賃貸住まいの高齢者

単身赴任生活が終わり、定年。でも生活できないから、、どうしよう。。

ソファの廃棄と生き様

2025-03-03 04:59:09 | 日記
来週の木曜日に今使ってるソファを捨てます。

もう、粗大ゴミのシールも買って市の担当に電話しました。

最初は車で粗大ゴミ廃棄場へ持っていこうかと奥様と話ししてました。

でも、ウチの車ってコンパクトカーで乗せられないから、レンタカーで軽トラックでも借りねばならない。

そこまでして持ってくのはどうもねぇ、と。

だからゴミ置き場までなら二人で担いでいけるだろうし、ということで粗大ゴミ廃棄。

しかし、もう25年は使ってるソファ。

なんだか身体の一部的な感じで使ってました。

今の借家には大き過ぎるサイズ。

だからある意味、不便な感じ。

身の程をわきまえない暮らしを続けてます。

いまだに貧乏なのに、普通の人と同じ暮らしをしようとしてる。

稼ぎもない、貯金もない、能力もない。

なのに、お金を持ってる普通の人と同じだと、思おうとしてる。

そこが矛盾を感じてて、既に意識はゲシュタルト崩壊してるし。

バランバランに砕け散ってる。

それでも拾い集めてカタチを作ろうとしてて、出来上がった歪な構造で喜んでる。

もう、終わりにしたい。

そう思いながら、日々を重ねてる。

みんな似た様なものだろう。

ある程度はそうかもしれない。

世間様を見てると、歪だな、と感じる世間。

でも、そこにもハマらない自分のカタチ。

歪な中でも更に歪。

歪の選手権でもしようか(笑)

そういう選手権があったら、きっと刑務所の中の人たちの方が優位だろうな。

などと、人の生き様って、かくも歪な捻じ曲がった構造をかき集める。

そうなってても、綺麗にはならないんでしょう。

過去の聖人たちも同じような気持ちを持ってたんじゃあないかな、とも思ったり。

自分はそういう人達と同じってか?

身の程知らずだからねぇ(笑)

興味生き恥を描く、か。

泉谷さんはなかなか言い得ててイイね。

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