自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆ファンドマネージャー

2015年08月23日 | ⇒トピック往来
   ことし5月11日に放送されたNHK番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」にファンドメネージャーとした出演した新井和宏氏(鎌倉投信株式会社資産運用部長)。ある意味で硬派な、この番組に金融関係者が主役になるのは珍しい。金融というと、経済状況がよいときは盛んに投資を勧め、悪くなるとさっと逃げてしまうという、怪しい印象がある。昨日(22日)金沢大学での講演会(「NPO法人角間里山みらい」など主催)で初めて新井氏の話に耳を傾けて、「この人は逃げない」と思った。

   番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」では、慈善家的なファンドマネージャーとして描かれていたが、講演ではその話しぶりからプロとしての人柄がにじんでいた。数兆円を運用していたそれまでの資産運用会社を体調を崩して辞め、7年前に仲間3人とともに金融ベンチャーを立ち上げた。鎌倉にある古民家を4人で修復して、オフィスとしている。現在8千人の投資家から140億円を託されている。資産運用部長として新井氏が株式を通じて投資しているのは46社だ。ツムラやヤマトといった大手企業から、赤字や非上場の中小零細まで新井氏が「いい会社」を発掘して、その全てに同じ金額を長期で投資している。ある1社の株が暴落しても、ダメージを受けないようにする、リスクヘッジでもある。

   どのような方法で「いい会社」を探すのか。講演の休憩の合間に、名刺交換をさせていただいたが、その名刺にヒントがあった。点字付きなのだ。新井氏がこだわっているのは、社会的に意義があるなど、その事業に心から共感しないと、投資先にはしない。そして、その候補先の真価を見極めるため、社員面談を欠かさない。会社が苦境に陥ったとき、社員が踏ん張れるかどうか、その見極めは「社員の仕事に対する気持ちだ」と新井氏は強調した。社員と直接会うために、その社員が視覚障碍者であっても面談して、会社に対する気持ちを聞く。そのための点字入りの名刺だ。

   新井氏は、著書「投資は『きれいごと』で成功する」(ダイヤモンド社)でこう書いている。「人間には、健常者もいれば障碍者もいる。でもその区分けは、とても微妙だとも思います。たとえば、知的障碍者は、物事を処理するのに時間がかかります。でも、健常者との違いはそれだけ、とも言えます。」と述べて、エフピコを事例を紹介している。広島県福山市に本社がある同社は食品トレーや弁当・総菜容器最大手で、障害者雇用率は16.10%、人数にして369人(「CSR企業総覧」2014年版)。障碍者は、回収した使用済み容器の選別工場、折箱容器の生産工場を中心に、全国21カ所の事業所で雇用されている。単純作業と見えるかもしれないが、黙々と達成感をもって仕事をする彼らこその現場の戦略となっている。慈善やCSRで障碍者を雇うのではなく、「本当に彼らを活かせる会社は、『時間がかかる』を『粘り強い』と読みかえ、能力が最大化される場を見つけて配置します。そして自分の場所を見つけたら、人はキラキラと目を輝かせて働きます。」(「投資は『きれいごと』で成功する」)

   話はまた番組に戻る。番組の後半に、フェアトレードの代表者と新井氏が話し合う場面がある。代表が「融資というかたちで私たちの活動に参加して欲しい」と訴える。が、新井氏はそれに対しては返事をしない。もし、新井氏が視線が支援途上国の人たちの支援にあれば、おそらく「イエス」だろう。でも、新井氏はファンドマネージャーだ、当然、投資家に目線がある。社会的に意義のある団体や企業に投資することと、ボランティア団体への募金を一緒にしてはならない。ファンドマネージャーはあくまで投資対象の企業価値を見ている。投資家を慈善家にしてはならない。そんな厳然とした意志が見えた場面だった。

※写真は後援会のチラシ

⇒28日(日)朝・金沢の天気   はれ

  
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★中国の爆発と記者会見

2015年08月14日 | ⇒メディア時評
   中国・天津市で、13日未明に起きた大規模な爆発は日本のテレビでも大々的に報道されている。すさまじい爆破だったと察する。報じられた気象衛星「ひまわり8号」の撮影による地球上空の画像でも、天津の爆発がはっきり見えている。現場から500㍍離れた地点で、24時間余りたった今も、黒煙が上がっている。

   こうした事故の様子、たとえば死者や負傷者の数は日本の場合、消防当局がその都度記者会見して発表する。中国でもこの天津の爆発に関して13日午後に会見した、と日本のテレビが伝えている。それによると、これまでに44人が死亡し、けが人は521人にのぼっているとの発表だった。爆風で広範囲のマンションなどに被害が出ていて、住民3500人ほどが避難しているという。

   注目したのは44人の死者の内訳だった。44人の死亡者のうち、12人が消防士という。消防士は爆発の後に現場にやってきて、消火や救助活動に当たる。そうした消防士の12人が亡くなったということは、住民の被害は相当に大きいと想像する。2001年9月11日のニューヨーク市での同時多発テロでの犠牲者3025人のうち、消防士は343人といわれている。災害現場に入る救助活動のプロでもこれだけの命を落としている。救助側の犠牲が大きいということは、住民側の犠牲者もまた相当に大きいと察する。

   問題は会見の発表内容だ。当局はどんな化学物質が爆発現場の倉庫に保管してあり、爆発したのかは明らかにせず、会見は打ち切られたという。そして、防護服を着た消防隊が、砂の混じった消火剤をまくなどして、対応にあたっていることだ。つまり、化学物質が特定できないので、消火の対応に決め手がなく、とりあえず砂をまいているという風にも解釈できる。これが日本で起きた事故だったら、メディアは「場渡り的な対応」と消防当局に批難を集中させるだろう。

   願うのは、被害の大きさ(死者や負傷者数、家屋の倒壊数など)の事故原因を解明してほしいということだ。2011年7月に起きた中国・温州市での鉄道衝突脱線事故では死者40人(中国政府発表)とされたものの、事故原因の徹底究明がなされないまま、車両が現場の高架下に埋められたとの一件が記憶に生々しい。今回の爆発事故では、記者会見を一回限りで打ち切ることなく、その都度開催して事故の真相を明らかにしてほしいと願う。当局のそうした真摯な態度が、中国への信頼を回復させるきっかけとなると考えるからだ。

⇒14日(金)朝・金沢の天気   あめ
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☆夏安居(げあんご)

2015年08月10日 | ⇒ドキュメント回廊
    今回も庭での話。先日、草むしりをしていて、夏安居(げあんご)という言葉を思い出した。30度を超す暑さの中、地面と向きあい、手を動かしていると、頭の中で湯気が湧き立つような不快感がよぎって、家に入った。汗びっしょりで、シャワーを浴びても、腕から汗がたらたらと落ちた。もし、変に頑張っていたら熱中症で倒れて病院行きだったかもしれない…。「夏安居とはよく言ったものだ。夏は家の中にいるのが一番」とつい言葉が出た。

  夏安居は仏教用語。インドの夏は雨期で、仏教僧がその間外出すると草木虫などを踏み殺すおそれがあるとして寺などにこもって修行したことに始まる(三省堂「大辞林」)。雨安居(うあんご)という言葉もある。もう少し解説すると、夏は動植物たちの営みが盛んな季節なので、そんな草原や山中に人間が入ってもろくなことがない。だから夏は寺に戻り、修行をするのがよい、という意味だろう。

  仏教は頭の中でつくり上げたイマジネーションなどではなく、山の暮らしの中で動植物の観察の中から、自然と人がどう共存するかという知恵のようなもの。修行僧が山にこもるのも、自然から教えを請うためだ。ところが、夏は動物や虫たちの動きが活発になるので、刺されたり、噛まれたり、暑さで体調を崩したりするので無視しない、寺に戻り修行せよということになる。いわば経験則だ。

   現代風に言えば、熱中症が怖いので、外出は避け、家のエアコンで涼んで酷暑が去るのを待とう、それが自分なりの「夏安居」の解釈だ。還暦を過ぎて何事も無理しないという勝手解釈でもある。夏安居、なんて奥深く、使い勝手がよく、有難い言葉であることか。草むしりやをやめて、エアコンの効いた室内から庭を眺めながら、ウイスキーの水割りを飲んで、ついうとうとしてしまった。外気温は33度だった。

⇒10日(月)朝・金沢の天気    はれ
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★金沢の「透かし」剪定

2015年08月08日 | ⇒ノウハウ検証

  先日、夏恒例の庭木の刈り込み(剪定)をいつもの造園業者にお願いした。若手の庭師4人が2日がかりで作業をしてくれた。すると不思議なもので、庭だけでなく、お願いしたこちらも心がすっきりとするのだ。

  庭木は自然に任せると、3、4ヵ月で枝が込み入り、葉が繁り放題になる。庭木として形状を保つためには、刈り込みが欠かせない。剪定によって樹木の内側まで光があたるようになるため、樹木が丈夫に育つともいわれる。また、特定の庭木だけではなく、全体の刈り込みで庭の調和をはかる。2日間はどうしても必要な作業日程なのだ。

  たとえば、生垣。刈り込むことにより芽を詰まらせて、街路からの目隠しとしての役割を果たす。庭木は、形状を整え、樹木が有する本来の美しさを保つ。もう一つの剪定の効果は、刈り込みで病害虫を防ぐことである。日当たりや風通しを良くすることで、害虫をつきにくくするのだ。というのも、庭木への害虫には、葉を食う毛虫類や、幹に穴をあける害虫などがあり、多くは葉の裏に潜んでいたりする。こうした刈り込み作業を毎年夏のお盆前ごころに依頼している。

  ある造園業者の方と話していたら、面白い話を聞いた。「金沢では、庭木をいじめ限界にまで刈り込む昔からの伝統がある」というのだ。そんなに強く刈り込むと、へたをすると枯れるのではないか」と尋ねると、「むしろ、きれいな花を咲かせる」という。それを、金沢では「透かし」と言って、枝が重なり合っている部分の、不要な枝をとことん切り落として透かし、内部まで風が通るようにする。これは、上記の害虫対策だけでなく、べったりと重い金沢の積雪から庭木の枝を守るための知恵なのだという。

  ただ枝葉を剪定するのではなく、庭木への積雪をイメージ(意識)して、剪定を行うということに金沢の庭職人の心得や技というものを感じる。「金沢の強刈り込み」「金沢のいじめ剪定」という言い方をする人もいるが、悪い意味はなく、庭木本来の美しい形状を保つための金沢ならでは剪定技巧なのである。積雪から枝を守る「雪吊り」と合わせて考えるると庭木に対する人の奥深い思い入れを感じる。

⇒8日(土)朝・金沢の天気   はれ
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☆天国への階段を守る

2015年08月02日 | ⇒メディア時評

  7月30日のNHK-BS1番組「国際報道2015」で、金沢大学が取り組んでいる、フィリピンのユネスコ世界文化遺産、FAO世界農業遺産の「イフガオの棚田」での人材養成プログラムが紹介された。午後10時40分からのワールド・ラウンジのコーナーで10分ほどの特集だった=写真=。タイトル「〝天国への階段〟を守るために」。7月25日には地上デジタルのNHK「おはよう日本」でも紹介されていて、知人からは「テレビ見たよ」とメールをいただいた。

  このプログラムは、金沢大学がフィリピン・ルソン島イフガオで実施している国際協力機構(JICA)草の根技術協力事業「世界農業遺産(GIAHS)イフガオの棚田の持続的発展のための人材養成プログラムの構築支援事業」(通称:イフガオ里山マイスター養成プログラム)だ。2013年5月、能登で世界農業遺産国際フォーラムが開催され、そのときに能登コミュニケ(共同声明)が採択された。その内容は「先進国と開発途上国の間の認定地域の結びつきを促進する」などの勧告だった。このコミュニケを今後の能登にどう活かせばよいのか。金沢大学里山里海プロジェクトの代表、中村浩二教授と思案をめぐらし、フィリピンのイフガオ棚田との連携を思い立った。

  イフガオの棚田は、ユネスコや国連食糧農業機関(FAO)により国際的に評価を受けているものの、若者の農業離れや都市部への流出により、耕作放棄地の増加が懸念されている。4分の1が耕作放棄地になりつつあるとの指摘もある。地域の生活・文化を守り、継承していく若者も減っている。さらに、絶景で「天国への階段」とも称される棚田が崩れることもままある。そのために、JICAや世界のNGOが懸命になって、地域を支援している。ただ、土地には土地の人の考えがあり、そう簡単ではない。

  実は、同様の課題を有しているのが、能登半島だ。担い手が減り、田んぼを始め、山林や畑、地域の祭り文化も後継者がいないというところが目立っている。若者たちにもう一度地域の価値を理解してもらい、地域をどのように活用すればよいか、そのようなことを考え、実践する人材を育てている。金沢大学が地域の自治体とともに取り組んでいる、「能登里山里海マイスター」育成プログラムがそれだ。もう8年間続け、修了生(マイスター)は107人になった。各地で107人の活動は能登を明るくしていると自負している。

  イフガオの話は金沢大学の中村教授が勝手に進めたのではなく、フィリピン大学の教授たちから、能登の人材養成を取り組みをぜひイフガオで活かしたいとのオファーが中村教授にあり、どうノウハウを移転すればよいか、JICA北陸や同じ世界農業遺産の佐渡の人たちと連携を進めた結果なのだ。

  そのイフガオ里山マイスター養成プログラムが昨年4月に始まり、2年目にしてさまざまな成果が表れてきた。番組で紹介されたマイラ・ワチャイナさん(29)のライス・ワイン。当地では伝統的な酒づくり。大鍋を使って米を火で炒(い)る。こんがりきつね色になるまで炒って、水を入れて炊きく。そこに昔から伝わるイースト菌を入れてバナナの葉でくるみ、5日間発酵させれば出来上がり。イフガオ伝統のティブンと呼ばれるライスワイン。酸味が効いて、甘味があり、確かに日本酒よりもワインに似た味だ。これまでは各家の地酒だった。それを品質を統一して共同出荷することでイフガオブランドの酒として地元のホテルや海外に出荷できないか視野が広がってきた。昨年9月、能登研修で造り酒屋を見学したマイラさんは酒瓶のラベルに注目していた。自作のラベルを考案して、酒瓶に貼って、共同出荷する。もともと有機栽培のイフガオの米はもっと世界に売れてよい、さらにライスワインが売れれば、土地の誇りにもなり、棚田を耕そうとする若者も増える、そうマイラさんは考えているのだ。

     また、有機の水田を活用したドジョウの養殖も番組では紹介された。ライスワインとドジョウ、地道なビジネスかもしれないが地に足をつけた、可能性のあるビジネスだ。

  イフガオ里山マイスター養成プログラムはそういったアイデアを持った若者たちの夢や希望を育む場、なのである。同じく若者たちが都会に流失して田んぼが荒れていることを憂う能登里山里海マイスター育成プログラムの受講生たちとは相通じるマインドがそこにある。まさに棚田を救う天国への階段、NHKが2度も放送した価値はそこにあるのだろう。

⇒2日(日)午後・金沢の天気  はれ

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