「あなたのカードが盗まれました」
「もしもし、●●サンのお宅ですか?」
秋の好日、午後3時過ぎ。受話器を取ると、50年配らしき男の声が流れてきた。人の好さそうな、朴訥とした話し方。また例の電話セールスらしい。
「どちらサンですか?」
「え?」
一瞬、返答に窮したようだ。何だ、まだ新米か‥‥。
「どちらサン?」
「ええ、こちら警察署生活安全課の▼▼と申します」
所轄警察署の名を上げた。警察なら返答をためらう理由はないはずだが……。
「はいはい」
筆者が記者としてサツ回りをしていた頃は「防犯課」と称していた部署が、今は「生活安全課」になっているらしい。
「●●サンは、タカハシハジメという名前に心当たりは、ありませんか?」
「いや、知らない」
「そうですか‥‥タカハシハジメというんですがねえ」
しつこい。後で考えれば、急がず時間をかけて繰り返したのは、本当らしく思わせるための手口だったのかもしれない。
「そうですか、心当たりはないですか‥‥」
「用件は何ですか?」
じれた筆者が話の先を促す。
「実はカードの盗難事件がありましてね。タカハシは2人いる容疑者の1人でして‥‥」
「はいはい」
「タカハシが持っていた60枚ほどのカードと所有者リストの中に、●●サンの名前があったんです。それで、こうしてお電話を差し上げているわけなんですが‥‥」
ここで、ピンときた。昨今の振り込め詐欺では、ATMへ出向かせて振り込ませる手口より、キャッシュカードを騙(だま)し取る手口が多くなっている。「キャッシュカード(クレジットカードも含む)」というコトバや「あなたのカードが盗まれている」や「何者かがカードを不正使用している」の文句が出てきたら、その時点で詐欺だと考えた方が良い。
「おやおや、それは大変なことですな! 待ってくださいね、大事なことなので会話を録音しておくので!」
「‥‥‥」
録音ボタンを押すのと同時に、先方が電話を切った。詐欺犯たちは録音を嫌がる。捕まった時に音声が解析されて有力な証拠になるからだ。実は当方、いまだ新聞記者根性が抜けないのか、老いてなお好奇心は旺盛。以前から「どんなふうにダマすのか、自分のところにも詐欺電話が掛かって来たら、それが分かるのだが……」と、このテの電話を心待ちにしていた。だから電話が切れた後で後悔した。伝家の宝刀たる「録音」の2字を持ち出すのが早過ぎた、と。もっとじっくり話を聞いてから「録音」で打ち切っても良かった。
「それは振り込め詐欺ですね!」
10分も置かずに所轄の警察署に電話した。こういう時の通報は良き市民(?)の義務だ。書くに及ばずながら、10分の遅れは当方が急に尿意を催したため。
「はい、警察署生活安全課の■■です」
女性交換手の後で5、60代とおぼしき男性の声。「おや?」と思った。詐欺犯が名乗った所轄警察署名と「生活安全課」が同じだったのに加え、電話の声が詐欺犯に似ていたからだ。一瞬、さっきの電話はホンモノだったのか、と疑ってしまった。
「ご通報、ありがとうございます。それは振り込め詐欺ですね!」
こちらの住所、氏名、電話番号を告げた後で、不審電話の内容をかいつまんで話すと、電話の向こうの声が即座に断定した。当然ながら、てきぱきとした口調は詐欺犯のそれとは違った。こちらは冷静なつもりでも、待望の(?)詐欺犯からの電話に興奮し、いや動揺して疑心暗鬼になっていたのかもしれない。
「‥‥本当にカードが盗まれていたら、生活安全課でなくて刑事課から電話が行くはずです。それだけでもウソの電話と分かりますね」
なるほど、なるほど。刑事課はもっぱら既遂犯を扱い、防犯意識の向上PRといった分野は生活安全課の担当なのだろう。
「相手の電話番号は分かりましたか? ナンバーディスプレー式の電話機ですか?」
「いえ、ナンバーディスプレーの契約は、してませんでした」
「それは残念!」
「これでは通報は役に立ちませんか?」
「いえいえ、大変結構でした。感謝しております。再びこのような電話がありましたら、ぜひまた通報をお願いします!」
何度も感謝の言葉が繰り返されてから、電話が切れた。
「ただ今、一帯に振り込め詐欺の電話が掛かっています!」
その後1時間ほどして今度は警視庁から上のような注意を促す電話が掛かってきた。警視庁の広報センターのような部署だろう。これまで何度か”注意報”の電話をもらっている。
「ええ、今しがた、私の家へも詐欺電話が掛かってきましてね。所轄警察署へ通報したところです」
「そうでしたか。あれから数件の通報がございまして。どうもこの地域が集中的に狙われているようです」
ここでも電話の女性から何度も感謝の言葉をもらった。”注意報”のきっかけになったとすれば、当方の通報も役立ったのかもしれない。1人か2人、お年寄りの被害を防いだ可能性だってある。早速ナンバーディスプレイ契約を検討してみよう!
「もしもし、●●サンのお宅ですか?」
秋の好日、午後3時過ぎ。受話器を取ると、50年配らしき男の声が流れてきた。人の好さそうな、朴訥とした話し方。また例の電話セールスらしい。
「どちらサンですか?」
「え?」
一瞬、返答に窮したようだ。何だ、まだ新米か‥‥。
「どちらサン?」
「ええ、こちら警察署生活安全課の▼▼と申します」
所轄警察署の名を上げた。警察なら返答をためらう理由はないはずだが……。
「はいはい」
筆者が記者としてサツ回りをしていた頃は「防犯課」と称していた部署が、今は「生活安全課」になっているらしい。
「●●サンは、タカハシハジメという名前に心当たりは、ありませんか?」
「いや、知らない」
「そうですか‥‥タカハシハジメというんですがねえ」
しつこい。後で考えれば、急がず時間をかけて繰り返したのは、本当らしく思わせるための手口だったのかもしれない。
「そうですか、心当たりはないですか‥‥」
「用件は何ですか?」
じれた筆者が話の先を促す。
「実はカードの盗難事件がありましてね。タカハシは2人いる容疑者の1人でして‥‥」
「はいはい」
「タカハシが持っていた60枚ほどのカードと所有者リストの中に、●●サンの名前があったんです。それで、こうしてお電話を差し上げているわけなんですが‥‥」
ここで、ピンときた。昨今の振り込め詐欺では、ATMへ出向かせて振り込ませる手口より、キャッシュカードを騙(だま)し取る手口が多くなっている。「キャッシュカード(クレジットカードも含む)」というコトバや「あなたのカードが盗まれている」や「何者かがカードを不正使用している」の文句が出てきたら、その時点で詐欺だと考えた方が良い。
「おやおや、それは大変なことですな! 待ってくださいね、大事なことなので会話を録音しておくので!」
「‥‥‥」
録音ボタンを押すのと同時に、先方が電話を切った。詐欺犯たちは録音を嫌がる。捕まった時に音声が解析されて有力な証拠になるからだ。実は当方、いまだ新聞記者根性が抜けないのか、老いてなお好奇心は旺盛。以前から「どんなふうにダマすのか、自分のところにも詐欺電話が掛かって来たら、それが分かるのだが……」と、このテの電話を心待ちにしていた。だから電話が切れた後で後悔した。伝家の宝刀たる「録音」の2字を持ち出すのが早過ぎた、と。もっとじっくり話を聞いてから「録音」で打ち切っても良かった。
「それは振り込め詐欺ですね!」
10分も置かずに所轄の警察署に電話した。こういう時の通報は良き市民(?)の義務だ。書くに及ばずながら、10分の遅れは当方が急に尿意を催したため。
「はい、警察署生活安全課の■■です」
女性交換手の後で5、60代とおぼしき男性の声。「おや?」と思った。詐欺犯が名乗った所轄警察署名と「生活安全課」が同じだったのに加え、電話の声が詐欺犯に似ていたからだ。一瞬、さっきの電話はホンモノだったのか、と疑ってしまった。
「ご通報、ありがとうございます。それは振り込め詐欺ですね!」
こちらの住所、氏名、電話番号を告げた後で、不審電話の内容をかいつまんで話すと、電話の向こうの声が即座に断定した。当然ながら、てきぱきとした口調は詐欺犯のそれとは違った。こちらは冷静なつもりでも、待望の(?)詐欺犯からの電話に興奮し、いや動揺して疑心暗鬼になっていたのかもしれない。
「‥‥本当にカードが盗まれていたら、生活安全課でなくて刑事課から電話が行くはずです。それだけでもウソの電話と分かりますね」
なるほど、なるほど。刑事課はもっぱら既遂犯を扱い、防犯意識の向上PRといった分野は生活安全課の担当なのだろう。
「相手の電話番号は分かりましたか? ナンバーディスプレー式の電話機ですか?」
「いえ、ナンバーディスプレーの契約は、してませんでした」
「それは残念!」
「これでは通報は役に立ちませんか?」
「いえいえ、大変結構でした。感謝しております。再びこのような電話がありましたら、ぜひまた通報をお願いします!」
何度も感謝の言葉が繰り返されてから、電話が切れた。
「ただ今、一帯に振り込め詐欺の電話が掛かっています!」
その後1時間ほどして今度は警視庁から上のような注意を促す電話が掛かってきた。警視庁の広報センターのような部署だろう。これまで何度か”注意報”の電話をもらっている。
「ええ、今しがた、私の家へも詐欺電話が掛かってきましてね。所轄警察署へ通報したところです」
「そうでしたか。あれから数件の通報がございまして。どうもこの地域が集中的に狙われているようです」
ここでも電話の女性から何度も感謝の言葉をもらった。”注意報”のきっかけになったとすれば、当方の通報も役立ったのかもしれない。1人か2人、お年寄りの被害を防いだ可能性だってある。早速ナンバーディスプレイ契約を検討してみよう!