ルージュサンは足音を忍ばせて廊下を渡り、玄関の扉を開けた。
静かに戸を閉め門に向かうと、物陰から声が掛けられた。
「お早いお帰りだな」
少し欠けた月が、その姿を照らし出す。
ダコタだった。
「書斎の物音で目を覚ましたら、やっぱりこれだ。交渉決裂だな」
「その通りです」
「手紙を返せ」
「お断りします」
「だろうな。いいぞ!出て来い!」
庭のあちこちから、男達が立ち上がった。
使用人達ではない、崩れた身なりをしている。
ルージュサンが懐に手を入れた。
「もう遅い」
ダコタが鼻で笑う。
「手を組まないなら邪魔なだけだ。殺せ」
ルージュサンが取り出したのは、二本の筒だった。
二つに折って、門と後方に放りなげる。
煙が勢いよく吹き出した。
紫色の煙が上がる。上がり続ける。
「開門っ!!開門っっ!!」
突然、銅鑼に似た声が響いた。
「フレイア=カナライ、客人を迎えに来た!開門っ!」
男達が動きを止める。
躊躇するダコタに襲い掛かるように、男の声が響き渡る。
「急ぎである!開門せねば、こちらで開けるっ!宜しいかっ!!」
ダコタは腕を組んで横を向いている。
門からガチャガチャと音がした。
そして門が開けられる音。
先頭は赤毛の女だった。夜目にも分かる血の色だ。
そのすぐ左後ろにナザル、隣にセランだ。
堂々と進む姿に、男達が道を開ける。
女がルージュサンの前に立った。
「お待たせしました。姉上」
「初めまして。妹殿」
二人はよく似ていた。
見事な赤毛。愛くるしくも、整った顔立ち。均整が取れた体つき。
フレイアの方が少し、全体的に柔らかい。
ダコタが嗤ってフレイアに行った。
「事が事だけに、父親に内緒で姉を呼んだか。さもなきゃたった三人で、乗り込みはすまい」
「こちらの事情には構わないで頂こう。客人は連れて帰る」
「構わないでいられるか。今四人とも始末しても、誰にも分からないということだろう?」
ダコタが嫌な薄ら笑いを浮かべた。
「二人を殺せ!」
男達が動くと同時に、セランが矢を吹いた。
ルージュサンが、蹴りで、肘で、相手を倒していく。
ナザルは鞘を着けたまま、剣を奮う。
十人の男達は呆気なく、地に伏せた。<
ナザルが懐から縄を出すと、ルージュサンとセランも手伝い、素早く全員を縛り上げる。
その間フレイアは、微動だにしない。
「外の兵を呼ぶまでもなかったな。この十人は預かっていく」
淡々と言うフレイアを、ダコタの血走った目が、睨み付ける。
「この跳ねっ返りが!私が先に生まれた。私が兄だ。私こそが王なのだ!なのに私達は冷遇されて、デザントとお前達は!」
「少し違うでしょう。殿下」
ルージュサンが手の埃を叩きながら言う。
「貴方は王になりたかったのではなくて、双子の片割れと離れたくなかった。 引き裂かれ、置いていかれた痛みでしょう。全ての元は」
フレイア達が、ルージュサンを見る。
「その気持ちを誤魔化すため、あれやこれやと理屈を付け。五十三年?随分と迷走しましたね。だだ漏れですよ。貴方は謀に向きません」
ダコタが低い声を絞り出す。
「分かったような口をきくな。お前達の次の代になれば、フォッグは王族ですらなくなる。直系の姓の『カナライ』どころか『カナライア』の姓まで奪われ、僅かな手切れ金でポイ、だ」
「大いに結構です。父上」
全員が一斉に玄関の方を見る。
横にフォッグが立っていた。
「私もじきに四十です。父上に付き合うのはもう止めて、愛する人と静かに暮らしたい」
ダコタが目を剥いた。
「愛する人?女の影など一度も!」
フォッグが寂しげに微笑む。
「父上は息子のことも、よくはご覧になってない」
そして口をつぐんだ。
セランが横からカラッと言う。
「メロです。メロ=ラットン。気付かなかったんですか?」
ダコタが目を丸くして、フォッグを見た。
フォッグがゆっくりと顎を引く。
セランが続ける。
「使用人だから?男だから?そんな膜ばっかり張りたがるから、面倒なことになるんです。大体貴殿方は王の器じゃない。目が二つしかないじゃありませんか」