徳川家に祟った妖刀・村正、幕末の志士は徳川を倒すためにあえて所持した?
2018年11月24日、長良川おんせん博覧会にて恒例の「山口敏太郎と行く妖怪ツアー」が開催された。ツアーの中で興味深かったのは桑名市博物館で開催されている「村正II」という企画展であった。好評につき2年前のpart1に続く企画展であった。
村正とは、伊勢国桑名(三重県桑名市)で栄えた刀鍛冶集団、そこで作られた刀の銘のことを指す。千手観音の申し子だと言われた初代・村正は千子派という職能集団を組織し、三代に渡り栄えた(五代に渡り栄えたたと言う説もある)。
初代・村正の父である赤坂左兵衛兼村は、もともと美濃国関の刀鍛冶であり、後に拠点を長良川の下流である桑名に移した。後に弟子筋は三河に移り、三河文珠派となり「蜻蛉斬」などを作ることになる・・・(この続きはこちら)