ブリットの休日

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町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』あらすじと感想

2024年02月13日 | 小説・雑誌

 
 2021年の本屋大賞第1位を獲得した、町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』を読む。

 町田そのこさんという作家さん、まったく知らなくて今回が初なんだけど、知らないうちに読んじゃってるケースもあるので過去作品を調べてみると・・・、やっぱり初だった(^^;)

 妾の子として生まれた貴瑚は、幼い頃から再婚した義父と母親から暴言に暴力と凄まじい虐待を受け続けていた。
高校を卒業しやっと社会人としてこの地獄のような家から解放されると思っていたところに、義父が倒れそのすべての介護を押しつけられる。

遂に張り詰めていたが糸が切れる感覚を覚えた貴瑚は、死を覚悟し街をさまよっているとき、声を掛けてきた女性と男性がいた。
高校時代の友人の美晴と、最初に貴瑚のただならぬ様子に気がついたアンさん。

 そして時は流れ、貴瑚はひとり東京を離れ大分の田舎町、丘の上に建つ古びた一軒の家に引っ越してくる。
そこで自分と同じように、母親から虐待を受け声も出せなくなった一人の少年と運命の出会いをするが・・・。

 タイトルにある”52ヘルツのクジラ”とは、大海原でかわされる鯨たちの鳴き声のなか、その鯨は他の鯨には聞き取れない52ヘルツという高い周波数で鳴くため、周りにたくさんの仲間がいるはずなのに、何も届かずその存在さえも気づかれない。

そんな世界で一番孤独だと言われている鯨を、自分に重ねる貴瑚。

 何もかもに絶望し、もう誰とも関係を持たないと決意してやってきた主人公の、小さな田舎町で出会う様々な人たちとの出会いと交流を描いているんだけど、本作はよくある田舎の暖かい人たちとのふれあいにより、主人公が再生していくと言うハートフルな話ではない。

暴力を受けたり、食事も与えられず、トイレに何日も閉じ込められたりと、執拗に描かれる義父や母親から受ける苛烈な虐待に、いつしか気分が滅入っていく。

そんな辛い気分になってもどんどん先が読みたくなり、夢中になってページをめくっていく。

 その原動力はたぶんこんなラストだろうという幸せな予想を期待する方もいるでしょう。
それぞれが新たな未来に踏み出す読後の温もりは、やはり心地よく、人生の希望に溢れていた。

ただ私はそれよりも、過去の回想シーンを随所に挟み込むことで時系列が複雑になり、貴瑚の心の淀みや、美晴とアンさんの三人の関係など、徐々に鮮明になっていった先に、早々に明かされるなぜアンさんは亡くなってしまったのかという、ミステリー要素に惹きつけられていった。

すべての謎が明らかになったときの、この半端ないモヤモヤ感はなんだ。

貴瑚の心の声を最初にキャッチし、命を救うとさらに貴瑚を明るい未来へと導いていったアンさん。
そんな人の痛みを一番知るアンさんの崩壊ぶりがあまりにも唐突すぎ、もっとこの魅力的なキャラクターを丁寧に描いて欲しかった。

さらに家族のしがらみに育児放棄、盲目な恋愛感情にジェンダーなど、様々な問題がこれでもかと提起されている割に、本作における解決への糸口がすべてご都合主義という名の偶然に委ねられているというさまも、ちょっと安直すぎるというか、やっぱり盛り込みすぎかな(^^;)

 それでも読後は、今この瞬間にも聞こえない心の声がどこかで発せられているという現実が、頭の片隅に刻まれる。

そして身近な誰かに、ほんのちょっとでもいいから優しくしたい、優しい人間でありたいと想わせてくれた作品でした。

 あとこの文庫本に、素敵なおまけが付いてました。

何気なく文庫に付いてる帯をみると、なんと”カバー裏に文庫のみのスペシャルショートストーリー収録!”なんて文字が。
急いでカバーを外して裏を見てみると・・・、書いてありました(^^)

タイトルは「ケンタの憂い」

本作に登場している村中と後輩のケンタのエピソードが(笑)

本編にほんのちょっとだけリンクしてるところが微笑ましい。
なんだかとっても得した気分(^^)


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