第18回 教室のない学校
青空学校日記 作 中道 進
1993年10月12日
唱え奉る者は生死即涅槃と開覧するを皆在虚空説くなり生死即涅槃と被摂するなり、大地は色法なり虚空は心法なり色心不二と心得可きなり。
言葉 物質と心は不二であり、地球と己とは不二、家と心は不二である。たとえば、家が欲しいと念ずるは、心が作用し、よく働き、お金を貯めて買えることができる、一念である。戦争などで荒れる世界、平和への活動をすれば、平和、すなわち、法宣流布への道が近かずくのである。人間関係でもそうであり、相手をにくいこころがあれば憎くなるし、相手の幸福を願えば心が作用しなかよくなれるのであります。国際関係でもそうである、その薬の行動力は題目である。生死には恐怖があるが、涅槃とすれば、又、楽しいのである。その確信は、信行学で、信行学は大切である。
1993年10月13日
さればこの提婆の一品は一夫の腰刀なり無明煩悩の敵を切り生死愛着のなわを切る秘法なり
言葉 生きていつには様々な悩み苦悩などある。すなわち、無明煩悩に縛られている状態である。が、それを、一夫腰の一刀で断ちきれる
言葉 無明とは法性、鏡の裏と表の如く一体不二、無明のみでは不幸悲衰である。題目こそ無明転じて法性となり、無明は冥伏して幸福境涯となるのである。
板橋に行った。進化論勉強する。人はサルから進化、環境等で変化、ある島では、昆虫と実と別のエサを食べる種は同じだが違うのである。
馬は6000年前はキツネのようであった。しだいに高くなり今の姿となる。ダーデンとキリスト教とは対立、キリスト教教義不定となるからである。
人とは感謝であり、人を思い、主師親がなければならないのではないだろうか。
1993年10月14日
サラ会長(かって、ガンジーはいかなる人間は、宗教なしでは生きていけないのであり、宗教は政治と無関係であると語るものは宗教が何であるかを知らないのだ)
言葉 ガンジーは言いました(世界で最も偉大な人は常に一人立つ)
サラ会長(私は確信する、知性を与えられた人間は、より進化する力を持っている)