コミュニケーション能力は不要?
東京医科大学に始まった入試不正問題。文科省が12月14日公表した最終報告書によると、国立の神戸大学を含め全国10大学で差別や優遇などの「不適切入試」が行われていたという。多くは女子受験生や浪人生への点数差別のケースだが、卒業生子弟への優遇も多かった。私立医大の情実入試の噂は以前からあったから、これを機にウミを出し切れば、転じて福となすことも可能かもしれない。
ところで、こうした時の医大側の謝罪会見は、当局の責任者が立って深々と頭を下げ、通り一遍の言葉を並べて終わりと、相場が決まっている。会見後の印象がみな同じ、ないしは似ている理由は、どの責任者も無用な言質を取られまいと必要最小限のコトバを心掛けるからだろう。そんな中にあって12月10日に順天堂大学の学長氏が会見で釈明していた“理由”が目を引いた。女子差別の理由として「女子寮の定員が少ない」と「女性の方がコミュニケーション能力が高く、面接の評価を補正する必要があった」の2点を挙げていたからだ。
新設医大ならまだしも、江戸時代から続く医学伝統校にして「女子寮の定員が少ない」とは何事だろうか。長く放置してきたのなら単に経営努力の怠慢である。さらに驚くのは「医師にコミュニケーション能力は不要」と言わんばかりの物言いだ。基礎医学を目指す研究者ばかりならともかく、学生の大半は日々患者と接する臨床医が志望のはず。患者に寄り添う臨床医療に、患者とのコミュニケーションは欠かせない。入学試験では英語や数学以上に、コミュニケーション能力自体を採点対象にしても良いくらいだ。女子のコミュニケーション能力が先天的に高いというのであれば、女子こそが臨床医に向いている、ということになる。
我が入院体験
連日のように不正入試の続報が流れる11月初め、筆者は都内の大学付属病院へ前立腺(内腺)除去手術のため入院した。手術も入院も初めての経験だった。入院前の検査で主治医は「前立腺の大きさは普通の人の4、5倍。ここまで大きくなると薬は効きません」と話し、こちらの希望通り除去手術を勧めてくれた。実はこの主治医、東京・キー局のテレビ特集番組で「すご腕の泌尿器科医」と紹介されていて、筆者はそれを視て1か月半前に主治医指名で診察を申し込んでいたのだった。
入院翌日に手術。「経尿道的前立腺切除術」(TURP)と呼ばれる方法で、ループ状の電気メスを付けた内視鏡を尿道から入れて、医師がモニター画面を見ながら患部を削り取る。現在、前立腺肥大手術では最も一般的な方法だという。執刀は若い医師で、かの「すご腕」主治医ではなかったようだ。手術時間は3時間半に及んだが、局所麻酔なので手術を受けながら一緒にモニター画面を見ることが出来て、退屈しなかった。それにしても痛感したのは、昨今の医療現場では最新の医療機器が日進月歩であること。前立腺癌の生体検査では、癌細胞の存在が疑われる個所を事前に特定してから切除の針を刺すので、癌の早期発見率は格段に高くなるらしい。医療の質は1人の名医の「腕」より、最新の医療機器を備えているか否かに左右される時代になっている。
コミュニケーション力満点の看護師さん
コミュニケーション能力に男女差があるとするのは俗説だ。能力の根が言語能力にあるなら、世に男性アナウンサーや男性営業マンは存在しにくい。能力に差があるとすれば訓練不足が理由だろう。そもそも患者が求めているのは、ていねい、かつ時間をかけた説明であって、しゃべり方の流暢(りゅうちょう)さなどではない。その気になれば誰でも出来るはずだ。
ちなみに「すご腕」の主治医に、特段のコミュニケーション力は感じられなかった。事前に説明してくれて良さそうな「経尿道的前立腺切除術」という手術方法も、こちらの質問に対して「ああ、電気メスで削り取るのですよ」と短く答えただけで、何とも素っ気ない。特にテレビ出演以後は診察希望者が多いとのことなので、忙し過ぎて個々の患者に時間を割きにくいのかもしれない。
その代わりというのではないが、看護師さんたちは驚くほど丁寧で親切、かつ献身的だった。止まらない血尿に対して過去の看護例を細かく説明してくれたり、尿意切迫感について根気よく説明してくれたり。医師でないので医学上の助言は控えていたようだが、前立腺肥大に関する知識も申し分なかった。筆者のように入院や手術が初めてだと、何かにつけ不安に駆られる。「患者に寄り添う医療」とは、こんな時のコミュニケーションの有無や質なのだろう。この病院で主治医が「すこ腕の名医」の評判を得ている理由には、実は看護スタッフの優秀さに支えられた面が大きいかもしれない。
現代の「名医」とは
正直なところ筆者などは日頃から、医師ほどコミュニケーションが取りにくい職業人も珍しい、とさえ考えている。多忙過ぎて1人ひとりへ丁寧に説明している時間がないのか。あるいは、のちの医療訴訟を恐れて言質を取られまいと多弁を避けるのか。若い医師よりベテランの医師にありがちなのだが、時に尊大な態度で患者に接する人も目立つ。こうした医師の頭の中には「患者に寄り添う医療」や「患者の目線で」といった考えはないのだろう。
繰り返すが、医療の質は機器に拠る面が大きく、AIが診断や処置をデータ化している時代だ。経験と豊富な医学知識がなければ不可能だった「名医」の領域へも、最新の医療機器は容易に到達する。機器を使いこなす最新知識と技量を有する医師こそが、現代版の「名医」なのかもしれない。
もちろん最新医療機器それ自体に「患者に寄り添う医療」を求めることは無理だ。機器の隙間を埋めるものが必須であり、そこを補うものが医師や看護スタッフのコミュニケーション力ということになるのだろう。このコトバに患者が寄せる期待と不安とを、冒頭の学長氏にも知ってもらいたいものだ。
東京医科大学に始まった入試不正問題。文科省が12月14日公表した最終報告書によると、国立の神戸大学を含め全国10大学で差別や優遇などの「不適切入試」が行われていたという。多くは女子受験生や浪人生への点数差別のケースだが、卒業生子弟への優遇も多かった。私立医大の情実入試の噂は以前からあったから、これを機にウミを出し切れば、転じて福となすことも可能かもしれない。
ところで、こうした時の医大側の謝罪会見は、当局の責任者が立って深々と頭を下げ、通り一遍の言葉を並べて終わりと、相場が決まっている。会見後の印象がみな同じ、ないしは似ている理由は、どの責任者も無用な言質を取られまいと必要最小限のコトバを心掛けるからだろう。そんな中にあって12月10日に順天堂大学の学長氏が会見で釈明していた“理由”が目を引いた。女子差別の理由として「女子寮の定員が少ない」と「女性の方がコミュニケーション能力が高く、面接の評価を補正する必要があった」の2点を挙げていたからだ。
新設医大ならまだしも、江戸時代から続く医学伝統校にして「女子寮の定員が少ない」とは何事だろうか。長く放置してきたのなら単に経営努力の怠慢である。さらに驚くのは「医師にコミュニケーション能力は不要」と言わんばかりの物言いだ。基礎医学を目指す研究者ばかりならともかく、学生の大半は日々患者と接する臨床医が志望のはず。患者に寄り添う臨床医療に、患者とのコミュニケーションは欠かせない。入学試験では英語や数学以上に、コミュニケーション能力自体を採点対象にしても良いくらいだ。女子のコミュニケーション能力が先天的に高いというのであれば、女子こそが臨床医に向いている、ということになる。
我が入院体験
連日のように不正入試の続報が流れる11月初め、筆者は都内の大学付属病院へ前立腺(内腺)除去手術のため入院した。手術も入院も初めての経験だった。入院前の検査で主治医は「前立腺の大きさは普通の人の4、5倍。ここまで大きくなると薬は効きません」と話し、こちらの希望通り除去手術を勧めてくれた。実はこの主治医、東京・キー局のテレビ特集番組で「すご腕の泌尿器科医」と紹介されていて、筆者はそれを視て1か月半前に主治医指名で診察を申し込んでいたのだった。
入院翌日に手術。「経尿道的前立腺切除術」(TURP)と呼ばれる方法で、ループ状の電気メスを付けた内視鏡を尿道から入れて、医師がモニター画面を見ながら患部を削り取る。現在、前立腺肥大手術では最も一般的な方法だという。執刀は若い医師で、かの「すご腕」主治医ではなかったようだ。手術時間は3時間半に及んだが、局所麻酔なので手術を受けながら一緒にモニター画面を見ることが出来て、退屈しなかった。それにしても痛感したのは、昨今の医療現場では最新の医療機器が日進月歩であること。前立腺癌の生体検査では、癌細胞の存在が疑われる個所を事前に特定してから切除の針を刺すので、癌の早期発見率は格段に高くなるらしい。医療の質は1人の名医の「腕」より、最新の医療機器を備えているか否かに左右される時代になっている。
コミュニケーション力満点の看護師さん
コミュニケーション能力に男女差があるとするのは俗説だ。能力の根が言語能力にあるなら、世に男性アナウンサーや男性営業マンは存在しにくい。能力に差があるとすれば訓練不足が理由だろう。そもそも患者が求めているのは、ていねい、かつ時間をかけた説明であって、しゃべり方の流暢(りゅうちょう)さなどではない。その気になれば誰でも出来るはずだ。
ちなみに「すご腕」の主治医に、特段のコミュニケーション力は感じられなかった。事前に説明してくれて良さそうな「経尿道的前立腺切除術」という手術方法も、こちらの質問に対して「ああ、電気メスで削り取るのですよ」と短く答えただけで、何とも素っ気ない。特にテレビ出演以後は診察希望者が多いとのことなので、忙し過ぎて個々の患者に時間を割きにくいのかもしれない。
その代わりというのではないが、看護師さんたちは驚くほど丁寧で親切、かつ献身的だった。止まらない血尿に対して過去の看護例を細かく説明してくれたり、尿意切迫感について根気よく説明してくれたり。医師でないので医学上の助言は控えていたようだが、前立腺肥大に関する知識も申し分なかった。筆者のように入院や手術が初めてだと、何かにつけ不安に駆られる。「患者に寄り添う医療」とは、こんな時のコミュニケーションの有無や質なのだろう。この病院で主治医が「すこ腕の名医」の評判を得ている理由には、実は看護スタッフの優秀さに支えられた面が大きいかもしれない。
現代の「名医」とは
正直なところ筆者などは日頃から、医師ほどコミュニケーションが取りにくい職業人も珍しい、とさえ考えている。多忙過ぎて1人ひとりへ丁寧に説明している時間がないのか。あるいは、のちの医療訴訟を恐れて言質を取られまいと多弁を避けるのか。若い医師よりベテランの医師にありがちなのだが、時に尊大な態度で患者に接する人も目立つ。こうした医師の頭の中には「患者に寄り添う医療」や「患者の目線で」といった考えはないのだろう。
繰り返すが、医療の質は機器に拠る面が大きく、AIが診断や処置をデータ化している時代だ。経験と豊富な医学知識がなければ不可能だった「名医」の領域へも、最新の医療機器は容易に到達する。機器を使いこなす最新知識と技量を有する医師こそが、現代版の「名医」なのかもしれない。
もちろん最新医療機器それ自体に「患者に寄り添う医療」を求めることは無理だ。機器の隙間を埋めるものが必須であり、そこを補うものが医師や看護スタッフのコミュニケーション力ということになるのだろう。このコトバに患者が寄せる期待と不安とを、冒頭の学長氏にも知ってもらいたいものだ。