自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★京アニ事件の「実名報道」でメディアが問われたこと

2023年09月05日 | ⇒メディア時評

   2019年7月18日に起きたアニメ制作会社「京都アニメーション」への放火で死者36人・負傷者32人を出した、いわゆる「京アニ事件」。殺人などの罪で起訴された被告の裁判員裁判がきょう5日始まる。事件が起きたこの年、金沢大学の授業で「ジャーナリズム論」を講義していて、ゲストで招いた新聞記者やテレビ番組の制作者、そして学生たちと「京アニ事件」について議論を交わした。そこで浮かび上がったのはメディアの取材手法についてだった。

   学生たちがジャーナリストに質問したのは「実名報道」についてだった。京アニの亡くなった36人の氏名について、京都府警は8月2日に10人の実名による身元を公表し、同月27日に25人、その後10月11日にさらに1人の身元を公表した。警察側の判断では、葬儀の終了が公表の目安だった。

   府警は同時に「犠牲になった35人の遺族のうち21人は実名公表拒否、14人は承諾の意向だった」(2019年9月10日付・朝日新聞Web版)と説明した。拒否の主な理由は「メディアの取材で暮らしが脅かされるから」だった。遺族側が警戒しているのはメディアという現実が浮かび上がった。

   警察側の身元の公表を受けて、メディア各社は実名を報道した。さらに、現場記者は被害者側のコメントを求め取材に入った。朝刊各紙には「亡くなった方々」として、実名だけでなく、年齢、住所(区、市まで)、そして顔写真もつけている。その写真は、アニメ作品の公式ツイッターやユーチューブからの引用だった。遺族から提供を受けたものもあった。

   学生たちの意見が相次いだ。「被害者遺族にさらなる苦痛を与える取材はやめるべき」や「実名か匿名かは遺族の意向が最優先されるべき」、「いまのマスコミは加害者の名前を報道することには慎重になっているが、被害者の名前は当たり前にように軽く報道している感じがする」と辛口のコメントだった。さらに、「被害者の実名報道が遺族に対するメディアスクラム(集団的過熱取材)の原因ではないか。被害者遺族への取材や実名報道にこだわる理由がわからない」と手厳しかった。

   メディアとすれば、実名報道は報道の信憑性を高めるために要件だろう。さらに、遺族からコメントをもらことも必要だろう。ただ、記者が玄関のドアホンを鳴らしただけで、生活を脅かされたと敏感に感じる遺族もいる。学生の意見に対し、ジャーナリストの一人は「現場記者として報道の基本を守れば、遺族への取材はどうしても必然になる。この矛盾をどう正せばよいのか迷っている」と。メディアスクラム問題については、新聞とテレビの各1社を選び、代表社が遺族に取材の意向を尋ね、了解が得られれば取材する形式が多くなっているとの説明だった。

   自身もかつて報道現場に携わった経験を持つ。そして今、読者・視聴者の一人としての立場からすると、やはり実名であることが記事内容の真実性が伝わる。ただ、被害者や遺族へのコメントが必須かどうか。警察の捜査で事件の状況が理解できれば、被害者側の心情は察するに余りあるものだ。ケースバイケースだが、被害者側のコメントはなくてもよい。顔写真もなくてもよい。

⇒5日(火)午前・金沢の天気   くもり


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