人は 喜ばれるのが
いちばん嬉しいんじゃないのか
喜ばす
より
喜ばれる
ヨロコバス という 他動的なチカラを加え
受動的な ヒトビトの よろこびを感じる
よりも
だれかが能動的に 自らの存在や行為を ヨロコんでくれる
そんな 存在がいたら 頑張れるし 励まされる
のでは
ないか
基本的に ヒトが 好きで 動物が 好きで、他のヒトたちの存在を 肯定的に感じ よろこぶ ことができるなら 幸いである
ひとをおそれ ひとを疑い ひとに怯えて
他の存在を喜ぶことも ゆるすことも できない状態にあるときに その人は きっと 最大の不幸を感じているに違いない
なぜなら その人は 自分自身も ひとに受け入れられたり 存在自体を喜ばれたり という ことを
精神的に体験していない のでは ないか と思うから
ヒトを殺すという重大な事件を起こしながら
子供が意地を張って
いいよ
それなら俺を ころせよ
殺せばいいんだよ
俺の存在を抹殺すればいいじゃないか
だけど、ずっと 永遠に 恨み続けてやる
呪ってやる
というような
風に見える
更生だとか
反省なんかするはずがない
考え方の根本が どこかでずれて 永遠に 交わることのない心が 離れて 存在が一人で浮かんでいる
だれも それを求めていない
ヒトがひとを殺したくなるほどに
自分の存在を呪い
突発的に 殺人するような行動に出る
そんなひとを殺したい という 望みを持ってるわけじゃない
そんな ひとを 罰したいと 思っているのではない
そんな ことが起きないようにはできないのか
いちばん嬉しいんじゃないのか
喜ばす
より
喜ばれる
ヨロコバス という 他動的なチカラを加え
受動的な ヒトビトの よろこびを感じる
よりも
だれかが能動的に 自らの存在や行為を ヨロコんでくれる
そんな 存在がいたら 頑張れるし 励まされる
のでは
ないか
基本的に ヒトが 好きで 動物が 好きで、他のヒトたちの存在を 肯定的に感じ よろこぶ ことができるなら 幸いである
ひとをおそれ ひとを疑い ひとに怯えて
他の存在を喜ぶことも ゆるすことも できない状態にあるときに その人は きっと 最大の不幸を感じているに違いない
なぜなら その人は 自分自身も ひとに受け入れられたり 存在自体を喜ばれたり という ことを
精神的に体験していない のでは ないか と思うから
ヒトを殺すという重大な事件を起こしながら
子供が意地を張って
いいよ
それなら俺を ころせよ
殺せばいいんだよ
俺の存在を抹殺すればいいじゃないか
だけど、ずっと 永遠に 恨み続けてやる
呪ってやる
というような
風に見える
更生だとか
反省なんかするはずがない
考え方の根本が どこかでずれて 永遠に 交わることのない心が 離れて 存在が一人で浮かんでいる
だれも それを求めていない
ヒトがひとを殺したくなるほどに
自分の存在を呪い
突発的に 殺人するような行動に出る
そんなひとを殺したい という 望みを持ってるわけじゃない
そんな ひとを 罰したいと 思っているのではない
そんな ことが起きないようにはできないのか