「行きつけの飴屋なんです」
そう言ってルージュサンは、小さな木の扉を開けた。
五弁の花のレリーフで囲まれた、可愛いドアだ。
店内には、木製のケースの仕切り毎に、色も形も多様な飴が陳列されている。
正面奥には熟年の女性が、カウンターにテーマ置いて立っていた。
きっちりと編み込んだ髪とストライプのエプロンがよく似合っている。
「こんにちは。マイカおばさん」
ルージュサンの挨拶に、マイカは嬉しそうに答える。
「あら、ルーちゃん。トパーズちゃんとオパールちゃんも元気そうね。後ろの方は?」
「妹のフレイアです」
ルージュサンが振り向くと、フレイアが前に歩み出た。
「初めまして、フレイアです」
にっこりと差し出された柔らかい手を、マイカが右手で握る。
「初めましてフレイアさん。マイカです。よろしくね。ルーちゃんはこーんな小っちゃい時からお得意様なのよ」
そして腰の辺りで、左の掌を下に向けた。
「まさか。十二歳だったんですよ?この位です」
ルージュサンが親指と人差し指で長さを示し、ウィンクをした。
「そうそう。だからいつの間にか居なくなってて。慌てて探したら袋の中でぐうぐう寝てたの。棒飴と間違えて一緒に詰めちゃってたのよ。飴は全部食べてたけど」
「あの飴は美味しかったです」
ルージュサンが頷いてみせた。
「その頃から大食いでしたのね」
フレイアが何故か納得する。
「ところで、こちらの『王妃様の飴』というシリーズはなんですの?」
彼女が指差したのは、小粒で華やかな飴が並んだ、花畑のような一角だ。
「王妃様はご実家がお金持ちで、ご自身がデザインされた飴を、毎年民にふるまわれたの。これはそのまま飴だけど、同じデザインの染め物やアクセサリーを作ってる人もいて、人気なのよ」
「それは、許可制ですの?」
フレイアの問いに、マイカが目を見開いた。
「まさか。王妃様ですよ?。民の喜ぶ様を、おおらかに言祝いでらっしゃいました。皆、悪い品は作りませんし、あったとしても買いません。敬愛してましたからね。今はどちらにいらっしゃるのやら」
「お戻りになって頂きたいの?」
マイカが首を横に振る。
「近くにいて下されば、もちろん嬉しいけれど。お幸せでらっしゃるのなら、それでいいんです」
「成る程」
フレイアが頷いた。
「この王妃様の飴を全て二つづつ。それと、お姉様と一緒に袋詰めした飴を、三つ下さいな」
「あとはニッキ飴とミルク飴と焦がし飴を十五個づつと、この新作の飴を五個下さい」
「はい。いつも有難うね」
マイカはそう言うとカウンターから前に出て、飴をスコップで種類別に詰め始めた。
その手際のよさを、フレイアは面白そうに、双子はただじっと眺めている。
「はい。出来上がり」
マイカは小袋を大きめの袋に入れて、二人に差し出した。
「おまけはどれが良い?」
「おまけ?」
フレイアが首を傾げる。
「沢山買ってくれたから、一人一個づつ、好きなのを選んでちょうだい」
マイカが丁寧に説明した。
「まあ、素敵!」
フレイアは大喜びで店を見回し、二種類の飴を見比べ、眉を八の字にした。
「どちらにしましょう。迷いますわ」
「では、ベリーとバターにして下さい」
「どうして分かりましたの?」
ルージュサンの言葉に、フレイアが瞬きをする。
「ベリーとバターね」
マイカは飴をぱっぱと、小袋に入れた。
ルージュサンが懐から財布を取り出し、貨幣を数枚トレーに並べる。
「えーっと、はい丁度頂きました。トパーズちゃんとオパールちゃんに水飴を食べさせる時は言ってね。腕によりをかける作るから」
「はい。宜しくお願いします」
飴の入った袋を乳母車に入れ、店を出ようとしたルージュサンの背に、マイカの声が飛んだ。
「ルーちゃん!」
ルージュサンは振り向くなり、宙を飛んできた物体を、口で受け止める。
「ナイスキャッチ!」
マイカが笑顔で拍手をした。
「それは貴女自信が食べる分。大好きよ、ルーちゃん」
「有難う、おばさん」
ルージュサンが子供のような笑顔を返した。