平和の歌・核兵器絶滅へと戦った英雄の歌

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連載小説  青春の登竜門  4話

2013年01月19日 | Weblog
連載小説   青春の登竜門  中道 進
4話 青年と老年
           1 過去
 文幸は23歳、建設会社の営業マンである。給料日には新宿にのみに行く。安給料であるので居酒屋であった。会社の競争相手が多く厳しい社会だった。故に、将来に不安を持っていた。しかし、若いので希望も抱いていた。その日、日曜日で、馬券を買いに自宅のアパートを出た。そのとき、隣室に住む老人に呼び止められた。(老人 文幸さん、私の部屋へ)(文幸 忙しいからちょっとだけよ)文幸は日ごろ老人からお菓子などもらうなどお世話になっていたので断るわけにいかなかった。
 老人は、若いとき戦争でインパール作戦に参戦したという。長年たまっていた心の苦悩、良心との葛藤だろうか誰かに話しておきたかったのだろう。その話というのは、その戦争は、日本軍武器食糧など乏しくも、英軍に善戦したが、次第に熱さやマラリヤ、食糧難で、日本軍は全滅の寸前で、兵士は引き返ざるえなかった。


         2 関係ない
老人が懸命に話すが、文幸は関係ないとばかりそっぽお向いていた。ただ義理で話を聞いていた。そして、次第に、老人の話が筋に入ってきた。その話によると、飢餓、疲労、激しき雨、高温度、マラリヤで兵士が多数道端に倒れ大型の鳥などの等の餌食となり、そして、倒れ死寸前の兵士の鼻、口、尻などには、白虫が集中し入り込むも追い払う気力もなくなすままの状態の兵士たちの残酷な状態を話すのだった。老人もようやく気力で歩いていたので仲間の兵士を助けられなかったのが良心をとがめていたのであった。文幸は関係ないと耳の左から右へ流していた。しかし、虫が人間を餌食とは驚いたのだった。
(文幸 とっちやん、今日は新宿に用があるんだ。また来るから)文幸は、急ぎで馬券場に向かったのだった。
 老人が話すインパール作戦とは、1944年にインドのインパール攻略を目指した戦いであった。日本軍のずざんな作戦で多くの犠牲をだし歴史的な無謀な作戦として有名である。投入兵8万6千人が帰還は1万2千人の兵士で、退却路には餓死者等が延々と続いたとある。
 文幸は新宿ではずれ馬券をすて居酒屋に向かった。文幸は、自問自答するのだった。(戦争も厳しいが、俺には関係ない。己だけよければいいのだ。しかし、仕事も厳しい戦いだ。ライバル会社もそうであるが、社内の人間関係も悩みの種だ)悩みを酒で消すように飲むのだった。厳しき人生を勝ち抜くこそ男だ。負けんぞと心に誓い酒をあおるのだった。

                第4回終了 

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