自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆中国との未来関係

2010年10月31日 | ⇒トピック往来
 先日、医学部の教授と話してして、「新型うつ病」という言葉を初めて聞いた。かつてのうつ病は攻撃が内側に向かうことが多く、自分を責めるというカタチで現れたが、最近の新型うつ病は攻撃が外に向かっているのが特徴という。若い人たちに多いらしい。たとえば、「オレがこうなったのはアイツのせいだ」と執拗に攻撃するのだという。性格障害とも言うらしい。

  その話を聞いて、こんなニュースが気になった。東南アジア諸国連合(ASEAN)会議出席のためにベトナムを訪問した菅直人・温家宝首相の会談を中国側が拒否したことについて、中国側外交部が「日本側はASEANの会議期間中に、中国の主権の領土の完備性を侵犯する発言を、メディアを通じてまき散らし、両国の首脳が意思疎通をする雰囲気をぶち壊した。その結果は日本側がすべて責任を負わねばならない」と述べたという。

 また、関連して、「日本側はASEANの会議期間中、メディアを通じて、中国の主権を侵犯する発言を、まき散らしつづけた。日本の外交責任者は、釣魚島(尖閣諸島)の問題をあおりたてた」、さらに「両国首脳がハノイで会談する雰囲気をぶち壊した。その結果、発生した責任は日本側にある」と中国側が主張したという。この言葉を聞いて、冒頭の性格障害をイメージした。アイツが悪いと断言しているのである。これは国としての外交的な言葉なのだろうか。

 おそらく、日本人にとって一連のメディア報道で、中国は「傍若無人」という思いを印象づけたと思う。このままで日本と中国との経済、外交分野での「未来関係」は成立するのだろうか、といぶかる人も多いのではないだろうか。

 「中華思想」という言葉を思い出す。いまの中国の外交姿勢は昔と変わらないのはないか。かつて、福沢諭吉が「脱亜論」を唱えた。専制的なアジアの政治制度に限界を感じて見限った。彼は言った。「悪友を親しむ者は、共に悪名を免かる可らず。我れは心に於いて亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」(鈴木隆敏著『新聞人福澤諭吉に学ぶ』)。当時の日本は民主国家ではなかったが、それでも中国などアジアの近隣国の政治体制は古臭く、嫌気を感じたのだろう。中華思想の悪臭を、現代の日本人も感じ始めている。

 日本のメディアの論調は、すでに中国との関係性を見切っているようにも思える。ベトナム政府が予定している原子力発電所建設計画について、日本が「協力パートナー」とすることで合意し、日本の受注が事実上決まったと大々的に報じた。日本が新興国で原発建設を受注するのは初めて。さらに、省エネ家電などの部品に不可欠なレアアース(希土類)についても共同開発で合意した。経済面の記事として、「中国依存」から脱却を図る論調がこれからも頻繁になっていくのでははないだろうか。

 だからかと言って、癖の強い隣人との関係を絶つわけにはいかない。今後のどうつきあえばよいのか、ある意味で本当の外交がこれから始まる。

⇒31日(日)夜・金沢の天気  あめ

 
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★COP10の風~下~

2010年10月26日 | ⇒トピック往来
 それでは、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で金沢大学はどのようにかかわったのか、プログラムを中心に紹介する。まず、サブイベントへの出席で際立ったことが2つ。日本の里山をモデルに人と自然の共生を目指す国際組織「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)」の発足式典が19日開かれ、金沢大学から中村浩二教授、中山節子特任助教が出席した。里山イニシアティブは生態系を守りながら漁業や農業の営みを続ける「持続可能な利用」という概念であり、今後、生態系保全を考える上で世界共通の基本認識となる見込み。中村教授は「海外の研究者を能登に招いて、能登で育まれた里山保全のノウハウを途上国にも伝えたい」と席上抱負を述べた。

        金沢大学はどうかかわったのか

 もう一つのサブイベント。国連大学高等研究所などが中心になって、研究者や行政担当者ら200人が携わった研究「日本の里山・里海評価(JSSA)」の成果報告会が22日に開催された=写真・上=。評価の中核を担う「科学評価パネル」の共同議長を務める中村教授が総括発言を行った。2007年にスタートしたJSSAは過去50年の国内の里山里海をテーマに自然がもたらす生態系サービス(恩恵)の変化を調べたもので、日本人の思い入れが深い里山里海について、初めて科学的な分析でまとめられたことになる。評価は、従来の研究や数値データを集約する手法で、里山や里海の荒廃と生態系サービスの劣化が日本各地で広がっている状況が裏づけられました。総括の中で、中村教授は「今後10年間の研究プログラムを組み、政策提言することが必要」と述べた。

 次にブース展開。石川県・国際生物多様性年クロージングイベント開催実行委員会のブースで「金沢大学の日」(21日、22日)を設け、里山里海プロジェクト(代表・中村教授)の取り組みをPRした=写真・中=。ブースでは、プロジェクトの「能登里山マイスター」養成プログラムや里山里海アクティビティ、里山里海自然学校、角間の里山自然学校、いきものマイスター養成講座などを円形写真を使って紹介。見学者へのノベルティでつくった「能登ゴマ」が人気だった。演出は、輪島市在住のデザイナーの萩野由紀さんに協力いただいた。

 COP10公認の「石川エクスカーション」が23日と24日の2日間の日程で開催された。石川県の自然の魅力や保全の努力をアピールしようと石川県が企画、金沢大学が支援した。参加したのは、世界17カ国の研究者や環境NGO(非政府組織)メンバーら約50人。能登町の長龍寺本堂で行われた里山里海セミナーでは中村教授が金沢大学の能登半島での取り組みを紹介した。参加者から、どのような仕組みで大学と地域が連携するのかについて質問も。地元の地域起こしの組織「春蘭の里実行委員会」のメンバーが手入れしたアカマツ林のキノコ山を見学した。少々旬は過ぎていたが、見事なサマツがあちこちに。昼食では地元の人々たちの心尽くしの山菜料理を味わった。赤御膳が外国人には珍しく、会話が弾んだ=写真・下=。

 バスでの別れ際、お世話いただた地元の人たちが続々と集まって、参加者に手を振った。日本人の目線からすると、人情が厚い人たちなのだ。情の厚さは、自然へのまなざしにも通じる。これが自然と共生する能登の人々の姿である。

⇒26日(火)夜・金沢の天気   くもり
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☆COP10の風~中~

2010年10月25日 | ⇒トピック往来
 COP10の日本政府系サイドイベント「ダイナミックな大地に生きる~急峻な山地から外洋まで~」に出席した。防災と生態系保全の観点からのワークショップだった。興味深かったのは、暴れ川として知られる木曽川の山地流域に残る「土砂災害伝承」だった。

      国際版「生類憐みの令」なのか

 地元に残る言葉に「四刻八刻十二刻」がある。これは大雨が降った際に木曽三川に洪水が到達する予測時間のこと。揖斐川は四刻(8時間)、長良川は八刻(16時間)、木曽川は十二刻(24時間)で洪水が到達することを意味している。流域住民が水害に対して敏感であったことが実に良く分かる。

 以下はワークショップの後で岐阜出身者から聞いた話。江戸時代の宝暦3年(1753)、幕府は薩摩藩に対し尾張藩の木曽三川分流の工事を命じた。外様の大藩の経済力を削ぐのが狙いで、「御手伝い普請」といわれた。薩摩藩は1年かけ、長良川と揖斐川の分流工事を行った。ところが、工事に駆り出された薩摩藩士には重い労働で、しかも、幕府の厳しい監視下で多くの藩士が切腹したり病死した。なんとか、長良川・揖斐川の分流工事は完成した。しかし、工事の総監督として派遣された総奉行は薩摩藩に多大な負債と多くの藩士を死なせた責めを一身に負い、完成後に自刃した。岐阜の地元では、奉行は治水神社にまつられ、薩摩藩士の遺徳を慕っている。しかし、この一件は後に、薩摩藩を倒幕に走らせる遠因ともなったといわれている。

 印象に残る言葉もあった。土砂災害伝承のいくつかを披露した(財)妻籠を愛する会の理事長、小林俊彦氏の「生物多様性条約というのは国際版生類憐みの令だね」の言葉だ。言い得て妙である。「生類憐みの令」は五代将軍・綱吉が動物愛護を主旨とする60以上の諸政策、法令のこと。綱吉が「犬公方(いぬくぼう)」と陰口されたように専制的な悪法として定着しているが、その保護対象は「猿」「鳥類」「亀」「蛇」「きりぎりす」「松虫から」「いもり」にまで及んでいたとされる。また、捨て子禁止や行き倒れ人保護といった弱者対策が含まれていたという。

 「生類憐みの令」を現代風に解釈し、動物への愛護のまなざし、種の多様性の保護などと位置づけることもできなくはない。「人権」や「人道」という言葉すらなかった時代に法令として昆虫にまで保護の眼を向けたことは、ある意味で画期的だったのかもしれない。

 ※写真は環境省が出した「生物多様性国家戦略2010」の解説用の冊子。江戸時代の浮世絵師、歌川広重の「名所江戸百景」の一枚。いまの東京都日暮里付近に広がる水田や湿地に働く農夫の姿がタンチョウヅルの目線で描かれている。

⇒25日(月)夜・金沢の天気  くもり
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★COP10の風~上~

2010年10月21日 | ⇒トピック往来
 生物多様性条約第10回締約国会議(CBD/COP10 )が名古屋市で開催されている。ブース会場で21日から始まった「金沢大学の日」の展示を担当するため、20日夜に名古屋入りした。2008年5月にドイツのボンで開催されたCOP9にも参加しており、2度目のチャンスに恵まれた。きょうは展示の合い間を見計らって、名古屋国際会議場で開かれているワークショップやサイドイベントの会場に足を運んだ。
             サンバの迫力

 午前から午後にかけて開かれた「農業と生物多様性を考えるワークショップ」の会場=写真=をのぞいた。農業による開発と生態系保全のバランスをどう取ればよいのか、先進国や途上国の立場から発言が相次いでいた。会場で知り合いの日本人研究者と出会った。水田の生態学者である。「食料自給率が40%そこそこの日本は食料の超輸入国だ。日本は世界から見透かされている」と憤っていた。世界は農業と生態系のあり様を真剣に論じている。ところが、食料を外国に依存し、耕作放棄地が問題になっている日本はこの問題で何を言っても迫力がない、というのだ。「日本の農業をどう立て直すか考えねば」。確かにもどかしさを感じる。

 会場をぐるりと回ると、ポスターやパンフレットがあちこちに積まれ、手にとって見るだけでも楽しい。「食べて考える外来種ワークショップ」というポスターが目についた。日付をみると20日にすでに行われた日本の環境省のサイドイベントだった。このイベントに参加した人に聞くと、会場で「ブラックバスバーガー」が参加者に振る舞われたそうだ。琵琶湖で駆除された外来魚ブラックバスの切り身をフライにして、タルタルソースで味付けしパンではさんだもの。これが結構いける味だった、とか。もちろんワークショップでは、外来種が在来種の生態系を劣化させるなど世界で年数十億ドルの経済損失を引き起こしているなどの問題が話し合われた。

 行き交う人々は国際色豊かだ。午前中、会議場までの道を歩いていると。歌をうたいながら歩く女性3人がいた。サンバの旋律で、「ブラジ~ル、ラララ」と大声で。3人が横切った瞬間に、迫力という圧を感じた。COP10では、2011年からの生態系保全の取り組み指針となる新戦略目標を協議している。ブラジルなどの途上国は「生物多様性の損失を止めるためには、これまでの100倍の資金援助が必要」と先進国側に訴えている。朝の迫力を思うと、紛糾する会議の様子がどれほどか想像に難くない。

⇒21日(木)夜・名古屋の天気  くもり 
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☆ジャーナリズムの現場

2010年10月19日 | ⇒メディア時評
 私は金沢大学の教養科目で「マスメディアと現代を読み解く」「ジャーナリズム論」「いしかわ新情報書府学」の3科目を担当していて、授業はかれこれ5年目になる。授業では、いろいろなゲストスピーカーを招き、報道やメディアの現場を語ってもらったが、今回の講義ほど「生々しさ」を感じたことはなかった。きょう(10月19日)のジャーナリズム論で話していただいた、朝日新聞大阪本社編集局社会エディター、平山長雄氏の講義のことである。

 朝日新聞は、ことし9月21日付の紙面で大阪地検特捜部の主任検事による押収資料改ざん事件をスクープした。この特ダネが評価され、平山氏は今月15日に開かれた第63回新聞大会(東京)で、取材班を代表して新聞協会賞を受賞した。学生は200人、私自身も多少緊張して耳を傾けた。

 一連の事件の発端は、ある意味で当地から始まる。2008年10月6日付けで、印刷会社「ウイルコ」(石川県白山市)が「低料第3種郵便物」割引制度(郵便の障害者割引)を不正利用してダイレクトメールを大量に発送していたことを朝日新聞が報じる。1通120円のDM送料がたった8円になるという障害者団体向け割引郵便制度を悪用し、実態のない団体名義で企業広告が格安で大量発送された事件が明るみとなった。これによって、家電量販店大手などが不正に免れた郵便料は少なくとも220億円以上の巨額な金になる。国税も動き、さらに大阪地検特捜部は2010年2月以降、郵便法違反容疑などで強制捜査に着手した。事件の2幕は舞台が厚生労働省へと移る。割引郵便制度の適用を受けるための、同省から自称障害者団体「凛の会」へ偽の証明書が発行されたことが分かり、特捜部は2009年7月、発行に関与したとして当時の局長や部下、同会の会長らを虚偽有印公文書作成・同行使罪で起訴した。

 ところが、元局長については、関与を捜査段階で認めたとされる元部下らの供述調書が「検事の誘導で作成された」として、ことし9月10日、大阪地裁は無罪判決を下した。そして、同月21日付紙面で、大阪地検特捜部が証拠品として押収したフロッピーディスク(FD)が改ざんされた疑いがあると朝日新聞が報じる。その後、事件を担当した前田恒彦主任検事が証拠隠滅容疑で 、上司の大坪弘道特捜部長、佐賀元明特捜副部長(いずれも当時)が犯人隠避容疑で最高検察庁に逮捕される前代未聞の事態となった。

 一連の事件の概略は以上だ。では、なぜ元局長が無罪となったのか。報道してきた責任として検証しなければならない。さらに、浮かんできたのが主任検事による押収したフロッピーの改ざん疑惑だった。取材記者はすでにこの端緒となる話を7月ごろに聞いていた。元局長無罪の判決を受けて、疑惑を検事に向けて取材しなけらばならない。相手は政治家も逮捕できる検察である。その矛先が新聞社の取材そのものに向いてくる場合も想定され、一歩間違えば、「検察vs朝日新聞社」の対決の構図となる。被告側に返却されていたフロッピーを借りに行った記者に、被告側の弁護士は「検察そのものを取材にあなたは本当に入れるのか」とその覚悟の程を問うた、という。

 こうした伸るか反るか、取材者側のギリギリの判断があったことが淡々と授業では語られた。それが返って、私には臨場感として伝わってきた。最後に平山氏は「権力の監視、チェックこそがジャーナリズムの本来の使命であるということを改めて心に刻んだ」と締めた。ジャーナリズムの現場の重く、そして尊い言葉として響いた。

⇒19日(火)夜・金沢の天気   くもり
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★『里山復権』~下~

2010年10月06日 | ⇒トピック往来

 では、単行本『里山復権~能登からの発信~』(創森社)の出版に携わった一人として、私自身、この本の中で何を言いたかったのか。それはパラダイム・シフト、つまり大きな価値の転換を訴えたかったのだと思う。産業革命以来の大量生産、大量消費の社会・経済構造からの転換を迫られている今日、里山や里海をいかに活用し人々に役立ていくのか、ということだ。

        未来可能な社会を生きていくために

  日本でいったん絶滅した国際保護鳥のトキはかつて能登半島などで「ドォ」と呼ばれていた。田植えのころに田んぼにやってきて、早苗を踏み荒らすとされ、害鳥として農家から目の敵(かたき)にされていた。ドォは、「ドォ、ドォ」と追っ払うときの威嚇の声からその名が付いたとも言われる。米一粒を大切にした時代、トキを田に入れることでさえ許さなかったのであろう。昭和30年代の食料増産の掛け声で、農家の人々は収量を競って、化学肥料や農薬、除草剤を田んぼに入れるようになった。人に追われ、田んぼに生き物がいなくなり、トキは絶滅の道をたどった。

  だが、その発想は逆転した。トキが舞い降りるような田んぼこそ生き物が多様で環境にすぐれ、安心安全な田んぼと評価される。そこから収穫されるお米は「朱鷺の米」(佐渡)に代表されるように高級米ともなる。人は生き物を上手に使って、食料の安心安全の信頼やブランドを醸し出す時代となったのである。農家も生き、トキも生きる、まさに環境配慮がビジネスにつなげられる時代を迎えつつあるのである。

  トキ1羽が能登で羽ばたけば、いろいろな波及効果があると考えられる。環境に優しい農業、あるいは生物多様性、食の安全性、農産物への付加価値をつけることができる。トキが能登で舞うことにより、新たなツーリズムも生まれる可能性もある。そうした能登半島にビジネスチャンスや夢を抱いて、あるいは環境配慮の農業をやりたいと志を抱いて若者がやってくる、そんな能登半島のビジョンが描けるのではないだろうか。そんな時代に突入したのだと思っている。

  里山と里海はこれまで別々に捉えられてきたが、もちろん両者は川と人々の営みを通じてつながっている。自然のネットワークがそこにはあり、陸の環境が悪くなれば、海も汚れることになる。この自然のネットワークの仕組みを解き明かすキーワードは「物質循環」である。海と陸が一体となった食物連鎖がそこには残されている。古くから漁村では、海の生態系と陸の生態系とのつながりを示す言葉として、魚は森に養われているという意味で魚付林(うおつきりん)と呼び慣わされてきた。自然のネットワークは里、川、海で連環しているが、人間のさまざまな営みと構造物によってネットワークは断絶、あるいは歪められてきた。

  陸と川と海がつながっている、この自然のネットワークの仕組みを科学的にもっと分かりやすく解明し、再生することで人間は自然から大きな利益=生態系サービスを得るはずである。また、人々もお互いがステークホルダー(利害関係者)であるとの共通認識ができる。自然のネットワークを人のネットワークづくりの理念として生かせないか、と考えるのである。人々がこれからも持続可能な、あるいは未来可能な社会を生きていくために。

 ⇒6日(水)朝・金沢の天気  くもり

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☆『里山復権』~中~

2010年10月05日 | ⇒トピック往来

 単行本『里山復権~能登からの発信~』(創森社)は、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の開催をめがけて出版された。そこには、条約事務局長アハメド・ジョグラフ氏と能登半島の関わりがあった。

      ジョグラフ条約事務局長が見た能登の里山里海

  2008年5月、ドイツのボンで開催された生物多様性条約第9回締約国会議のハイレベル会議でのことだ。この会議では、「日本の里山里海における生物多様性」をテーマに、生物多様性条約事務長のジョグラフ氏や国連大学高等研究所(UNU-IAS)のA.H.ザクリ所長(当時)のほか、環境省の審議官、石川県と愛知県の知事、名古屋市長らが顔をそろえ、生物多様性を保全するモデルとして里山について言及した。120席余りの会場は人であふれた。COP9全体とすると、遺伝子組み換え技術や、バイオ燃料が生物多様性に及ぼす負の影響を最低限に抑え込むことなどが争点だったが、<SATOYAMA>が国際会議の場で、新しいキーワードとして浮上した感があった。これは、次回COP10の開催国が日本に固まっていたことや、先立って開催されたG8環境大臣会合(神戸)で採択された「生物多様性のための行動の呼びかけ」で、日本が「里山(Satoyama)イニシアティブ」という概念を国際公約として掲げたというタイミングもあった。

  このハイレベル会議でのジョグラフ事務局長の言葉が印象的だった。「人に魚の取り方を教えると取りすぎてしまう。けれども、里山(SATOYAMA)という概念はそれとはまったく異なる」と述べて、人と自然が共存する里山を守ることが、科学への偏った崇拝で失われつつある伝統を尊重する心や、文化的、精神的な価値を守ることにつながると強調した。そのジョグラフ氏が能登半島を訪れたのは、COP9から4ヵ月後の2008年9月のことだった。金沢大学、石川県、能登の自治体が連携して開催した里山里海国際交流フォーラム「能登エコ・スタジアム2008」の催しの一環で開催した1泊2日の里山里海の現地見学にジョグラフ氏の参加が実現したのである。

  輪島の千枚田やキノコの山をスタッフが案内し、人々の生業(なりわい)や里山里海を保全する取り組みについて見聞きし、また、金沢大学が取り組む「能登里山マイスター」養成プログラムにも耳を傾けていただいた。そして、子供たちの環境教育のためにつくられたビオトープ(休耕田を活用)では、自らカメラを構えて撮影した=写真=。翌日は、早朝1時間半も一人で海岸を散策されたという。日程の最後に訪れた「にほんの里100選」の輪島市町野町金蔵(かなくら)地区では、ため池を使った田んぼづくりの見学や、民家を訪ねて人々の暮らしぶりを目の当たりにして、次のようなコメントを得た。

  「(条約事務局がある)モントリオールで日本の里山里海について勉強してきたが、実際に里山里海を訪問し、本物に触れることができとても勉強になった。里山里海は、生き物と農業、そして人の輪が調和して成り立ち、そこには人の努力があることを実感した。生物多様性については、生き物を保護するだけではうまくいかず、人の暮らしと結びついた取り組みが必要であるが、里山里海はまさにそのモデルとなるものであり、このことを世界に向けて発信してほしい」

 このコメントから分かるように、ジョグラフ氏にとって、能登は日本の里山里海をつぶさに見てまわる初めてのチャンスにだったに違いない。

  ジョグラフ氏が能登を訪れた意味合いは大きく2つあったと考えられる。1つは、そこで見た里山里海は「生き物と農業、そして人の輪が調和して成り立つ」一つの社会モデルであった。それは何のモデルかというと、名古屋市で開催される生物多様性条約第10回締約国会議で論議されることになる、「生物多様性の持続可能な利用」のモデルである。平たく言えば、環境保全と人間の社会経済活動(農業や漁業など)の両立を、どのように進めていけばよいのかというイメージをこの能登の視察からつかんだのではなかろうか。

  2つ目は、ジョグラフ氏が「そこには人の努力があることを実感した」と述べたように、キノコ山を手入れする人々や、休耕田をビオトープとして学校教育に生かす教師たち、村内に5つある仏教寺院を長らく守ってきた金蔵地区(人口は160人余り)の人々の姿ではなかったか。金蔵では、「自然と人、農業、文化、宗教が共生していることに感動した」ともジョグラフ氏は述べている。里山里海に生きる人々のモチベーションの高さを見て取ったに違いない。COP9のハイレベル会議でジョグラフ氏が強調した、失われつつある伝統を尊重する心や、文化的、精神的な価値を守る人々の姿を実際に能登で見たのである。

  生物多様性条約事務局長として、COP10を取り仕切ることになるジョグラフ氏はこの能登視察で里山(SATOYAMA)の有り様、そして里山と里海とのつながりを心に深く刻んだに違い。その後、ジョグラフ氏はコウノトリ野生復帰計画を支援する兵庫県豊岡市における農業と環境の取り組みについても視察(2010年3月)するなど、日本各地の里山里海に関心を寄せている。

 ⇒5日(火)夜・金沢の天気  くもり

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★『里山復権』~上~

2010年10月04日 | ⇒トピック往来

 今月中旬から名古屋市で開催される生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)に向けて、一冊の本が出版された。金沢大学「里山里海プロジェクト」の研究代表、中村浩二教授・学長補佐と農業経済学者の嘉田良平教授(総合地球環境学研究所)ら編者となり、複数の研究者らが執筆した単行本『里山復権~能登から発信~』(創森社)である。私も執筆に携わった。本文を少々引用しながら、内容を紹介したい。

     ささやかな夢に計り知れない社会的価値       

  能登半島の先端・珠洲市に「里山里海自然学校」という看板が掲げられて4年あまり、里山里海という言葉がようやく地域内に定着しつつある。当初、里山里海といっても、地域の人々には何を意味するのか、さっぱり理解されなかった。しかし今では、その意味と大切さが地域住民の間にかなり浸透して、広く理解されるようになっているという。おそらくその背景には、「能登里山マイスター」養成プログラムによって、次世代を担う人材が地域の農林漁業の現場に配置され、また常駐研究員たちが地元の人々と共に日常的に汗を流してきたことがあると思われる。

  ところで、能登里山マイスターの三期生と四期生45人の中には、県外からのIターン、Jターン、Uターンの受講生が計13人もいる。能登での人生設計の夢を抱いてやってきた人たちばかりだ。特にIターンやJターンの場合、都会での生活に終止符を打って能登に移住してくるので、その期待度は大きい。もちろん、夢の実現は決して簡単ではなく、現実にはさまざまな壁があるにちがいない。受講生たちの夢がはたして能登で叶えることが可能なのかどうか、実は大問題なのである。

  能登に移住してきた受講生たちの夢は、おしなべて実にささやかである。しかし、その夢を実現したいという熱意は大きく、その取り組み姿勢は受け入れ側を真剣にさせ、地域によい刺激を与える。埼玉県から輪島市の山間部に移住してきた女性は、集落に宿泊施設がないので、自らが住む空き家だった家を「ゲスト・ハウス」として衣替えした。すると、農村調査の学生や棚田の保全ボランティアにやってくる都市住民や一般客が口コミでやってくるようになった。地域社会へのインパクトはすこぶる大きいのだ。

  サカキビジネスを展開する金沢の男性は、農家の耕作放棄地にサカキを植えて栽培し、金沢に出荷する。サカキは摘みやすく、高齢者でも比較的楽な作業である。これはしかも地域資源の有効利用であり、過疎・高齢化で進む耕作放棄地と、お年寄りの労働力に目をつけたビジネスである。地域の実情やニーズにあった、「コミュニティ・ビジネス」といえる。一見、ささやかな夢、小さな事業ではあるが、そこには計り知れない社会的価値が存在するように思われる。

  「よそ者」である彼らには、むしろ客観的に地域の実態や課題がよく見えるらしい。それを自分の夢と合致させながら、自己実現を図ろうとしているのである。もちろん、里山プログラムでは担任スタッフが受講生の相談に応じ、ときには地域連携コーディネーターを交えてアイデアを具体的に提案して試行錯誤が始まる。

  こうしたオーダーメイド型の対応によって、ささやかな夢、小さな事業の第1歩が踏み出されるのであるが、それは地域社会にとっても少なからぬ刺激と勇気が与えられる。『里山復権~能登からの発信~』はこのような事例が詰まっている。

 ⇒4日(月)夜・金沢の天気  はれ

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