Annabel's Private Cooking Classあなべるお菓子教室 ~ ” こころ豊かな暮らし ”

あなべるお菓子教室はコロナで終了となりましたが、これからも体に良い食べ物を紹介していくつもりです。どうぞご期待ください。

アップルパイ

2018年04月28日 | お菓子の歴史

アップルパイ


 

アップルパイを「栄養学」、「料理」、「料理の給仕」の3方向から眺めてみた。

 

まず、栄養学から。

1450年代に書かれたドイツの栄養学書、ダス・コッホ・デス・マイスターズ・エバーハード( Das Kochbuck des Meisters Eberhard )ではリンゴを次のように述べています。

 

“R-52. 

甘いリンゴは湿をもたらす。酸っぱいリンゴは寒で乾な性質を持つのでたくさん食べると熱をもたらす。少量食べると心臓と脳を強くする。又体の中に風をもたらす。
アヴェロエス ( Averroes、1126-1197”、スペインのコルドバ生まれ、哲学者。アラブ・イスラム世界におけるアリストテレスの注釈者として有名。また、医学百科事典を著した。中世ヨーロッパのキリスト教のスコラ学者によって、ラテン語に翻訳され、ラテン・アヴェロエス派を形成した。) は;リンゴジュースは胃を強くするが、たくさん食べるとzieh adern(ある種の血管)を痛め、熱っぽくなると述べている。イブン・スィーナー(Avicenna 、980-1037/6/18、アリストテレスと新プラトン主義を結びつけ、アリストテレス哲学と新プラトン主義を結合させたことでヨーロッパ世界に広く影響を及ぼした)は,リンゴを食べる者はそのジュースをたくさん飲むべきではない。味の悪いリンゴは害があると述べている。     


                                                   

                         Galem

又、ガレノス( Galem, Claudius Galenus 、129-200、ローマ帝国時代のギリシアの医学者。多くの解剖によって体系的な医学を確立し、古代における医学の集大成をなした。彼の学説はその後ルネサンスまでの1500年以上にわたり、ヨーロッパの医学およびイスラム医学において支配的なものとなった)は、リンゴは胃の調子を調え、他の食べ物が逆流するのを防ぐ、しかもリンゴは寒であり乾の性質を持つので粘液と胆汁のバランスを取り消化を助けるので食事の後で食べるべきであると述べています。

ガレノスから1300年後に書かれたドイツの医学書、エバーハードはガレノスの学説を忠実に守っていると言える。それでは料理書に書かれたレシピは、医学書で述べられている事柄をどの程度遵守しているのでしょう。

 

1390年のフォルム・オブ・クーリィ(The Forme of Cury)から;

158.レントに作るアーモンドフルーツパイ

水で濃いアーモンドミルクを濾す。デイツを用意し下処理をする。リンゴとペアを用意しダムソンプルーンといっしょにミンスする。プルーンの種を取り、二つに切る。そこにレーズン、砂糖、シナモン抹、ホールメイス、クローヴ、グッドパウダー、塩を入れる。サンダルウッドで色を付ける。これとオイルを混ぜる。以前にしたようにコフィンを作り、この詰め物を中に詰めてよく焼く。サーヴする。

 

上の料理ではコフィン(ペイストリィで作った入れ物)の中にアーモンドミルク、デイツ、リンゴ、プルーン、メイス、クローヴ、グッドスパイス(メイス、シナモン、ジンジャー、クローヴ、クベブ、ブラックペッパーを予め混ぜておいたスパイス)、を入れて蒸し焼きにしている。リンゴは寒で乾、プラムは寒で湿、ペアは温で湿。これに対してスパイスは熱で乾(クローヴは熱で湿)の性質を持つので体液的にバランスが取れた材料を使っていると言える。(四元素説では料理が全体として暖で湿の状態であることを重視しています。暖で湿の状態に保つことが、即ち人間の体の中を巡る体液のバランスを取ることであり、健康でいられる必要十分条件であるからです。)

 

同じくCury, 23.アップルタルトから、

立派なリンゴ、グッドスパイス、イチジク、レーズン、ペアを用意する。しっかりと潰したらサフランでよく色を付ける。コフィンに入れてしっかりと焼く。

 

リンゴは寒で乾、ペア、イチジク、レーズンは熱で湿、サフランは熱で乾。一方に偏った食材を使うのではなく全体としてバランスが取れている。強いてスパイスを入れる必要がないので上のようなレシピになったと考えられる。それではフォルム・オブ・クーリィから約150年後のプロパー・ニュー・クッカリィ( A  Propre new booke of Cokery (1545), written by Richard Lane and Richarde Bankes )ではアップルパイはどのように変化しているでしょう。

 

グリーンアップルのパイを作る

アップルを用意して皮を抜き、きれいにして

マルメロのように芯を取る

次の方法でコフィンを作る

きれいな水を少量、その半分のバター、サフランを少量用意する

全てを、熱くなるまでチャフティングデイッシュに入れる

この中に粉を入れて水分と一緒に熱する

卵白2個を入れてコフィンを作る

アップルをシナモンとたくさんの砂糖で味を付ける

それをコフィンの中に入れる、そうして焼く。

 

1350年頃とは異なり料理に使うことのできる砂糖の量が、1550年になると飛躍的に多くなります。プルーン、デイツ、イチジク、レーズンに頼っていた甘味の役割は砂糖に移るのです。バターもたくさん使えるようになる。しかもコフィンにはサフランを使い、蒸し焼きにするための単なる入れ物ではもはやなさそうです。たくさん使っていたスパイスは姿を消し、シナモンとサフランが生き残る。リンゴは寒で乾。砂糖は熱で湿、シナモンとサフランは熱で乾なので、リンゴとスパイスのバランスが考慮されていると考えられます。


それでは1700年代のアップルパイを見てみよう。ハナ・グラッセのアート・オブ・クッカリィ(The Art of Cookery Mrs Hannah Glasse 1708–1770)から;

 

アップルパイを作る

ディッシュの縁にクラストを貼り付ける。リンゴの皮を剥いて4つに切る。芯を取ってリンゴを並べる。砂糖を半量入れて、レモンピールを少量ミンスして振りかけ、その上にレモン汁を搾る。
クローヴをあちこちに入れ、残りのリンゴと砂糖を入れる。更にレモンを搾り入れる。甘い味に仕上げる。リンゴの皮と芯、メイスを一片入れてきれいな水でボイルする。漉して砂糖を入れてシロップを少量作る。それをパイの中に注ぎ入れる。クラストの上に塗って焼く。好みでその中にマルメロ又はマーマレードを入れても良い。この方法でペアタルトを作ることもできるがその際はマルメロを入れない。オーブンから出したらバターを塗る。又は2個の卵黄、1/2パイントのクリーム、砂糖で甘くしたナツメグを少量混ぜたものをパイの中に注ぎ入れる。
パイの3隅を切り取り、パイの上に刺してテーブルへ運ぶ。

 

ローマ帝国時代のガレノス(129-200)の影響は1700年代になって消え去ったのだろうか。

 

それでは第三番目の方向(「料理の給仕」)から見てみよう。

ジョン・ラッセル、1452年著の食事と身だしなみに関する作法と習慣について書かれた、ブック・オブ・ナーチャー( Harl. MS. 4011, Fol 171; The Boke of Narture, John Russell) から引用します;

 

ディナーの前にはプラム、ダムソン、チェリー、葡萄を、食事の後にはペア、ナッツ、ストロベリー、ワインベリー、ハードチーズを、サパーの後にはローストアップル、ペア、ブランチパウダー(ジンジャー、シナモン、ナツメグ)を差し上げて胃の働きを助けるのです。

 

食事の前には寒で湿な果物を(ただし葡萄は熱で湿)食事の後には熱で湿又は乾な果物、ナッツ、スパイスを給仕する。寒で乾な性質を持つリンゴはオーブンの中で十分に熱して温で湿な食べ物に姿を変えた。100%ではないがほぼガレノスの学説通りの生活を送っていたようです。

 

アップルパイは、砂糖、小麦粉、バターの需給変化によって姿を少し変えたが、ガレノスの影響は今も引き継がれているようだ。リンゴの中にレーズン、シナモンを入れた、
ガレノスの影響を今も引きずるアップルパイをみていると妙な気分になってきます。レーズンの代わりに酸っぱい干したサクランボ (冷で寒) を、シナモンの代わりに薔薇の花びら (冷で寒、薔薇の花びらはスパイスである) を入れたアップルパイであっても味は悪くはないと思われるが、食べる気にならないのは私だけではないでしょう。

 

「父なる神、神の子、聖霊の御名において。」で始まるキリスト教精神満載のブック・オブ・ナーチャーがなぜガレノスの学説を採用しているかについては機会があったときに述べようとおもっています。

 

 

 

 

参考文献

 

T. Gloning, Das Kochbuch des Meisters Eberhard, transcription 1450

Satoh Yosinori, The Forme of Cury, translation 1390

A Proper Newe Booke of Cokerye 1550

Hanna Glasse, The Art of Cookery 1747

John Russell,  The Book of Nurture 1460-70

 

 

 


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