自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★金沢大学と世界農業遺産

2014年08月26日 | ⇒キャンパス見聞
  金沢大学里山里海プロジェクト(研究代表:中村浩二特任教授)は1999年の金沢大学角間キャンパスでの「角間の里山自然学校」の開設以来、生物多様性の研究を中心に地域連携による人材養成とさまざまに活動を広げてきた。特に世界農業遺産(GIAHS)「能登の里山里海」の認定にかかわるプロセスや、その後のGIAHSの国際連携についても貢献している。私はこれまで地域連携という立場で里山里海プロジェクトとかかわってきた。このほど、科学技術振興機構(JST)の機関紙『産学官連携ジャ-ナル』(2014年8月号)で、世界農業遺産をめぐるかかわりの経緯についてまとめたものが掲載されたので以下紹介する。

<世界農業遺産について>
世界農業遺産(Globally Important Agricultural Heritage Systems=GIAHS、ジアス)は、2002年に国際連合食糧農業機関(FAO)によって創設された。その背景には、現代農業の生産性偏重が、世界各地で森林破壊や水質汚染等の環境問題や地域の伝統文化や景観、生物多様性などの消失を引き起こしたことへの反省がある。GIAHSは、その土地の環境を生かした伝統的な農業・農法、生物多様性が守られた土地利用、農村文化・農村景観などを「地域システム」として維持し、次世代へ継承していくことを目的としている。

●パルヴィスGIAHS議長の能登視察
2010年6月、国連大学高等研究所(当時)から視察の依頼があり、金沢大学の「能登里山マイスター」養成プログラム(JST「地域再生人材創出拠点の形成」補助事業、2007~11年度)の取り組みを、研究所員や来日している国連食糧農業機関(FAO)の幹部に紹介することになった。プログラムの教員スタッフが、能登半島の先端での里山里海の地域資源を活用する地域人材の養成の仕組み、とくに生物多様性など環境配慮の水田づくりの実習カリキュラムなどについて説明した。すると、その話を聞きながら回覧された水田の昆虫標本をじっとのぞき込んでいたFAOのゲストが質問した=写真・上=。「この虫を採取したのは農家か」「ほかにカエルやヒルやミミズ、貝類の標本はあるのか、見せてほしい」と、熱心に質問をした。その人が世界農業遺産(GIAHS)の創設者であり議長(当時)であったパルヴィス・クーハフカーン氏だったことを知ったのは、その1年後だった。

●北京国際GIAHSフォーラム
2011年6月、北京でGIAHS国際フォーラムが開かれ、パルヴィス氏が議長であった。前年12月に日本から初めて申請した「NOTO's Satoyama and Satoumi(能登の里山里海)」と「SADO's Satoyama in harmony with the Japanese crested ibis(トキと共生する佐渡の里山)」がこの会議で審査された。フォーラムでは能登申請者の代表の武元文平七尾市長(当時)、高野宏一郎佐渡市長(同)が、それぞれ英語で15分ほど申請趣旨をプレゼンした。これに先だち、FAOの依頼により中村浩二教授(金沢大学、「能登里山マイスター」養成プログラム研究代表)が能登における里山里海の人材養成について発表した。その後のGIAHS運営委員会で、日本初(先進国としても初)の2件が認定された。パルヴィス氏はコメントで「生物多様性と農業に取り組む人材養成を大学とともに実施している能登は評価に値する」と述べた。

●人材育成による地域再生
能登の自然と文化はGIAHS認定されるほどすぐれているが、過疎化・高齢化の波は非常にきびしい。国際的な評価を背景に、能登では持続可能な農林水産業の人材育成こそが地域再生につながると、「能登里山マイスター」養成プログラムの事業継続が要望され、2012年10月から能登の自治体と大学の共同出資による「能登里山里海マイスター育成プログラム」が新スタートした。2013年3月には自治体と大学が共催し、パルヴィス氏を招いて「GIAHS国際セミナー」を能登で開催した。環境に配慮した農林業の新たなビジネスに取り組むマイスター修了生たちの発表に耳を傾け、一人ひとりにコメントしたパルヴィス氏は「ぜひマイスターのみなさんにはGIAHS大使として、世界に意義を広めてほしい」と期待を込めた。

●イフガオ棚田GIAHSとの連携
2013年5月、能登半島・七尾市でGIAHS国際フォーラムが開催され、日本から「静岡の茶草場農法」、「阿蘇の草原の維持と持続的農業」(熊本県)、「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」(大分県)の3件が新認定されたほか、GIAHS国際フォーラムとしては初めて、コミュニケ(共同声明)が採択された。その5項目のひとつに「先進国と途上国のGIAHSサイトの連携(Twinning)」が掲げられた。これを実行に移すため、金沢大学が7年間、能登半島で培ってきた里山の人材養成のノウハウをフィリピン・ルソン島のイフガオ棚田(FAO世界農業遺産、ユネスコ世界文化遺産)の人材養成に活かすプロジェクトが、JICA国際協力機構の草の根技術協力事業(地域経済活性化特別枠)として採択された(2013~15年度)。この促進のために能登と佐渡の自治体を中心とした「日本イフガオGIAHS支援協議会」をことし3月発足させた。現地のイフガオ里山マイスター養成プログラムの受講生たちは現在20人=写真・下=。9月後半には研修のため能登半島にやってくる。GIAHSをテーマにした新たな国際連携が始まっている。

⇒26日(火)朝・金沢の天気   あめ
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☆報道姿勢

2014年08月13日 | ⇒メディア時評
  前回のコラムの続きである。けさの新聞各紙で、今月5日に自ら命を絶った、理化学研究所の笹井芳樹氏の家族の代理人の弁護士が12日夜、大阪市内で記者会見を開いて、家族に宛てた笹井氏の遺書の内容を明らかにした、と報じている。では、NHKはどのように報じているのかとホームページを検索した。以下本文を引用する。

  「記者会見した中村和洋弁護士によりますと、家族に宛てた遺書には、今までありがとうという感謝のことばと、先立つことについて申し訳ないというおわびのことばが書かれていたということです。また、みずから命を絶ったことについて、『マスコミなどからの不当なバッシング、理研やラボへの責任から疲れ切ってしまった』ということが記されていたということです。」

  さらに末尾ではこう伝えている。「会見した中村弁護士は、『家族の話では笹井氏はSTAP細胞の論文の問題が指摘された3月ごろから心労を感じていた。特に心理的に落ち込んだのが、6月に改革委員会が組織(笹井氏が副センター長を務めていた発生・再生科学総合研究センター)の解体を提言した時で、そのころから精神的につらい状況に追い込まれ、今回の自殺につながった』と述べました。」

  このNHKニュースを読んでの印象はこうだ。「笹井氏の自殺の原因は、メディアなどからのバッシングもさることながら、6月に改革委員会が組織の解体を提言したことによるショックが直接の原因だ」と言っているようにも取れる。文章の運びが、バッシングをした側の責任を逃げている印象を与えるのだ。

  きょうの朝日新聞の記事はこうだ。以下引用する。「笹井芳樹副センター長の遺族が12日、代理人の弁護士を通じて、『深い悲しみとショックで押しつぶされそうです。今は絶望しか見えません』とのコメントを発表した。コメントでは、理研の研究者や職員に対して『皆様の動揺を思うと胸がつぶれるほどつらいです。今は一日も早く研究・業務に専念できる環境が戻ることを切に願うばかりです』と心情がつづられていた。会見した中村和洋弁護士によると、妻と兄宛ての遺書2通が自宅にあり、『今までありがとう』『先立つことについて申し訳ない』などと書かれてあった。ほかにも『マスコミなどからの不当なバッシング、理研やラボへの責任から疲れ切ってしまった』などと記載されていたという。」

  以上の朝日新聞の文章の運びでは、「マスコミなどからの不当なバッシング」を後尾に持ってきているので、読んだ印象は「メディアからのバッシングで相当気が滅入っていたのだろう」と感じる。もちろん、テレビと新聞の書きぶりは違うし、中日新聞の記事もどちらかというとNHKと同じく、発生・再生科学総合研究センターの解体提言が直接の原因ではないかとの印象を与える記事構成になっている。

  きょうのブログで言いたかったことは、メディアの各社の書きぶりの違いではない。遺書に「マスコミなどからの不当なバッシング」と書かれ、それが公開されたのではあれば、笹井氏を追い詰めた一連の報道を検証することもメディアの報道姿勢ではないだろうか。とくに、NHKの場合、番組「STAP細胞不正の深層」(7月27日放送)の事前取材(同月23日)で小保方氏への不適切な取材行為があり、放送後の8月5日朝、笹井氏が自殺した。この事件に関心を寄せる視聴者の多くは、これは単なる偶然ではなく、NHKの番組が笹井氏を自ら死へと追む、一つの引き金になったのではないかとの印象を持っているのではないだろうか。

⇒13日(水)朝・金沢の天気   はれ

  
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★報道被害

2014年08月06日 | ⇒メディア時評
  金沢大学の共通教育授業で「マスメディアと現代を読み解く」の科目を担当している。課題リポートで「あなたがジャーナリストになったとして、インタビューしたい人物を一人あげてください。そして、あなたが何故その人物を選んだのか、理由を簡潔に書いたうえで、その趣旨に沿うような相手への質問3点をあげてください」と設問した。

  リポートを提出した200人の学生がインタビューしたい相手として選ばれたトップは小保方晴子さん(「STAP細胞」研究者)。24人の学生が選んだ。主な質問は「STAP細胞の再検証実験により、STAP細胞の存在を証明する自信はありますか」というものだった。2番目に多かったのが、安倍晋三・総理大臣の23人。主な質問は「集団的自衛権の行使を憲法改正ではなく憲法解釈により容認した理由は」。3番目がサッカー選手の本田圭祐氏。主な質問は「優勝を目標に掲げて挑んだ今回のW杯の結果についての感想は」というものだった。学生のインタビューの相手は時代の世相を反映している。ちなみに、あの泣きの野々村竜太郎・元兵庫県議には8人の学生がインタビューを望んだ。

  2010年12月の課題リポートでも同じように、インタビューしたい相手を書いてもらった。4年前である。この時は188人の学生から回答を得た。1位が野球選手のイチローだった。主な質問は「どうしたらプレッシャーに打ち勝つことができますか」「セコイという質問にどう答えますか」だった。このセコイというのは外国人の眼で、内野安打を確実に稼いでいくイチローの野球に対して、ホームランの一発を期待する海外のファンの見立てをそのまま質問にしたのだろう。冒頭の課題リポートは7月下旬に提出してもらった。その後、予期せぬことが起きた。

  NHKスペシャル「STAP細胞不正の深層」(7月27日放送)の事前取材(同月23日)で、小保方氏を追いかけ、全治2週間のケガを負わせたと報道された。さらに、放送の9日後の8月5日朝、小保方氏の研究指導の中心メンバーだった理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長、笹井芳樹氏(52)が自殺した。NHK番組は、笹井氏が小保方氏の実験の不備を把握していたのに、それを怠ったのではないかとする内容の、責任追及もしていた。また、笹井氏と小保方氏の2人が交わしたメールの文章を読む声がなんともに2人の「特別な関係」の雰囲気を与える印象だった。

  NHKスペシャルの取材班としては、どうしても小保方氏のインタビュー(肉声)を撮りたかったのだろう。そして、ホテルに駆け込んだ小保方氏を逃がすまいと記者・カメラマンを含め4、5人で囲んだのだろうことは想像に難くない。事件を報道した新聞・テレビのニュースを読み比べると、「そこまで追い詰める必要はあったのか」との論調が多い。小保方氏にとっては、ケガをしたのだから「報道被害」ではある。今、学生たちに同じインタビューをしたい相手は誰かと尋ねれば、おそらく「NHKスペシャルのプロデューサー」だろう。その質問の趣旨は「そこまで小保方さんを追い詰め、どんなインタビューの返事を期待したのか」ではないだろうか。

⇒6日(水)夜・金沢の天気  くもり

  

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