第6図は騎牛帰家、牛を飼いならした旅人が、その牛に乗って家に帰る「騎牛帰家(きぎゅうきか)」の場面です。
旅人は、見つけた牛をつかまえ、飼いならしていくうちに、牛と自分がぴったりと、ひとつのものになっていることに気づきます。
絵には、牛の背中で笛を吹いている旅人の姿が描かれています。縄や手綱も不要です。牛を信じる気持ちが、牛の進む道を肯定し、牛に完全にまかせています。その行き先は、彼らの家です。
旅人と牛との戦いはすでに終わり、何かを得ることも失うこともなく、すべては元に戻った。
旅人は、きこりが木を切りながら歌うような、素朴な歌を口ずさんだり、子供のように、思いつくがままに笛を吹いたりしている。
体を牛の背中に横たえて、牛の歩みにまかせていくと、目の前には、雲の向こうに大空が、はるかかなたまで広がっているのが見えてくる。
もはや牛は、呼んでも振り返ることはなく、取り押さえても、歩みを止めることもない。
旅人は牛の背中で歌い笛を吹きます。あるがままの自分をストンと受け入れる事ができたなら、奏でる音は自分色。自分のことを本当にわかることに苦労した経験は、他者の奏でる音色にもその人なりの苦労があったのだなぁという想像力をプレゼントします。
誰の牛でもなく、自分だけの牛を自分が飼い慣らしたのなら、その過程で得た様々な感情はきっと自分の顔や香り行動にさえ醸し出されます。
ヒトより少しシンドい経験があったとしても、流した涙が多くても、全て肯定して認めてあげてあげます。
自分が自分の牛の背中で安心して奏でる笛の音色は、自分を癒すだけでなくその場を癒していけます。そして、もといた場所に安心して「還る」こともできるんですね。
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