イアリーはあと1、2回で終わり、ってとこかな。それにしても、黒島結菜嬢。逆にもうさっさと沖縄に帰ってパイナップル畑で働けばいいのに、と思ってしまうね。南の島で毎年パイナップルを育てて暮らすんだぜ? ファンタスティックっ!!!!
アジア大会に一撃喰らってしまったようだが、中々いい回だった。手術自体は早く終わったから、その後の処理がゆったりしていた。子供に限らず入院患者の対応を親族一人でするのは中々しんどい。ただ倒れるくらいってのは何か仕事もしていたのか? 対応は毎日大変は大変でも、見舞いの親族は別に看護師でも医師でもないから、ずっと病院に通ってるとわりと暇になるもんだ。一緒に上京してきた(もう中学生なのに何で連れてきたんだろう?)兄がワリをくってウンザリさせられるのはまぁそりゃそうだな、とは思ったが。しかし兄のカラオケの件のモブ中学生達の盛り上げの場慣れっぷりがタダ者ではなかった。今の学校ライフ、リア充ルートに乗れてんのに兄はそんなイライラせんでもいいのに、とも思った。ゴルファー科長が急激に浄化された回でもあった。浄化された途端、オペスキルまで上がったようだ。まぁ、外科の叩き上げで出世している医師で下手ってことはないんだろうけど。オペ中、これまで描写が避けられていた湊のパニックになりやすい性質も駆け付けた高山がフォローする形で触れられていた。意外とやらないパターンかとも思わせた瀬戸と湊の恋の筋も回収する気配。おおっ? そして予告からすると病院の買収騒動は人情エピで解決しそうだが、まず病院に金が足りない点はどうケリを付けるか? 銀行は人情じゃ動かないぜ? 落とし所の材料は特にこれまでの回では出ていないはずだから、ちょっと予測は難しい。
まさかの親子丼ターン復活?! ななはお人好しにも程がある。いくらほっとけない状態でも男に都合良過ぎるぜ。龍一も、この期に及んで手近な善人に泣きを入れるとは情けない。半端な悪党は自分も救われようとするから始末が悪い。今回急速にななが浄化されたと思ったらそんな展開とは、無いぜっ。紀夫未満だっ。私は実写蔵之介の月海への接触過多についても異論がある。どんだけチューしとんねんっ! 鴨の刷り込み状態の小娘を純粋培養してからにっ。そもそもギャラを貰って芳根京子とキスするとは何事かっ! お金を払いなさいっ。1キス2万円が妥当だ。厳密には紀夫も認めていない。紀夫めっ。離婚しろっ! 紀夫めっ。新婚時、すみれが体調悪くなるまでやたら抱きおってからにっ。朝ドラで何しとんねんっ。・・・ま、キリがないのでこれくらいにして、と。『もう一人の自分』の概念がイマジナリーフレンドとはっ。ゾーンじゃなかった。家元の話と違くねーか? 龍一の兄のももへのちょっかいも何のつもりって話。同じ書き手の天才子役バトル漫画でも似たような設定かあったが。あれは4番目の子を呼び出すと殺される、だっけな? このドラマは最初の子供を呼び出すだけで大騒ぎしてんだからとんだ下級子役戦士の戦いだ。あの漫画は子役達が天才過ぎてもはやどんな芝居をさせていいかワケがわからなくなって連載が終わってしまった。程好き加減の設定って大事。このドラマも才能描写に関しては『最初の子供』レベルだが、登場人物全般の立ち回りの飛ばしっぷりは相当なもんだ。イマジナリーフレンドがいないと流派の維持が不可能というトンデモ設定なら直人かななが死んで、ももの狂気の幻覚の中の人物にでもならないともう取り返しがつかないんじゃないかな? というか、この設定だと復活したコロッケ嫁もイマジナリーフレンド見えちゃってるのか・・・恐っ。
インパール、ネオナチ、右翼宗教団体、戦前化を画策、足したなぁ。久し振りの現代劇であることや年齢的にも、俺はもう言いたいことは全部言う、というのもあったんだろね。ヤクザの手下達まで憲法議論しだしたのは徹底しているな、と。インパールと通常の汚職の証拠に絞ればもう少し収まった気はする。汚職に軍需産業が絡んでる、くらいまでなら何とか。葬儀も支持基盤の新興宗教が前衛舞踏のような儀式を勝手にやらかしちゃってる、という加減であればむしろケレンが利いていたと思う。左系の追加要素に関してはそんな感じ。ただ最後の映画オリジナルENDや、最上の悪夢、大幅に補強された諏訪部関連からすると汚職の証拠やインパールの件に関してはこの映画の文法的にはやはり必要かな? 原作では巫女的な橘が女活動闘士として前面に出ていた。沖野との事後描写はテーマのシンメトリー化。人物として強過ぎる白川の出番は限定的。小田島パートは原作より明るい。家族パートはかなり変わったが最上の演者の接し方が正しく、娘との間合いはそう変わっていなかった。沖野は物語が映画的にショートカットされている分、行動の変遷が急激。最上とのぶつかり方が激しく、師弟感はより強い。凶悪化した松倉とのやり取りも強烈だった。ブラックリベンジを思わせる最後だった丹野はホテルでの最上とのやり取りが、え? 抱き合うの? というくらいの距離感だった。諏訪部はチート過ぎて原作のように沖野が絡めない程で、インパールに拘る一方で公安等の国の機関の犬にも見えないではなかった。そして最上、改編の結果、荒っぽい話の処理も少なくなかったが、ヒーロー然とした演者が罪にのたうちながらも英雄的に滅びの道を選んでゆく様子は耽美的だった。映画は『悪』に対する断罪意識は強いがしかし敗北する、という感覚もより強いという印象はあった。意外とお茶目な件も多い。