Over 60's yukinokoブログ

実家の片づけ、そして義母を送って、次は自分の生前整理だな

旅はオリジナルが楽しい:大塚国際美術館

2024-03-01 06:47:49 | Art&Mujic

                     

私がずっと実現したかったことのひとつが、四国へ行くことと本場で讃岐うどんを食べること。あ、ひとつじゃなくてふたつか。

残念ながら香川県まで足を延ばすことは出来ませんでしたけど、鳴門大橋を渡って四国上陸だけは果たすことが出来ました。

そしていつか行ってみたかった大塚国際美術館へも行けて、今回の旅がとても充実感に満ちたものになったように思います。

有名な美術館なので詳しい説明は省きますが、写真の「最後の審判」をはじめとして有名な絵画を再現した作品が、嫌と言うほどありましたね。嫌じゃないけど。

館内に入って最初に目にするのがこの「最後の審判」。これにまず圧倒されてしまいます。

ここが館内のB3、地下3階という造りに?マークがずっとつきまとってしまいますが、上の階に行くにつれて作品の年代が新しくなっていく展示。

全部回ると距離にして4㎞になるらしく、私たちは時間の制約もあったし、脚が疲れてしまって1階の半分と2階部分を観ることは断念しました。

おかしなもので、本物ではない、と最初のうちは思っていたのに、再現性の高さにそのことを次第に忘れてしまっている自分に気づきました。

それでもやっぱり実物を観たことのある作品があると、なんだかうれしいと思うんです。そして思っていたより実物を目にしてきたんだなとも。

展示されている作品の多くは西洋絵画だと思いましたが、時代が古ければ古いほどそのほとんどが宗教画、つまりキリスト教や聖書の教えを絵にしたもので、キリストの磔刑の

場面は時代が変わってもたくさん描かれているので、正直言って最後のほうはうんざりしてきました。また?みたいな感じ。

ただ時代が変わるにつれて、やせ細ったキリストから筋肉ムキムキになっているのがちょっとおかしくて。宗教を題材にしても時代の流行りが反映されるんでしょうね。

 

出来ればこうした芸術作品は本来置かれている場所へ行って、その空気感と共に味わうのが一番だとは思います。でも現実的な話ではありません。

私が実物を観たものだって、全部日本でのことだもの。

この美術館でよかったのは、一度実物を目にしたかった憧れの作品を観ることが出来たこと。

                       

                     

「希望」と「無原罪の御宿り」の2点。

でも今写真を改めて見ると、陶板の継ぎ目がやっぱり気になります。う~ん、実物が観たい・・・・・・

 

そしてひとつ気になること。

美術館の前にあった「潮騒荘」という建物。大塚製薬の施設だそうですが、建物の雰囲気がなんだか変わっているんです。和風ではなく洋風でもなく、どちらかと言えば中国とかの

大陸系みたいな感じ。美術館の作品にはそっち系はほぼなかったので、ちょっと違和感を感じましたね。


観ないともったいない!と思ってしまった

2023-10-20 09:16:33 | Art&Mujic

昨日は久しぶりに展覧会へ行ってきました。

今年はあまり観たいと思う展覧会が名古屋近辺ではあまりなく、多分これで2回目くらいだったのではないかと思います。まあ今年前半は特にいろいろとあったし、夏は酷暑で出たく

なかったということもあります。

出かけたのは松坂屋美術館。現在開催中なのはこちら。

                     

ここでいきなり、話が私の小学校の入学式になります。

私が入学したのは昭和39年。最初の東京オリンピックのあった年。当時は年度変わりの4月1日が入学式でしたっけ。

今どきのように体育館での式ではなく(体育館自体がなかったかも)、校庭で行われました。

クラス別に男女が一列に並んで行われたのですが、並ぶ順番などは特に決まっていなかったようで、そういうことに特に熱心だったとは思えない母だったのに、その時は「写真を

撮るのにいいから」と私を最前列に立たせたのでした。

その時、隣で一緒に写っているのが、福富くん。フルネームで名前を憶えていますが、ここは名字だけにしておこう。

特に楽しかった思い出がほとんどない小学校時代だったのに、なぜかその入学式のことはよく憶えているんです。なぜかというと、その後教室へ入って名前の貼ってある席へ行ったとき、

隣の席がなんと、その福富くんだったから。子どもながら、「あ、また隣だ」と思いました。

五十音順で席が決められていて、私の旧姓も「ふ」で始まるからたまたまそうなったのですけどね。そんな福富つながりの思い出話でした。

 

と、思い出話はこれくらいにして。本題にまいりましょう。

今回の展覧会に展示されている絵を蒐集していた福富太郎という人物を、私は全然知りませんでした。

なのでポスターなどに書いてある「キャバレー王」という言葉と絵画蒐集がなかなか結び付かず、どんな絵を集めていたんだろうという興味が湧いて観てみようと思ったのです。

まずお決まりのご挨拶文を素通りしてから会場に入って、えっ?と感じたのは、人の少なさ。びっくりするほど人がまばらにしかいなかったんです。

デパートの中の美術館なので平日でも高齢者など時間に余裕がある人たちが結構観に来ることが多く、今回は展示されている絵の種類もそうした高齢者でも親しめるものだと思って

いたのに。

私が観終わるまでそんな状態が続いて、会場のスタッフのほうが人数が多いのではないかなと思うほどでした。まあそのおかげでじっくり作品と向き合うことが出来たわけですが。

 

なんでも福富氏の御父上が蒐集していた鏑木清方の作品を、100年前の関東大震災で焼失したこともあって蒐集した清方の作品がかなりたくさん展示されていました。

清方と言えば情緒のある美人画が有名ではあるけれど、寄席の風景などを描いたものやラフな感じの作品、そして時に怪しげな表情の人魚を描いた「妖魚」など、これまで抱いていた

清方のイメージを変えさせるようなものも。

清方以外にも岸田劉生や高橋由一など、美術の教科書に出てきそうな作家の作品もあれば、誰これ?みたいなあまり知られていないような作家の作品もかなり多くありました。

でも知名度は低くても、どれも素晴らしい作品ばかり。福富太郎の眼というフィルターをくぐり抜けたそれらの作品を観ていると、彼の眼の確かさを感じずにはいられません。

女性を描いた作品が多く、中でも裸婦像や芝居や歴史上のエピソードを題材にしたものが多かったように思います。

ここで思う。どうして「裸婦」があっても「裸夫」はないんだろう?彫刻や塑像など立体作品には男女それぞれ美しい姿の作品があるのに。

ある裸婦像の女性は、それは豊かでふくよかな乳房が描かれていて、触れたときの感触まで想像出来そうなほど。目の前にあったら思わず掴みたくなりそうな・・・って思った私は

変態かな?

キャバレー王だったからなのか、伊東深水がキャバレーの舞台裏を絵巻に描いたものがあって、なかなか興味深かったですね。キャバレーなんて全くご縁がないところですが、

トップレスの踊り子たちが舞台から降りてきたところや、楽屋のあたりでくつろいだ表情を見せているところなど、活き活きとした中にちょっとほっとしたような雰囲気が出ていた

ように感じました。最後の方には黒子の男性たちがひっそりと佇んでいて、華やかな舞台とは真逆の現実があることを表しているような。昭和30年の日付が書かれていたけれど、

私が生まれた頃にはこんな世界があったんですね。今のキャバレーはどうなんでしょう。

帰宅してから福富太郎のことを検索すると、2006年に画廊の関係者と思われる人物との対談を見つけました。読んでみると、彼にとってそうした絵画蒐集は、いわば投資の手段だった

ように思いました。なので彼が絵を見に行くのは展覧会ではなく、画廊。買えない絵には興味がなかったみたいです。

そうして手に入れた作品は空調管理の行き届いた倉庫で保管していたそうで、それも、飾ったりすると劣化するから、という理由。

美人画でも上村松園や伊東深水はあまり好きじゃない、ってあったんです。してみるとさっきの絵巻はキャバレーが題材だったからなんでしょうね。

いずれにしても、よい作品が80点あまり並んでいて見応えもありました。それなのにあの入場者数の少なさはいかにももったいない!

理由のひとつに、パンフレットやポスターに写真の作品を選んだのがまずかったのではないのかなと思ったりします。どこか虚ろで怠惰な表情の男女、ちょっと不気味さを感じて

しまうのは私だけかしら。それに加えて「キャバレー王」だもの。

これが会場の一番最初に展示してあった、鏑木清方の「薄雪」あたりだったらもうちょっと入場者も増えていたかも?まあでも、この北野恒富の「道行」のような作品こそ、福富氏の

コレクションを象徴するものなのかもしれませんね。だからこそ選んだのでしょう。

 

さて、今はまだ晴れていますがこれから天気は下り坂。夕方までには雨になってその後はぐっと気温が下がる予報が出ています。明日はちょっと寒いんだそうですが、その明日は

相方の仕事の手伝いをするのでブログはお休みします。


ちょっと、いや、かなりショックだったこと

2023-07-10 05:55:23 | Art&Mujic

最近あまり見ていなかった、Eテレの日曜美術館。

一応新聞のテレビ欄はチェックするんですが、このところあまり興味をそそられる内容ではなかった、というより自分に余裕がなかったのかもしれません。激動の今年前半戦だったから。

でも昨日はテレビ欄を見て、すぐ録画予約しました。大好きな絵本作家、かがくいひろしさんの特集だったから。

 

今年6歳になる孫娘のプレゼントによく選ぶのが、本。

最初にプレゼントしたのが、かがくいさんの、あの超がつくほど有名な「だるまさん」シリーズ。3冊セットのものを迷わず選びました。

書店で初めて見たときから、孫が出来たら絶対最初に買う、と決めていたんです。

昨夜は久しぶりに時間的な余裕がたっぷりあったので、録画した番組を観ることにしました。

かがくいさんの絵本を読み聞かせしたときの、子どもたちのかわいらしい反応に心がほっこりすると同時に、かがくいさんの新しい作品にはもう出合えないことを知ったときの、

驚きと哀しみ。

50歳でのデビュー、そして16冊の絵本を残して54歳でこの世を去ってしまったかがくいさんの、人となりを紹介していましたが、知れば知るほど早すぎた死が惜しまれます。

あの、ほんわかとした絵からにじみ出るやさしさは、そのまま彼の人柄や生き様を表しているのだな・・・というのが率直な印象でした。

今長野県で回顧展が開かれていて、その後巡回予定だそうですが、名古屋辺りに来る予定はなし。

これはひとつ、展覧会目当ての旅に行くべきか。なんて考えが頭のなかをぐるぐると。

 

番組の終わりのほうで、編集者さんが持っている発行されずに終わった絵本の原案を紹介していましたが、かがくいさんらしいとても温かみに満ちたものでした。

本当に惜しいなぁ、これが世に出ないまま終わるのって。

 


選外でも、私には名曲

2022-10-27 06:00:41 | Art&Mujic

                        

生協のカタログに載ったので、思わず買ったユーミンの50周年記念アルバム「ユーミン万歳!」。

今年デビュー50周年ということで、いろいろなメディアで特集が組まれましたよね。私もNHKーFMの特番を全部じゃないけれど聴きました。

そのときも確かリクエストによるベスト50曲を流していたけれど、このアルバムは民放ラジオ99局でのキャンペーンから生まれた、らしいです。

ケースの裏側にずらり、と並んだ50曲の題名を見てみると、荒井由実から松任谷由実になった最初のうちの頃までよく聴いていた私には、題名だけではどんな曲かわからないものもかなりあります。多分耳にしたことは

あるんじゃないかと思いますが。

 

数多くの楽曲を創ってきたユーミンですから、多分どんな人でも感じると思う。あ、私の好きなあの曲は入っていないんだ、って。

仕方ないことではあるものの、それはやっぱり残念な気分になってしまいます。

このアルバムに入っていない曲で、私が好きだった曲を思い出してみました。

・晩夏~ひとりの季節~

これはNHKのドラマの主題歌だったはず。

・朝陽の中で微笑んで

ハイファイセットに提供された曲だったような気がします。「卒業写真」もそうでしたよね。でも歌の上手い彼らのものよりユーミンが歌うほうが好きなのはなぜなんだろう?

・かんらん車

・Corvett 1954

この2曲は「流線形’80」に収められている曲。「Corvett 1954」は来生たかおとのデュエットで、メジャーじゃないけれどすごく好きな1曲。そして

・雨の街を

ずっとずっと昔、ユーミン自身が「一番好き」と語っていたような記憶があるこの曲がアルバムに入っていないのがとても残念。

私が初めてユーミンの歌を聴いたのはラジオでしたが、この「雨の街を」と「ベルベット・イースター」を聴いたとき、今までにない音使いに心を奪われました。

ちょうどそんな頃、友人とデュオを組んでフォークサークルに入って活動し始めた頃で、かなり影響を受けましたね。元々フォークの曲調がそれほど好きではなかったので、私はいわゆるニューミュージックへと

傾いていき、フォークが好きだった友人とは合わなくなって活動は自然消滅となりました。でも今思うとなんか懐かしいな。

 

挙げた5曲はどれも私の青春時代の終わりごろの曲。

結婚してからはユーミンから、というより音楽全般から離れた感じがありますが、いつまで経ってもユーミンは大好きなアーティストのひとり。

どの曲も、歌詞がまるでドラマや小説のようだなと思います。ユーミンの曲にトリビュートした小説も出ているようですが、わざわざ小説にしなくても既に完成されているのにな、なんて思ってしまいます。

で、このCD。まだ聴いていません。手に入れただけでほっとしていちゃもったいないから、さっさと聴かなくちゃ!


みなぎるパワー、ってこのこと

2022-05-19 06:02:04 | Art&Mujic

昨日の朝起きたときには、正直「めんどくさい・・・・・・」と思いました。何がって、出かけるのが。

ひとりで出かけるので、やめようと思えばやめてもよかったけれど、ここでやめたらこの先引きこもり老人になりかねない、とも思ったので、重いお尻を上げて出かけたのがこちら。

                   

美術館の看板を撮ってくればよかったなと、後で気づいたけど時すでに遅し。

つい最近まで全く知らなかったこのシスコさんですが、たまたまEテレの「日曜美術館」で取り上げていたのを見て、これは実物が見たい!と強く思ったわけで。

名古屋ではなかったものの、電車でひょいと行ける岐阜だったこともあって、番組を見たときから行く予定に入れていました。

会期末までまだまだあるけれど、ちょっとでも気温が低いうちに・・・と思って出かけたら、28℃とかいう高めの気温予想。

なにしろ不整脈が発覚してから、そこまで気温が高くなったこともなかったし、隣の県とはいえひとりで出かけることに若干の不安がないわけでもなく。

ただ、ドクターも気にするなと言っていたし。来月あたりには京都へ出かけたいとも思っているので、まず足慣らし?を兼ねて出かけました。

 

名鉄電車で岐阜まで、そこから路線バスに乗って15分ほどで岐阜県美術館に到着。途中、生活道路のような狭い道をバスが通るのに驚きました。今までに2度ほど行ったことがあるのだけれど

そのときはJRで西岐阜まで出て、そこから15分ほど歩いたんです。今日は暑いこともあって、事前にバスの時間などを調べて、一番楽で効率のよい方法で。

美術館の建物に入ると、あまり人影もなく。

すると係のおねえさんが小走りでやってきたので何事かと思ったら、日傘を外の傘置き場に置いてくださいとの注意喚起でした。うっかりしました。家を出るときには外に置いておかなくては

と思っていたのに。今日は折りたたみ傘じゃなかったんです。

改めてチケットを購入して会場に入ると、あれ?結構人がいるんだ。

いずれも私のようなシニアがほとんど。まぁ平日の昼間はそんなところが多いですが、予想よりうんと多くの来場者。

そして、作品から溢れる迫力というかエネルギーというか。

どちらかというと大きい作品が多いのだけれど、そこに描きたいものがみっちりと高密度で描かれています。色も鮮やかで、あまり混色していないような。

描きたいとなったら、何にでも描くようで、包装紙や板、段ボールにまで描いていたのには本当にびっくり。それとお酒のガラス瓶。小さなものはご飯をよそうしゃもじの、裏と表両方に

描いてあったり。

 

シスコさんは私の母親より7歳年上の、大正2年生まれ。

そのくらいの生まれの人が、それも女性が絵を描きたいと思っても、なかなか許されるものではなかったはずで、彼女が絵を本格的に描き始めたのは50歳を過ぎてから。

描きたいという熱量が絵からほとばしる感じで、あまりじっくり見ていると頭がクラクラしそうなほど。色使いが激しいということや、みっちりと描き込まれた画面のせいもあるでしょうけど。

シスコさんの絵から私も力を貰った、というより、発破をかけられたように感じます。60代半ばなんだもの、まだまだやらなくちゃね。

所蔵品展示では、名古屋生まれのキシオ・ムラタという画家の絵に一目惚れ。

全く知らない画家でしたが、渋い色合いの中にきれいな色がところどころ散りばめられているところが魅力的。抽象画なので、タイトルを見ても?だったりするものが多かったけれど、

そこは想像力を働かせて見るのが楽しい。

メキシコで主に活動していたようで、同じような画家に愛知出身の北川民次がいて、そちらのほうが知名度が高いような気がしますが、よい出合いが出来ました。

 

外出中には全く起きなかった不整脈ですが、夕方からまた度々症状が。黄昏時、って言ってもまだ充分明るい時間帯だけど、そんな時間帯に出没?するのが決まりになっているような。

最初に気づいたのもやっぱり夕方でした。そんなふうに、体調を自分で観察して、どんなときに起きやすいのかなど把握しておくといいのかなと思います。