やはり敵に攻め込まれたら、素手でも戦わなければならない時というのはあるのではないか。
逃げるが勝ちという考えもあるけれど、それは次の戦いのためでもあるでしょ。
いずれは戦わなければならないが、とりあえずここは逃げておこうというような。
作戦を立て直す必要もあるだろうし、武器も使えるようにしておかなければならない。
その戦いが時間かせぎにしかならなかったとしても、故郷や国の未来のためなら戦うんじゃないか?
さて、コロナ騒動ではよく戦争のたとえが使われましたが、どういうつもりで言ってたのでしょうね。
PCR真理教やワクチン打て打て団は、けっこう勇ましい事を言ってますが、そのために自由が制限されることや、ワクチン接種で亡くなった人には冷たいよ。
反省をするどころか、今も検査を増やせとかロックダウンをやれとか、ワクチンを打てば重症化しないと言ってますよ。
テレビの中と同様に、真面目な顔して恐怖を煽ってコロナ軍との戦いをやめようとしない。
茶番だよ。
本物の戦争が始まったら、反戦平和主義者になっちゃってさ。
こういう大人が子供を犠牲にして、国を滅ぼすんだよ。
反面教師にしないとな。