水戸にゴルフに来た帰り、ほぼ満開になった偕楽園に寄ってみようと思った、初訪問、天気は薄曇り
車で東門近くの駐車場に入れ800円の駐車料を払う、そこから偕楽園の矢印に沿って歩くと、そこは偕楽園横にある常盤神社、先ずはそこに参拝し、東門に向かう
偕楽園は江戸時代、水戸藩九代藩主・徳川斉昭によって造園された、偕楽園の名前には、領内の民と偕(とも)に楽しむ場にしたいと願った斉昭の想いが込められているという、金沢の兼六園、岡山の後楽園とともに、日本三名園のひとつに数えられる庭園
園内には約100品種3,000本の多様な梅が植えられている、園内では「第129回水戸の梅まつり」が開催されていた、梅まつりは藩校「弘道館」も会場となっているが、この日はゴルフ帰りでもあるので偕楽園のみを散策することにした、ちなみに昨年訪問した越生の梅林(こちら参照)は1,000本というから偕楽園の規模がわかる
東門で入場料320円を払い園内に、けっこう広そうだ、パンフレットの地図をみながら梅を見て歩く、7分咲きくらいか、入場者はそこそこ来ていたが、ごった返すほどではない、この週末はさぞかし混むことだろう
観ていくと好文亭の表示が見えた、園内の敷地内にさらに囲いがしてあり、入口で入場料230円を払って中に入った、好文亭では徳川斉昭公が文人墨客や家臣・領民を招き、養老の会や詩歌の会を催した、名称は梅の異名である「好文木」に由来しており、園内における建設位置から内外の意匠に至るまで斉昭公が自ら定めたといわれている、昭和20年の空襲により焼失し、現在の好文亭は昭和30年から3年の期間を費やして復元されたもの
好文亭にはあの俳人の正岡子規も訪れて好文亭から見た南崖の梅を読んでいる
「崖急に 梅ことごとく 斜めなり」(急な勾配の崖であっても、梅は斜めに立ち、懸命に花を咲かせている)
中を観ていくと、武家の風格漂う素朴で清雅な雰囲気、各部屋の襖に描かれた絵の美しさに目を奪われ、また、一番上の「楽寿楼」から外を眺めれば眼下の景色が俯瞰でき、眺めが良かった
その後、梅園を少し離れたところに竹林が見えたので行ってみると孟宗竹が国内最大規模の1000本以上密集していた、この竹は弓の材料にも良しと斉昭が京都から移植したもの、京都嵐山の竹林を思い出した
そして、また、梅林エリアに戻り、順に見る、見ていくと梅の木にはそれぞれ名前がついていたのに気づく、けっこういろんな種類の梅があるようだ、六銘木として江南所無、月影、虎の尾、烈公梅、白難波、柳川枝垂があるそうだ
(これは月影)
ゴルフ帰りで疲れていたので全部の見どころを見たとは言えないが、1時間くらい見物して十分楽しめた、やはり来る価値がある所だと思った、そして日本三名園全部訪問した思い出の日となった