,追加の説明を求めて下さい。
 せっかく提出を受けた書面を突き返したばかりに,必要な証拠が不足して,訴訟活動が不利になることがあります。
 虚偽の事実や不合理な弁解が記載されている書面を確保することにより,本人の言い分をありのまま聴取していることや,本人が不合理な弁解をしていること等の証明もしやすくなります。

(2) 配置転換
 当該業務に従事する適格性が疑われる事情があれば,配置転換を検討します。
 賃金額が減額されない配置転換であれば,明らかに嫌がらせ目的と評価できるようなものでない限り,無効にはなりません。
 管理職を外れて役職手当が支給されなくなることなどにより,賃金額が減額される場合には,降格等の配置転換に同意する旨の書面を提出させてから配置転換を行って下さい。
 同意書を提出した場合には,懲戒処分の程度を検討する際にプラスの情状として考慮し,場合によっては懲戒処分には処さない選択肢もあり得ます。
 同意書を提出しない場合には,事実を十分に調査し,証拠により客観的に認定できる不正行為の内容・程度・情状に応じた配置転換,懲戒処分,解雇等を粛々と行うほかありません。

(3) 懲戒処分
 不正があったことが証拠により客観的に認定できる場合は,不正行為の内容・程度・情状に応じた懲戒処分を行う。
 不正が疑われるだけで,証拠により客観的に不正行為が認定できない場合は,懲戒処分を行うことはできません。
 懲戒処分の程度を決定するに当たっては,故意に金銭を不正取得したのか,単なる計算ミス等の過失に過ぎないのかの区別が重要な考慮要素となります。
 社員が故意に金銭を不正取得したことが判明した場合は,懲戒解雇することも十分検討に値します。
 ただし,不正取得した金銭の額,会社の実質的な損害額,懲戒歴の有無,それまでの会社に対する貢献度,反省の程度等によっては,より軽い処分にとどめるのが適切な場合もあります。
 過失に過ぎない場合は重い処分をすることはできないケースがほとんどですので,注意指導,始末書の提出,軽めの懲戒処分などにより対処します。

(4) 自主退職を申し出られた場合の対応
 本人が自主退職を申し出た場合に,懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う懲戒処分をせずに自主退職を認めるかどうかは,
 ① 重い懲戒処分をして職場秩序を維持回復させる必要性
だけでなく,
 ② 自主退職を認めた方が紛争になりにくいこと
 ③ 懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う重い懲戒処分をした場合は紛争になりやすく,訴訟で懲戒処分が有効と判断されるためのハードルが高いこと
 ④ 懲戒解雇に伴い退職金を不支給とした場合は紛争になりやすく,訴訟においては懲戒解雇が有効であっても,退職金の一部の支給が命じられることが多いこと
等も考慮して,冷静に判断して下さい。

(5) 退職勧奨する際の注意点
 「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。懲戒解雇となれば,再就職にも悪影響があるだろう。退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースは,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められ,退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いところです。
 懲戒解雇できる事案でもないのに,懲戒解雇の威嚇の下,不当に自主退職に追い込んだと評価されないようにして下さい。

(6) 不正取得した金銭の返還方法
 不正に取得した出張旅費等の金銭は,「書面」で返還を約束させ,会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせて下さい。
 賃金から天引きすると,賃金全額払いの原則(労基法24条1項)に違反するものとして,天引き額の支払いを余儀なくされることがあります。
 賃金減額により実質的に不正取得された金銭を回収する方法は,賃金減額の有効性に問題が生じることがあるし,退職されてしまった場合には回収が困難となるといった問題もあり,正攻法とはいえません。

(7) 身元保証人に対する損害賠償請求
 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。
 裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額が減額される可能性があります。

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転勤を拒否する。

2013-09-22 | 日記
転勤を拒否する。

(1) 転勤を拒否された場合に最初にすべきこと
 転勤を拒否する社員がいる場合は,まずは転勤を拒否する事情を聴取し,転勤拒否にもっともな理由があるのかどうかを確認します。
 転勤が困難な事情を社員が述べている場合は,より具体的な事情を聴取するとともに裏付け資料の提出を求めるなどして対応します。
 認められる要望かどうかは別にして,本人の言い分はよく聞くことが重要です。
 本人の言い分を聞く努力を尽くした結果,転勤拒否にもっともな理由がないとの判断に至った場合は,転勤命令に応じるよう説得します。
 それでも転勤命令に応じない場合は,懲戒解雇等の処分を検討せざるを得ませんが,懲戒解雇等の処分が有効となる前提として,転勤命令が有効である必要があります。

(2) 転勤命令の有効性を判断する際の検討事項
 転勤命令が有効というためには,
 ① 使用者に転勤命令権限があり
 ② 転勤命令が権利の濫用にならないこと
が必要です。

(3) 転勤命令権限
 就業規則に転勤命令権限についての規定を置いて周知させておけば,通常は①転勤命令権限があるといえます。
 併せて,入社時の誓約書で転勤等に応じること,就業規則を遵守すること等を誓約させておくべきでしょう。
 社員から,勤務地限定の合意があるから転勤命令に応じる義務はないと主張されることがありますが,勤務地が複数ある会社の正社員については,勤務地限定の合意はなかなか認定されません。
 パート,アルバイトについては,勤務地限定の合意が存在することが多い傾向にあります。
 平成11年1月29日基発45号では,労働条件通知書の「就業の場所」欄には,「雇入れ直後のものを記載することで足りる」とされており,「就業の場所」欄に特定の事業場が記載されていたとしても,直ちに勤務地限定の合意があることにはなりません。
 ただし,それが雇入れ直後の就業場所に過ぎないことや支店への転勤もあり得ることをよく説明しておくことが望ましいことは言うまでもありません。

(4) 転勤命令が権利の濫用にならないか
 ①使用者に転勤命令権限の存在が認定されると,次に,②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが問題となります。
 正社員については,通常は転勤命令が認められるため,②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが主要な争点になることが多いです。
 使用者による配転命令は,
 ① 業務上の必要性が存しない場合
 ② 不当な動機・目的をもってなされたものである場合
 ③ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
等,特段の事情のある場合でない限り権利の濫用になりません(東亜ペイント事件最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決)。

(5) ①業務上の必要性
 東亜ペイント事件最高裁判決が,「右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示していることもあり,企業経営上意味のある転勤であれば通常は①業務上の必要性が肯定されることになります。
 ただし,①業務上の必要性の程度は,②③の要件を満たすかどうかにも影響するため,①業務上の必要性が高いことの主張立証はしっかり行う必要があります。

(6) ②不当な動機・目的
 退職勧奨したところ退職を断られ転勤を命じたような場合や,労働組合の幹部に転勤を命じた場合に,問題にされることが多くなっています。
 ①転勤させる必要性が高ければ,②不当な動機・目的がないと言いやすくなりますので,②不当な動機・目的がないといえるようにするためにも,①業務上の必要性を説明できるようにしておく必要があります。
 
(7) ③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益
 社員の配偶者が仕事を辞めない限り単身赴任となり,配偶者や子供と別居を余儀なくされるとか,通勤時間が長くなるとか,多少の経済的負担が生じるといった程度では,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとはいえません。
 単身赴任手当や家族と会うための交通費の支給,社宅の提供,保育介護問題への配慮,配偶者の就職の斡旋等の配慮は必須のものではありませんが,③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無を判断するにあたっては,転勤を命じられた社員の不利益を緩和する措置が取られているかどうかといった点も考慮されます。
 就業場所の変更を伴う配置転換については,子の養育又は家族の介護の状況に配慮する義務があること(育児介護休業法26条)には注意が必要です。
 育児,介護の問題ついては,本人の言い分を特によく聞き,転勤命令を出すかどうか慎重に判断して下さい。
 本人の言い分をよく聞かずに一方的に転勤を命じ,本人から育児,介護の問題を理由として転勤命令撤回の要求がなされた場合に転勤命令撤回の可否を全く検討していないなど,育児,介護の問題に対する配慮がなされていない場合は,③労働者の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとして,転勤命令が無効とされるリスクが高まります。
 裁判例の動向からすると,特に,家族が健康上の問題を抱えている場合や,介護が必要な場合の転勤については,慎重に検討したほうが無難と思われます。

(8) 転勤命令違反を理由とした懲戒解雇の有効性
 転勤命令自体が無効の場合は,転勤命令拒否を理由とする懲戒解雇は認められません。
 有効な転勤命令を正社員が拒否した場合は重大な業務命令違反となるため,懲戒解雇は懲戒権の濫用(労契法15条)とはならず有効と判断されることが多いですが,性急な懲戒解雇については無効と判断されることがあります。
 社員が転勤に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供する等して転勤命令に従うよう説得する努力を尽くし,転勤命令に従う見込みが乏しいことを確認してから,懲戒解雇すべきでしょう。

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管理職なのに残業代を請求する。

2013-09-21 | 日記
管理職なのに残業代を請求する。

(1) 管理職≠「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)
 管理職であっても,労基法上の労働者である以上,原則として労基法37条の適用があります。
 週40時間,1日8時間を超えて労働させた場合,法定休日に労働させた場合,深夜に労働させた場合は,時間外労働時間,休日労働,深夜労働に応じた残業代(割増賃金)を支払わなければならないのが原則です。
 当該管理職が,労基法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)に該当すれば,労働時間,休憩,時間外・休日割増賃金,休日,賃金台帳に関する規定は適用除外となるため,その結果,労基法上,使用者は時間外・休日割増賃金の支払義務を免れることになりますが,裁判所の考えている管理監督者の要件を充足するのは,本社の幹部社員など,ごく一部と考えられます。
 中小企業の場合,管理監督者の実態を有する管理職は,取締役とされていることも多いところです。
 通常は,管理監督者扱いとすることで残業代の支払義務を免れることができると考えるべきではありません。

(2) 管理監督者と深夜割増賃金
 管理監督者であっても,深夜労働に関する規定は適用されますので,管理職が管理監督者であるかどうかにかかわらず,深夜割増賃金(労基法37条3項)を支払う必要があることに変わりはありません(ことぶき事件最高裁第二小法廷平成21年12月18日判決)。

(3) 管理職からの残業代請求に対するリスク管理
 管理監督者としていた社員から労基法37条に基づく割増賃金の請求を受けるリスクを負いたくない場合は,管理監督者とする管理職の範囲を狭く捉えて上級管理職に限定し,その他の管理職は最初から管理監督者としては取り扱わずに残業代を満額支給し,基本給や賞与等の金額を抑えることで,総賃金額を調整したほうが無難です。

(4) 管理職本人が残業代不支給に同意していたり,就業規則で管理職には残業代を支給しない旨定めたりした場合
 労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効となり,無効となった部分については労基法で定める基準が適用されます(労基法13条)。
 したがって,就業規則等で管理職には残業代を支給しない旨規定したり,管理職本人が残業代不支給に同意したりしていたとしても,直ちに残業代の支払義務を免れるわけではありません。

(5) 管理監督者の判断基準
 管理監督者は,一般に,「労働条件の決定その他労務管理について,経営者と一体的な立場にある者」をいうとされ,管理監督者であるかどうかは,
 ① 職務の内容,権限及び責任の程度
 ② 実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度
 ③ 待遇の内容,程度
等の要素を総合的に考慮して判断されます。
 ①職務の内容,権限及び責任の程度を検討するにあたっては,労務管理を含む事業経営上重要な事項にかかわっているか,事業経営に関する決定過程にどの程度関与しているか,現場業務(管理監督以外の仕事)にどの程度従事していたか,他の従業員の職務遂行・労務管理に対する関与の程度,管理監督者として扱われている社員の割合等が考慮されます。
 ②実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度を検討するにあたっては,タイムカード等による始業終業時刻管理の有無,欠勤控除の有無等が考慮されます。
 ③待遇の内容,程度を検討するにあたっては,役職手当や賃金の額が役職に見合っているか,社内における賃金額の順位,管理職になった後の賃金総額と管理職になる前の賃金総額との比較等が考慮されます。

(6) 従来の一般的な判断基準とは異なる判断基準を用いて管理監督者該当性を判断する見解
 『労働法 第十版』(菅野和夫著)340頁は,「近年の裁判例をみると,管理監督者の定義に関する上記の行政解釈のうち,『経営者と一体の立場にある者』,『事業主の経営に関する決定に参画し』については,これを企業全体の運営への関与を要すると誤解しているきらいがあった。企業の経営者は管理職者に企業組織の部分ごとの管理を分担させつつ,それらを連携統合しているのであって,担当する組織部分について経営者の分身として経営者に代わって管理を行う立場にあることが『経営者と一体の立場』であると考えるべきである。そして,当該組織部分が企業にとって重要な組織単位であれば,その管理を通して経営に参画することが『経営に関する決定に参画し』にあたるとみるべきである。最近の裁判例では,このような見地から判断基準をより明確化する試みも行われている。」としています。
 ゲートウェイ21事件東京地裁平成20年9月30日判決,プレゼンス事件東京地裁平成21年2月9日判決,東和システム事件東京地裁平成21年3月9日判決は,結論としてはいずれも管理監督者該当性を否定していますが「管理監督者とは,労働条件の決定その他労務管理につき,経営者と一体的な立場にあるものをいい,名称にとらわれず,実態に即して判断すべきであると解される(昭和22年9月13日発基第17号等)。」とした上で,具体的には,以下の①②③④の要件を満たすことが必要であるとしています。
 ① 職務内容が,少なくともある部門全体の統括的な立場にあること
 ② 部下に対する労務管理上の決定権等につき,一定の裁量権を有しており,部下に対する人事考課,機密事項に接していること
 ③ 管理職手当等の特別手当が支給され,待遇において,時間外手当が支給されないことを十分に補っていること
 ④ 自己の出退勤について,自ら決定し得る権限があること

(7) 平成20年9月9日付け基発第0909001号『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』
 平成20年9月9日付け基発第0909001号『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』は,下記のとおり,店舗の店長等の管理監督者性を否定する要素について整理しているものに過ぎず,同通達の否定要素がなければ店舗の店長等の管理監督者性が肯定されるというわけではありません。

1 「職務内容、責任と権限」についての判断要素
 店舗に所属する労働者に係る採用、解雇、人事考課及び労働時間の管理は、店舗における労務管理に関する重要な職務であることから、これらの「職務内容、責任と権限」については、次のように判断されるものであること。
(1) 採用
 店舗に所属するアルバイト・パート等の採用(人選のみを行う場合も含む。)に関する責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(2) 解雇
 店舗に所属するアルバイト・パート等の解雇に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(3) 人事考課
 人事考課(昇給、昇格、賞与等を決定するため労働者の業務遂行能力、業務成績等を評価することをいう。以下同じ。)の制度がある企業において、その対象となっている部下の人事考課に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(4) 労働時間の管理
 店舗における勤務割表の作成又は所定時間外労働の命令を行う責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。

2 「勤務態様」についての判断要素
 管理監督者は「現実の勤務態様も、労働時間の規制になじまないような立場にある者」であることから、「勤務態様」については、遅刻、早退等に関する取扱い、労働時間に関する裁量及び部下の勤務態様との相違により、次のように判断されるものであること。
(1) 遅刻、早退等に関する取扱い
 遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課での負の評価など不利益な取扱いがされる場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
 ただし、管理監督者であっても過重労働による健康障害防止や深夜業に対する割増賃金の支払の観点から労働時間の把握や管理が行われることから、これらの観点から労働時間の把握や管理を受けている場合については管理監督者性を否定する要素とはならない。
(2) 労働時間に関する裁量
 営業時間中は店舗に常駐しなければならない、あるいはアルバイト・パート等の人員が不足する場合にそれらの者の業務に自ら従事しなければならないなどにより長時間労働を余儀なくされている場合のように、実際には労働時間に関する裁量がほとんどないと認められる場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(3) 部下の勤務態様との相違
 管理監督者としての職務も行うが、会社から配布されたマニュアルに従った業務に従事しているなど労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務態様が労働時間の大半を占めている場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。

3 「賃金等の待遇」についての判断要素
 管理監督者の判断に当たっては「一般労働者に比し優遇措置が講じられている」などの賃金等の待遇面に留意すべきものであるが、「賃金等の待遇」については、基本給、役職手当等の優遇措置、支払われた賃金の総額及び時間単価により、次のように判断されるものであること。
(1) 基本給、役職手当等の優遇措置
 基本給、役職手当等の優遇措置が、実際の労働時間数を勘案した場合に、割増賃金の規定が適用除外となることを考慮すると十分でなく、当該労働者の保護に欠けるおそれがあると認められるときは、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(2) 支払われた賃金の総額
 一年間に支払われた賃金の総額が、勤続年数、業績、専門職種等の特別の事情がないにもかかわらず、他店舗を含めた当該企業の一般労働者の賃金総額と同程度以下である場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(3) 時間単価
 実態として長時間労働を余儀なくされた結果、時間単価に換算した賃金額において、店舗に所属するアルバイト・パート等の賃金額に満たない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
特に、当該時間単価に換算した賃金額が最低賃金額に満たない場合は、管理監督者性を否定する極めて重要な要素となる。

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弁護士 藤田 進太郎

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『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』の注意点

2013-09-21 | 日記
平成20年9月9日付け基発第0909001号『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』の注意点を教えて下さい。

 平成20年9月9日付け基発第0909001号『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』は,下記のとおり,店舗の店長等の管理監督者性を否定する要素について整理しているものに過ぎず,同通達の否定要素がなければ店舗の店長等の管理監督者性が肯定されるというわけではありません。

1 「職務内容、責任と権限」についての判断要素
 店舗に所属する労働者に係る採用、解雇、人事考課及び労働時間の管理は、店舗における労務管理に関する重要な職務であることから、これらの「職務内容、責任と権限」については、次のように判断されるものであること。
(1) 採用
 店舗に所属するアルバイト・パート等の採用(人選のみを行う場合も含む。)に関する責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(2) 解雇
 店舗に所属するアルバイト・パート等の解雇に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(3) 人事考課
 人事考課(昇給、昇格、賞与等を決定するため労働者の業務遂行能力、業務成績等を評価することをいう。以下同じ。)の制度がある企業において、その対象となっている部下の人事考課に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(4) 労働時間の管理
 店舗における勤務割表の作成又は所定時間外労働の命令を行う責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。

2 「勤務態様」についての判断要素
 管理監督者は「現実の勤務態様も、労働時間の規制になじまないような立場にある者」であることから、「勤務態様」については、遅刻、早退等に関する取扱い、労働時間に関する裁量及び部下の勤務態様との相違により、次のように判断されるものであること。
(1) 遅刻、早退等に関する取扱い
 遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課での負の評価など不利益な取扱いがされる場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
 ただし、管理監督者であっても過重労働による健康障害防止や深夜業に対する割増賃金の支払の観点から労働時間の把握や管理が行われることから、これらの観点から労働時間の把握や管理を受けている場合については管理監督者性を否定する要素とはならない。
(2) 労働時間に関する裁量
 営業時間中は店舗に常駐しなければならない、あるいはアルバイト・パート等の人員が不足する場合にそれらの者の業務に自ら従事しなければならないなどにより長時間労働を余儀なくされている場合のように、実際には労働時間に関する裁量がほとんどないと認められる場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(3) 部下の勤務態様との相違
 管理監督者としての職務も行うが、会社から配布されたマニュアルに従った業務に従事しているなど労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務態様が労働時間の大半を占めている場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。

3 「賃金等の待遇」についての判断要素
 管理監督者の判断に当たっては「一般労働者に比し優遇措置が講じられている」などの賃金等の待遇面に留意すべきものであるが、「賃金等の待遇」については、基本給、役職手当等の優遇措置、支払われた賃金の総額及び時間単価により、次のように判断されるものであること。
(1) 基本給、役職手当等の優遇措置
 基本給、役職手当等の優遇措置が、実際の労働時間数を勘案した場合に、割増賃金の規定が適用除外となることを考慮すると十分でなく、当該労働者の保護に欠けるおそれがあると認められるときは、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(2) 支払われた賃金の総額
 一年間に支払われた賃金の総額が、勤続年数、業績、専門職種等の特別の事情がないにもかかわらず、他店舗を含めた当該企業の一般労働者の賃金総額と同程度以下である場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(3) 時間単価
 実態として長時間労働を余儀なくされた結果、時間単価に換算した賃金額において、店舗に所属するアルバイト・パート等の賃金額に満たない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
特に、当該時間単価に換算した賃金額が最低賃金額に満たない場合は、管理監督者性を否定する極めて重要な要素となる。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
弁護士 藤田 進太郎

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従来の一般的な判断基準とは異なる判断基準を用いて管理監督者該当性を判断する見解

2013-09-21 | 日記
従来の一般的な判断基準とは異なる判断基準を用いて管理監督者該当性を判断する見解にはどのようなものがありますか?

 『労働法 第十版』(菅野和夫著)340頁は,「近年の裁判例をみると,管理監督者の定義に関する上記の行政解釈のうち,『経営者と一体の立場にある者』,『事業主の経営に関する決定に参画し』については,これを企業全体の運営への関与を要すると誤解しているきらいがあった。企業の経営者は管理職者に企業組織の部分ごとの管理を分担させつつ,それらを連携統合しているのであって,担当する組織部分について経営者の分身として経営者に代わって管理を行う立場にあることが『経営者と一体の立場』であると考えるべきである。そして,当該組織部分が企業にとって重要な組織単位であれば,その管理を通して経営に参画することが『経営に関する決定に参画し』にあたるとみるべきである。最近の裁判例では,このような見地から判断基準をより明確化する試みも行われている。」としています。
 また,ゲートウェイ21事件東京地裁平成20年9月30日判決,プレゼンス事件東京地裁平成21年2月9日判決,東和システム事件東京地裁平成21年3月9日判決は,結論としてはいずれも管理監督者該当性を否定していますが「管理監督者とは,労働条件の決定その他労務管理につき,経営者と一体的な立場にあるものをいい,名称にとらわれず,実態に即して判断すべきであると解される(昭和22年9月13日発基第17号等)。」とした上で,具体的には,以下の①②③④の要件を満たすことが必要であるとしています。
 ① 職務内容が,少なくともある部門全体の統括的な立場にあること
 ② 部下に対する労務管理上の決定権等につき,一定の裁量権を有しており,部下に対する人事考課,機密事項に接していること
 ③ 管理職手当等の特別手当が支給され,待遇において,時間外手当が支給されないことを十分に補っていること
 ④ 自己の出退勤について,自ら決定し得る権限があること

弁護士法人四谷麹町法律事務所
弁護士 藤田 進太郎

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再雇用後の賃金が定年退職前よりも下がることにクレームをつける。

2013-09-21 | 日記
再雇用後の賃金が定年退職前よりも下がることにクレームをつける。

(1) 再雇用後の賃金水準に対する規制
 高年法上,継続雇用後の賃金等の労働条件については特別の定めがなく,年金支給開始年齢の65歳への引上げに伴う安定した雇用機会の確保という同法の目的,パート労働法8条,労契法20条,最低賃金法等の強行法規,公序良俗に反しない限り,就業規則,個別労働契約等において自由に定めることができます。
 定年後に再雇用された社員の賃金水準が定年退職前よりも下がるのはむしろ通常の話であり,社会通念に照らし,直ちに不当ということはできません。
 定年の延長や継続雇用の場合は手順を間違えると労働条件の不利益変更(労契法9条・10条参照)の問題となってしまうリスクがありますが,再雇用の場合はいったん定年退職し新たな労働契約を締結するわけですから,定年退職前の労働条件との関係では労働条件の不利益変更の問題とはならないと考えられます。
 再雇用後の適正な賃金水準について検討すべきだとは思いますが,再雇用後の賃金が定年退職前よりも下がること自体は何ら問題ありません。
 もっとも,就業規則で再雇用後の賃金等の労働条件を定めて周知させている場合はそれが労働条件となりますから,再雇用後の労働条件を就業規則に定められている労働条件に満たないものにすることはできません。

(2) 再雇用後の適正な賃金水準
 年金支給開始年齢が引き上げられていることを考慮すれば,賃金原資に余裕がない企業であっても,同業他社と同水準の賃金が払えないから再雇用自体を拒絶せざるを得ないといった発想で対処するのではなく,再雇用自体は認めた上で,体力に応じた金額の賃金を支給するようにすべきでしょう。
 再雇用後の業務の内容,当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が定年退職前と変わらないにもかかわらず,再雇用後の賃金が定年退職前よりも大幅に下がったのでは高年齢者の不満が大きくなりますから,賃金額を大幅に下げる場合は,再雇用後の勤務日数や勤務時間数を減らすとか(例えば週3日勤務にするとか1日4時間勤務にするといったことも考えられます。),業務の内容を正社員でなくてもできるような難易度の低いものにするとか,責任の軽い仕事を担当させるとか,職種や勤務地を限定するとかした上で,賃金額を下げる必要があります。
 高年齢者雇用確保措置の主な趣旨が,年金支給開始年齢引上げに合わせた雇用対策,年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保である以上,継続雇用後の賃金額に在職老齢年金,高年齢者雇用継続給付等の公的給付を加算した手取額の合計額が,従来であれば高年齢者がもらえたはずの年金額と同額以上になるように配慮すべきであり,「時給1000円,1日8時間・週3日勤務」程度の賃金額にはしておきたいところです。
 一定規模以上の会社の場合は,再雇用後の賃金水準は,定年前の50%~70%程度になることが多いようです。
 賃金原資に余裕があるのであれば,同業他社よりも高めの賃金設定でも構いません。
 
(3) 定年退職者に提示した賃金水準での再雇用を高年齢者が拒絶した場合
 高年法が求めているのは,継続雇用制度の導入であって,事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではありません。
 事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば,定年退職者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず,結果的に定年退職者が再雇用されなかったとしても,高年法違反となるものではありません。
 企業が定年退職者に提示した適正な賃金水準での再雇用を高年齢者が拒絶した場合は,再雇用されなかったとしてもやむを得ないところです。
 企業ができることは,自社の体力,定年退職者の能力,再雇用後の業務の内容,当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲等に見合った適正水準の賃金等の労働条件を提示するところまでであり,当該労働条件での再雇用を希望するかどうかは,定年退職者の選択に委ねられることになります。

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弁護士 藤田 進太郎

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