平和の歌・核兵器絶滅へと戦った英雄の歌

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戦争体験者との対談

2008年01月19日 | Weblog
   壮年(川崎)
 壮年 通信兵で鹿児島の兵舎に行った。軍隊では殴られなかった。
 聞き手(兵隊は殴れれて鍛えられるの常識だが、通信兵は優遇ですね)
 壮年 食事もよかった。
 聞き手 (特攻隊は大変だったようですね。若くして乗るのですから)
 壮年 かわいそうだよ
 聞き手 (通信兵は通信するのでしょう)
 壮年 そうだ
 聞き手 (横浜の港には魚雷艇があって、それはかんたんなもので、それに乗って敵の軍艦に当たるといいます)
 壮年 戦争はするものではない。


 聞き手の感想 鹿児島には航空部隊があったのでそこから特攻機があったのでしょう。通信というと、飛行機と方向など打ち合わせや本部と連絡などあったのでしょう。戦争は若い生命を失う、悲劇である。ちなみに、特攻隊員は最後の言葉は、お母さんの名を言ったといいます。