ある人が教科書検定のことを知りたければこの本を読むとよくわかる、と言っていたのでKindleで買って読んだ。この本は短編集で表題の小説の他、6つの短編小説が入っている。ここでは、読書の目的であった教科書検定のことについてのみ記載することにするが、それ以外の小説も面白かった。
この小説は、一人の新進気鋭の学者の物語である(ネタバレ注意)
- 主人公の大学教授は歴史学者であり、戦前、師の老教授に習い保守的な考えを持っていた
- ところが戦後、保守的な学者は追放され進歩的な唯物史観、階級闘争史観の学者が主導権を握った
- 主人公は巧妙に進歩派に転向し世間の注目を浴びるようになるが、転向できなかった老教授は追放された
- やがて教科書の出筆依頼がくると進歩史観で記載した教科書は多くの学校で採択され多額な印税収入が入り、贅沢な暮らしができるようになった
- その後、元老教授を大学に復帰するのを手伝い、その教授も転向したが、あるときから文部省が進歩派の教科書を採択しなくなった
- 主人公は再び保守派に転向しようとしたら老教授に先に転向されそうになる、そうなっては困るので老教授を葬らなければならない、その理屈が・・・
という感じで進んでいく。
そして一番最後の、自分が生き残り、老教授を葬り去る理屈が本の題名の「カルネアデスの舟板」だ、カルデアネスとは西暦紀元前2世紀頃のギリシャの学者で、大海で船が難破した場合に一枚の板にしがみついている一人の人間を押しのけて溺死させ、自分を救うのは正しいかという問題を提起し、身を殺して他人を助けるのは正しいかもしれないが自分の命を放置して他人の命にかかずらうのは愚かであるとした、その理論である。
ここで面白いのは、そのカルネアデスの舟板の理論ではなく、大学教授が生きていくためにはいとも簡単に自説を捨て、時流に合う学説に転向することである。それも巧妙に世間や学生にわからないようにやるのだ。そして戦後、教師の組合活動が階級闘争史観に染まり活発化している時期に、そのニーズに合う階級闘争史観の歴史教科書を書いて、それが多くの学校で採択され、ベストセラーになると印税の額も巨額になる。一度この味を覚えるともう保守派には戻れない、学者の信念も主義主張もカネ次第で変わると言うところだ。
これは教科書に限らず、テレビのコメンテーターの教授たち、役所の審議会の委員に任命される先生たちでも同じかもしれないと思いたくなる。
さて、この本を読むと文部省は一時期、左に寄りすぎた歴史教科書を修正しようとして一部実現したが、その後はどうだろう、元の左翼史観に戻ったのではないだろうか。
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