ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語・バックヤードー歯車

2021-02-19 21:53:56 | 大人の童話
 その日、門を入るなり、フィリアは我が家の異変を感じた。
 空気が妙にそわそわとしている
のだ。そして微妙な緊張を孕んでいる。
 正直なところ、止めて欲しかった。面倒なことは、お断りだ。
 特に今は。
 今日は珍しくミスをしてしまった。公爵夫人の髪飾りを、床に落としてしまったのだ。
 ー全てあの男が悪いのだー
 フィリアは思った。
 木の上で目があった、あの男。
 噛みつくような、絞め殺すような、恐ろしい目をして、私を見ていた。
 脳裡に焼き付き、時折膨れ上がっては、私を惑わせる。
 昨晩も、首筋に噛みつかれる夢を見て飛び起きた。
 苛々している上、寝不足なのだ。
 案の定、執事が直ぐに呼びに来て、フィリアは嫌な予感に包まれながら、居間に向かった。
 部屋には男爵夫妻が、緊張した面持ちで、ソファに掛けている。
 夫人に
促され、対面にフィリアが座ると、男爵が渋い顔で話し始めた。
「今日、宮殿から使いが来た。ダリアを王太子夫人に、お望みだそうだ」
 フィリアは驚いた。
 夫人には、申し分ない家柄の、淑やかな姫君がなるものだからだ。
けれど直ぐに、王太子が子を欲していたことに、思い至った。
 フィリアの様子を見て、男爵が続ける。
「ダリアがお前の様に、色々と弁えているのなら良いんだが、とても嫁がせられるものではない。長女のお前を家から出し、婿を取ろうとしていた程だ。なのに王太子夫人になど」
 男爵が言葉を切ると、夫人がフィリアの手を取った。
「お願い、フィリア。付いていって頂戴!」
「えっ?」
 再び男爵が口を開く。
「一年でいい。嫁ぐのを延ばして、お目付け役として付いていってくれ。お前ならしっかりしているし、公爵家で行儀見習いもしている。せめてダリアが王室に馴れるまで、申し訳ないが、助けて欲しい」
 ーまただ。いつもいつも、ダリア中心。全て勝手に決められてー
フィリアは目の前が暗くなった。
 けれど、逆らうだけ無駄だ。
「一年ですね。ぴったり、一年きりですね?」
 夫妻が目に見えて安堵する。
 フィリアは婚約者との結婚生活に思いを馳せた。
 彼が叔父様から譲り受けた、郊外の広い牧場で伸び伸びと暮らすのだ。
 その時一瞬、樹上で見た男の顔が頭を過った。
 フィリアは心の中で、首を振る。
 そして右手の指輪を探った。婚約者が好きな石を嵌め込んだ指輪だ。
ーこれで最後だ。あと一年で、この両親から、妹から、解放されるー
 フィリアは自分に言い聞かせた。

「えっ!私が?何で!?」
ダリアは文字通り、ソファから飛び上がった。
「お前の頑健そうなところが、お気に召したのだろう」
 男爵も、まさか木登り姿を見られたとは言えなかった。
「頑健?そっか。お世継ぎが欲しくて夫人探しに血眼って、話だものね。私なら産めそうってことよね」
 男爵は深い溜め息を吐いた。
「これだから心配なのだ。お前は全く分別がない。口にして良いことかどうかも、分からんのかね」 
「どっちにしろ同じじゃない。やだわ、あんな窮屈そうな所」
「私達だって嫁がせたくない。けれど、この国の決まりは知っていたるだろう。使者が来てから爵位を返上しても、遅いのだ」
 暫くの沈黙。
「お前だけでは不安だろう。だからフィリアにも付いていってもらうことにした。一年だけだが、そのうちに慣れてくれ」
「フィリアが?私より先にこのことを知ってるの?私のことなのに!」
「お前を少しでも安心させるためだ」
「何言ってるのよ。いつもそう。何でもかんでも私だけ仲間外れの子供扱い!」
「実際子供でしょう。動揺するのは分かるわ。でも、フィリアのことで怒るなんて。フィリアだったら心配ないのに」
 夫人はハンカチで顔を覆った。
「いいわ。分かったわよ。確かに当面フィリアがいた方が安心だしね。そして一番に子供を産んで、王太后になってやるわ」
 顔を赤くして宣言するダリアに、男爵夫妻は頭を抱えた。

 祖霊を祀る部屋は、十数歩で横切れる程の広さだった。
 白い三方の石壁には、レリーフが施され、正面に高い祭壇がある。
 その右に祭司長が立ち、左に王、
続いてデュエールを始めとする王族達だ。
 ダコタは中央に立って、胸を高鳴らせていた。
 扉が開き、ヴェールを被ったダリアが入ってきた。
 白地の金の地模様が入ったドレスを纏って、巫女に手を取られて堂々と進む。
 ダコタの前で歩を止めて、跪くと、目を閉じた。
 ダコタは真言を唱え、ダリアの顔を覆うヴェールを上げる。
 違和感があった。
 この娘だったであろうか。
 祭司長に促され、薬指の先に聖灰を取って、ダリアの眉間に着ける。
 ダリアが目を開けた。
ーやはり、違うー
 デザントの背筋がすうっと冷えた。
 よく似てはいるが、この娘ではない。
 ダリアは立ち上がり、再び巫女に手を取られて、部屋を出て行く。
 もう、儀式は終わったのだ。
 デザントは二人の後ろ姿を、呆然と見送った。