100万パワーズ日記

100万パワーズがあなたに幸せをお届けする

卒業式

2009年03月25日 | SATORU
23日は卒業式でした。
前日遅く寝たのにも関わらず、ガリチン情報によると9時半までに体育館に入っていなければならないとの事で自分は8時に目覚ましをセットして起きました。

久々に目覚ましで起きましたが、やはり目覚ましで起きると何かいつもより気だるい感じがしました。
しかし本当はそれは睡眠不足から来る気だるさだと分かっています。
ご飯を食べ、服を着替えると8時半には家を出ましたが、やはり朝と言う事で道は少し混んでおり、ラシーンの中で式が始まる9時半を迎えました。
しかし別にシケる事もありませんでした。
大学に特に思い入れの無い自分は、卒業証明書さえ貰えれば良いくらいの軽い感じでしたし、酒が好きでなければ、車も運転しなければならない自分は、その後の飲み会がどうとかもあまり興味がありませんでした。
そのやる気が無い感じを表したかの様に自分は普通に私服でした。
因みに自分はこう見えても常識人なので卒業式には普通スーツで出席する事ぐらい分かっていましたし、前日友達とのメールでみんなスーツで行くと分かっていました。が、敢えて大事な式にいつも通りの私服で臨むと言う、卒業式と言う堅苦しいイベントに一石を投じるアンチテーゼを含んだボケをした訳です。

そんなこんなで9時50分には大学に着き、みんなと合流しました。
誰もがレザーの服を着て、フードを被った自分を見て「何で私服なん?」と突っ込んで来ましたが、自分は「敢えて私服てボケやで」と、ふわっと返事を返していました。
みんな笑っていたし、ハカマを着ていた友達も、「完璧に負けたわ」と言っていました。
また、違う友達は式が終わった後に、「卒業式でダントツで目立っとったで」と言っていました。
やる気の無い普段通りの服装が逆に目立つと言うスタンス。
いやー不思議です。
3000人弱いる卒業生をざっと見ても私服は自分くらいなものでした。
何となく一石投じれた感がありました。
ただ知らない人からすれば、フードを被って式に臨む自分はただの異端児に見えたに過ぎないでしょう。

自分達はほぼ最後方の席で、式で何をやっているかも分からない感じだったので途中で式を抜けて外で、2008年度卒業式みたいな看板の前で写真を撮ったりしていました。
ギャングの自分は前に巨女のバーで買った葉巻を持っており、看板の前でスパスパ吸いながら写真を撮りました。
友達はみんな安易なので「吸わせて吸わせて」と言ってみんな、順番に葉巻をくわえて写真を撮りました。
いやー頭悪げです。
そんな頭の悪い自分達は式が終わるのを待たずして、卒業証書の貰えるゼミの教室へ向かいました。
教室には先生がいて、ゼミのメンバーが揃うまで待つ事になりました。
自分達は式を途中で抜けて来ているので、ゼミの教室で式が終わるのを待つ羽目になりました。

ヤンキーやガリチン、先生はワンセグで、WBCの準決勝を見ながらあーだこーだ話していました。
格闘技以外のスポーツにあまり興味の無い自分にはヒマな時間でした。

やがてゼミのメンバーが集まりました。メンバーと言っても自分のいるゼミは15人位の小さなゼミです。
1人ずつ最後の言葉を言い、みんな言い終えると1人ずつ卒業証書をもらいました。
因みに自分の最後の言葉は、先生や、みんなの助けもあり、4年で卒業出来る様になり本当に良かったです。みたいな事を言いました。

卒業証書を貰うと先生からのありがたい言葉を頂き、同じゼミの子達と少し話しをしました。
3年位ゼミで一緒だったのに女の子なんかは初めて話しました。
ゼミの女の子の中で1番綺麗な子、とは言っても4人しかいませんが、その女の子がANAのキャビンアテンダントになるみたいで驚きました。

そんなこんなで、卒業証書をもらうとゼミで集合写真を撮るみたいでしたが、自分とガリチンとヤンキーはゼミの団体とはぐれてしまい、結局集合写真が撮れないと言うグダグダ具合でした。

その後も写真を撮ったりとダラダラした後に偏差値の低い自分達は久々にジョイフルへ行きました。
卒業式は前のキャンパスで行われていたので、前のキャンパスの時には最低週1は通ったであろうジョイフルに久々に行ったのです。
最初はゼミが一緒のガリチンとヤンキーと3人だけでジョイフルに行っていたのですが、別にジョイフルにいるとか何も連絡しなくても自然と友達は集まりだしました。
いやー不思議です。
そんなこんなでジョイフルを後にすると有料道路を通り2、30分かけて三宮に移動しました。
車内はギュウギュウで理不尽なジャイケンの末に荷台的な所に乗る羽目になったガリチンは少し不機嫌でした。
ヤンキーを市役所で下ろすと他のメンバーは自分の何も無い部屋でダラダラしていましたが、ヤンキーが市役所での手続きが終わったとの事でまた三宮に繰り出しました。
3人は先に飲み会があるとかで下車し、自分やヤンキーや、同じマンションだったタケシや、やっさんはガリチンの家に行く事にしました。
みんな前日から大学の近くでボーリングなんかをして遊んでいたみたいで眠たそうでしたし、普通にダレていました。

しばらくすると相方から連絡がありました。
この日は奇しくも相方の大学でも卒業式があったみたいでした。

相方の大学では卒業式の後に大学公式の飲み会みたいなイベントがあったらしく、そのイベントにはピンク色のモノを何か1つ身に着けなければならなかったみたいで、相方はピンク色のモノを身に着けて卒業式に臨み、ピンク色のモノを身に着けているのにイベントには敢えて出席しないと言うギャングスタイルでした。
そんな相方が自分のマンションに来るとの事で、自分はマンションに1度戻り、相方を拾うとまたガリチンの家に向かいました。
因みにガリチンと、ヤンキーは少し相方と話した事があるし、タケシとやっさんも、相方の姿だけなら見た事はあります。
そんなこんなで、相方を乗せてガリチンの家に着きました。

自分が事前に相方の大学のイベントてピンク色のモノを身に着けている事と、なのにイベントに出ないと言うバックグランドと、ファンキーな服装で式に出席したと話していたのでガリチンやヤンキーが相方の格好の意味を理解するのは早かったです。
相方はパッツンのピンクのズボンのボードウェアを着ていました。いやーファンキーです。
つまり相方はピンクのズボンのボードウェアに黒のボードウェア、ニット帽にゴーグルと言ういでたちで卒業式に出席したのです。
そしてそんな格好だったのにイベントに出ないと言うスタンスです。
いやー流石です。

ガリチンの家で少しダラダラすると、飲み会が行われる居酒屋さんに向かいました。

飲み会には30人くらい参加するみたいでしたが、着いた時はまた少ししか人がいませんでした。
相方の姿を見た友達は「雪無いよ」と突っ込んでいました。

自分達は一番奥のテーブルに腰を下ろしました。
みんな集まりきらないまま飲み会は始まりました。
いやー大学生のノリ丸出しでした。
自分は大学生のチャライ飲み会のノリが嫌いです。
誰かのフリで、100万パワーズの2人でネタをする事になりました。
これだから大学生のノリは嫌いです。
2004年エムワン1回戦落ちと言う肩書きを知っているのはごく少数なので、ヤンキーかガリチン辺りが言い出したのでしょう。
即興で二本ネタをしましたが自分は一言も喋りませんでした。
いやー斬新です。
因みに100万パワーズは大衆向きの笑いでは無いし、普段人前でネタなんてやりませんし、ネタなんて持っていません。
自分達に触発されたのか2人組がネタをやっていましたが悲しくなるほど空気が悪くドン滑りでした。

ヤンキーは悪酔いして、お皿を割ったり、掘りごたつの下に食べ残しなんかを捨てたり、誰彼かまわず無理矢理酒を飲まし、ずっと誰々シバくなん言うヤンチャ具合でした。
ファンキーな相方に、ヤンチャなヤンキー、見た目がイカツイ自分と自分達のテーブルは地獄となっていました。
周りの人達もヤンキーのムチャな飲ませ方なんかを恐れて自分達のテーブルから去って行きました。
いやー発つ鳥後を濁さずと言う言葉がありますがヤンキーは最後まで濁しまくりです。
そんなヤンキーもグダグダに飲み潰れ会が12時前にお開きになったのに、1人だけ居酒屋で潰れていました。

友達が酒を全く飲んでいない自分にヤンキー止めてと言う位に、ヤンキーはこの日周りに被害を与えるくらいの悪ノリだったので敢えて自分もほったらかしで帰りました。
後から自分も彼が気掛かりで電話をかけましたが、彼は電話に出ませんでした。
あの後彼はどうなったのでしょう。

そんなこんなでマンションに帰りました。
自分は人がいると眠れないし、翌日に久々にショップ店員と会えそうだったので実家に帰るつもりだったのですが、相方が酒を飲んでいるし、仕方無くマンションに泊まる事にしました。
相方は自分が歯磨きをして、口をゆすぐ前まで普通に起きていたのに、口をゆすぎ終えるまでの1分位の間に眠っていました。
相方は抜群に寝つきが良いです。
うらやましい限りです。

うどんのはなし

2009年03月25日 | SATORU
22日は昼に相方の家に向かいました。
前日に酒を飲んでいた相方を送っていたからです。
相方の家にはパッツンが泊まっており、自分は初めて彼女のスッピンを見ました。
彼女には妹の様に接していますが、以外と彼女のスッピンを見るのは初めてでした。
スッピンと言えば肌の質感が少し変わるぐらいだと思っていましたが、化粧で結構印象て変わるんやなーと思いました。

彼女はスッピンを見られるのを極端に恐れていましたが、別にそこまで気にしなくても良いのになんて思いました。

そんなこんなで彼女が化粧を終え、着替え終えると、いつものうどん屋さんへ向かいました。
うどん屋さんは15時閉店で自分達が着いた時は時間ギリギリでした。

自分は釜卵うどんを注文しました。
相方はうどんを2杯食べていました。
2杯目はサービスです。と言って店員さんが大根おろしをただで付けてくれました。
いよいよ自分達も常連さんです。
そんな足繁く通った自分達はもう常連さんですが、パッツンはこのうどん屋さんに来るのも初めてでした。
彼女は普通においしいと言っていました。

うどんを食べ終えるとトップモデルのいる大型ショッピングセンターに向かいました。

パッツンは試供品なんかを貰おうと考えていたみたいですが、トップモデルは居ないみたいでした。
自分達は大型ショッピングセンターと繋がっているヤマダ電機に向かいました。
ヤマダ電機では相方やパッツンはカメラを見たりパソコンを見たりしていましたが、自分は特にやる事も無くヒマでした。
ヤマダ電機を後にするとまた大型ショッピングセンターを通り、パンやらチョコやらを買ってダラダラ食べながら、巨女のバーを目指しました。
相方の愛車バモスを取りに行く為です。

巨女のバーに着き、相方とパッツンがバモスに乗り込むとダーツをすべくサムライと言うダーツ&ビリヤード屋さんに行きました。
自分はダーツほぼ初めてで、1試合しかしませんでしたが、ブルにも当たりましたし、才能はスグに頭角を表し始めていました。
しかし、移動中に久しぶりに友達からメールがあり、自分は1試合だけで先に帰る事にしました。


久々に会う大切な友達とは何やら考えさせられる様な話をしました。

何か頑張ろうと思いました。

写真はパッツンのスカートを履いた相方。

入れ替わりのつづき

2009年03月24日 | SATORU
引っ越しが終わり、家に帰りました。
実家への帰り道に巨女のバーの前を通るのですが、その時に巨女のバーに車が沢山止まっていたので、パッツンに何かイベントをやっているのか、聞きました。

イベントは自分の興味の無いモノでしたが、パッツンと相方は普通にバーに行くとか言うので、自分も行く事にしました。
いやーこの日の来店客のラインナップは斬新でした。
中国人にシンガポール人、インド人にロシア人。
日本人の数よりも外国人の方が多い感じでした。
そんなこんなで20分もするとバーを後にしました。
相方が自分を呼んだ理由はアルコールを飲みたいので、自分に運転をさせる為に呼んだみたいでした。

いやークズです。
そんなこんなでバーは後にしましたが、コンビニで酒を買い、花見をする事にしました。

毎年どの桜よりも早く咲く、川沿いに1本だけある古めいた桜の木。
その桜の木で花見をしようと思っていましたが、桜がそんなに綺麗に見えなかったので、マックスバリューと言う24時間開いているスーパーの駐車場にてお酒なんかを飲みました。
ギャングの自分はスグに火を焚きたがります。
最初はお菓子の包装の紙を燃やした小さな火でしたが、クズの相方は自分のラシーンに積んでいたまだあんまり使っていないティッシュの箱を破り、ティッシュの中身も箱も燃やし始め、大きな火になりました。
当然の様に警備員さんが来て、注意されました。
相方はスッと酒をかけて火を消しました。
しばらくするとパトカーが来ました。
多分ただパトロールに来ただけみたいでしたが、パッツンは怖い怖いとシケていました。
自分は酒を飲んでいませんでしたが、この日は免許を持っておらず、少しビビっていました。
が、またコンビニで酒を買うと、ヘソ公園をぶらつき、2人を相方の家まで送り、帰りました。

自分はこの日、相方から貰ったライトセイバーをずっと振り回していました。

写真は卒業式のもの。

入れ替わり

2009年03月23日 | SATORU
21日は引っ越しをしました。
薄手のパーカーでも少し暑いと言う小春日和の3連休の2日目、加えて前日から高速なんかが一部地域で1000円で走り放題と言う事で結構渋滞していました。
しかし、そんな事よりも自分は眠たくてテンションが低かったです。
自分は体の作りが女子なので勿の論で低血圧ですが、寝起きはめちゃくちゃ良いです。
加えて常にテンションは高めですが、この日は睡眠不足からか、頭痛がしてシケていました。
そんな抜群に悪いコンディションの中、引っ越しは始まりました。

めったに実家に帰って来ない兄も引っ越しを手伝いに来てくれました。

兄はアート引っ越しセンターでバイトをしていたのでやたら力が強く、引っ越しが何か上手いです。
そら軍鶏の体を持つ自分も、軍鶏と言うのが恥ずかしくなる位に兄は力強いです。
兄弟と言う事で兄も勿論軍鶏の肉体ですが、めちゃくちゃムキムキと言う訳ではないですが自分より兄の方が筋肉の量が多いです。
良質な筋肉が多い兄は何でしょう。
取り敢えず軍鶏の部位で言うたらササミです。
はい。意味が分かりませんね。
そんなササミの兄は1人で冷蔵庫や、洗濯機をガンガン運びました。
いやー普通に驚きました。
机やテーブルなんかの荷物をいったんマンションの外に出しました。
良い天気に、テーブルやソファーを外に出して座る感じが絵的に面白かったのですが、あいにく引っ越しの邪魔になると思いデジカメは持ってきていなかったし、携帯の電池も切れていました。
残念この上無いです。
引っ越しの途中で、マンションの隣の部屋に住んでいた人を初めて見ました。
いや、初めてと言うには語弊があります。
キチンと見たのが初めてと言う事です。
自分は最初ぱっと見た時に隣の住人はアゴが少しシャクレたギャルみたいな女の人だと認識していて、マンションの友達なんかに、隣の部屋の住人はアゴのシャクレたギャルだと言いふらしていましたが、マンション近くのコンビニで見かけた時は別にアゴはシャクレていませんでした。

そして引っ越しの最中に見た彼女はギャルでもなければ、アゴもシャクレていませんでした。
清楚な雰囲気をまとったお嬢さんと言った感じの女の人でした。
自分はスピーカーを運びながら軽く会釈しました。
自分は夜中でも結構音楽を聴きますし、騒ぎます。相方なんかが「何で苦情来んのか意味分からん」と言う位にです。
マンションの友達は何回も苦情なんかでマンションの管理会社や、直接隣人から言われいましたが、自分は4年間で苦情0です。
その事を考えると彼女は凄く心の広い人なんだなーと思いました。
彼女だけでなく、隣人関係は恵まれていたと思います。
自分でも何で苦情が無かったのか不思議なくらいです。
残念な事に多分自分のビジュアルなんかも少し関係しているんだと思います。

そんなこんなで引っ越しは終わり夜9時には実家に着きました。
つづく


明日は朝から卒業式なので今日は早く寝ようと思います。
と言いつつもう深夜2時40分です。
朝から卒業式とか正直めんどくさいです。

写真はマンションの友人達。結構昔に撮ったものです。

バンズ

2009年03月22日 | SATORU
20日のこと。
相方が神戸で用事があったみたいで、自分のマンションに泊まりたいと言うので、自分は翌日に引っ越しを控えていたので特に用事も無かったのですが、ラシーンの助手席にパッツンを乗せて神戸まで行きました。
いよいよ自分はただのドライバーです。

神戸についたものの相方はまだ自分のマンションに来ておらず、パッツンとIKEAに行きました。

IKEAを後にすると自分のマンションへ行きました。
しばらくすると相方もやって来て3人で元町はトアロードのラーメン屋さんに行き、ラーメンを食べ終えると、スグ近くにあったショップ店員の働いていたショップにて写真を撮りました。
自分は最早ショップ店員の働いていたショップを観光名所だととらえています。
そんなこんなでショップで写真を撮り終えると、自分のマンションに戻り、相方とパッツンはパッツンが持ってきた日本酒を飲みながら、自分はお茶を飲みながら3人でラジオを放送しました。

アルコールのせいか2人は無印良品のセミダブルベッドで眠りにつきました。
自分はブログ用の写真だけをアップすると、特に用事も無かったし、2人を起こしても悪いのでCDと電子レンジと、お米だけを持って帰りました。

写真はラーメン屋にてあえてバンズを注文して食べた相方。
相方はお腹がいっぱいだったみたいで一口食べただけで、後は全て自分が食べました。

土曜日の午後を

2009年03月21日 | SATORU
いやー3連休の2日目と言う事ですが、空は晴れ渡り、行楽日和まる出しです。
こんな良い天気、加えて連休と言う事で何かしたいですが、自分はこんな日に引っ越しです。
残念この上無いです。

昨日の事など、沢山日記をアップしようと思いましたが、今既にめちゃくちゃ眠たいです。
今から引っ越しなんてしたら疲れて日記を書けないかも知れません。
そんなこんなで今、マンションに向かっている途中です。

写真は窓から。