環境が許すのであれば、下のYOUTUBEで曲を聴きながら読んで貰いたい。父が亡くなってから、もう10年以上になる。割愛するが、それなりの複雑な事情があり、ある時期から離れて暮らし、5年以上会っていなかった時期もある。そんな父から受け継いだものは、ジャズのLPレコードだけである。そのLPレコードだけが、親子の繋がりを保っているのである。
あれは、僕が10歳頃のことだった。何を思ったか、父は大型のステレオセットを突然購入した。アンプにレコードプレーヤー、カセットデッキにチューナー、そしてスピーカー。当時の僕は全く興味を持っていなかったが、ジャズのLPが数十枚。そして、それは徐々に増えていった。小学生である僕にジャズへの興味があるはずもなく、山口百恵やピンクレディーのレコードを、こっそりとかけていた。
ある夜のこと、僕は夜中に眼を覚まして眠れなくなった。多分怖い夢をみたとか、そんな理由だと思う。闇の中、布団に包まり不安に慄いていた。ふと気づくと居間の方から人の気配がした。布団から抜け出し近づくと、そこには薄明かりの中、ヘッドフォンでジャズを聴いている父がいた。一人でウイスキー片手(サントリーオールド=ダルマ!)にジャズを聴いていたのである。父は帰宅も遅い人だったし、夕食を一緒に食べることも滅多になく、家で寛ぐ姿など余り見たことはなかった。僕は深夜に一人の時間を楽しむ父の姿を見て、意外だと思うと同時に、ちょっと格好良いと思ったのだった。世界中が寝静まっていると思い込んでいた深夜、そこだけは別世界のようだった。あるいは、その時の父は、満たされない何かを抱えていたのかもしれない。でも、僕と父しか存在しない空間、そこは親密さに満ちた世界だった。その時、かかっていたアルバムが、アート・ペッパーの「モダンアート」であった。勿論、当時はそれを覚えた訳ではなかった。ただ、ジャケット写真のアート・ペッパーが余りにダンディだったので、ジャケットを覚えていたのだ。
中学生になった頃、事情があり、父と別れて暮らすようになった。ステレオセットとレコードは僕が引き継いだが、ジャズを聴くようなことはなく、僕はローリングストーンズなどのロックに夢中になっていた。ところが中学3年生になり、高校受験の勉強を夜遅くまでするようになると、ふと思い立ったのである。「ロックなんかは音楽を聴いてしまうから駄目だ。BGM代わりにジャズを聴いてみよう」。
そうして聴いてみると、ジャズは僕の身体に衝撃的に響いてきたのである。・・・となれば面白いのだが、実際にはそんなことはなかった。「ジジ臭い音楽だなあ。ムード音楽みたいで気持ち悪いなあ」、これが正直な感想である。でも、とにかく聴き入ってしまうことがないので、BGMとして流して受験勉強をしたのである。
結果的には、この時聴き流していたことが、僕に影響を与えたのだと思う。大学生になるときには、自然と僕はジャズを聴くようになっていた。そして自分でLPレコードとCDを徐々に増やしていった。その中核となったのは、父が好きでレコードも残っていた、アート・ペッパー、アート・ブレイキー、ミルト・ジャクソン、トミー・フラナガンといった人達だった。そして、とりわけアート・ペッパーの「モダンアート」。このジャケットの格好よさが僕をジャズに誘ったのだ。今では、レコードとCDを合わせて1500枚以上のアルバムが僕の家にはある。でも、すべてはこのアルバムから始まったのである。アート・ペッパーのアルバムは10枚以上は持っているが、一番大事にしているのは、「モダンアート」である。
アルバムは、ベースとのデュオの「Blues In」で始まり、最後もベースとデュオの「Blues Out」で終わる。この最初と最後の曲は、光の中の影を追い求めるような内省的な演奏で、生と死は本質的には同一なものであると語っているようである。ちなみにCDでは、ボーナストラックが収録され、「Summertime」も追加されているので気にはなるが、最後は「Blues Out」で終わらなければいけないのである。
今、僕は当時の父と同じ年齢になった。そして数十年の時を隔てて、同じように、このレコードを夜中に聴くようになった。初めて、このアルバムを聴いたときは、僕の人生はA面の半分もいっていなかった。今は、ひっくり返してB面であり、始まりよりも終わりの方が近い立ち位置となった。失ったものも多いが、だからこそ、この演奏が理解できるようになった。
Blues In
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