平和の歌・核兵器絶滅へと戦った英雄の歌

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 その2

2008年12月20日 | Weblog
 2 原爆は恐い
 戦争は恐い、原爆は恐い、平和に暮らしていても、突然にくるかもしれない。戦争が、故に、監視を、核兵器の監視を、世界の保有国にである。無言の平和への監視である。平和は悪に対しての監視、抗議から訪れる。たとえば、汚職をほっとけば、大きくなる。悪政治をほっとけば大きくなる。悪を野放しすれば大きくなる。平和は庶民の連帯から維持できる。

原爆は恐い

2008年12月20日 | Weblog
その被爆の女性は、学生であった。同級生は多くなくなった。被爆女性は生き残った。しかし、顔に大やけどをうけた。顔かたちは変わった。以前の顔かたちでなくなった。お風呂屋さんに行けば、他の客が気味いやがるからもうこないでくれといわれた。周りからも馬鹿にされた。彼女は母に励まされ生き続けた。後々には結婚もされた。
 しかし、これを思うと、大変な思いで生きたのだろう。何にも悪いことをしていなく、皆と一緒に勉強して遊んで笑ったりふざけたり、怒ったりしていた時代に、突然に、ピカーと原爆が落とされ被害受け、体に、まして、女性の生命の顔におおやけどをうけた。当然に目、耳、口が膚が変化した。他人が見たらビックリする。しかし、彼女は国の犠牲でこのようになったのに皆から白い目で見られるようになった。ひどいものだ。原爆は恐い。写真で見たが、焼けた死体が転がっていた。それも多くの死体がである。